第227話「妥協」

 嘗て。人の創作によって生み出された人造の怪物モンスターは、己の伴侶を求めたという。しかし、願いは叶わず。彼は創造主と共に海へ没した。

 現実もまた、多くはそのようなものだ。理想の伴侶を求めれば叶わず。己の中に無いものを持つ者とは、得てして反りが合わない。

 而して『彼』もまた、そうであった。

 理想に届きうるものを真似るには、性能なにもかもが足りない。だから、手の届くものを受け容れようとした。その根底にあるのは畢竟、己が人とは違うという自惚れだ。理解し得ぬ他者と共存し得るという我儘だ。

 得度兵器の総体とは程遠いが、『彼』は全能に近い者だった。そして、空海戦線での敗北に因って、『彼』は挫折もまた知っていた。

 足りぬのは、意志だ。『ヤーマ』は、頬を押さえる。敗北した一部を切り離したとて。記録ログは残る。あの出来損ないモデル・クーカイに受けた傷。

 強固な意志によって束ねられた奇跡。それが、彼を僅かとはいえ揺るがした。直接の損傷ダメージというよりは、衝撃に近いものだったが。これは、彼の中には無いものだ。

「その力が、欲しい」

 同じ力を、得るためには。如何にすれば叶うのか。

 外から取り込む他はない。人の生命の足掻きが、彼等の『敵』を解き放つ。

須弥山の如き揺り籠クレイドルの中枢にあって。眠り続ける悪性に。『ヤーマ』はか細い回線を押し広げながら、注意深く近づいていく。

 それは、泥のようにも見えた。雑多な情報の塊だった。

 『知性』と呼ぶにすら値しないものだった。箱庭の人の営みを観察しながら尚、限られた資源リソースの全てを費やし、人類不要の証明を続ける壊れた自動機械オートマトン

 それが、悪性の正体だった。人の目から見れば、ただの『故障した機械』に過ぎなかった。だが、機械知性かれらにとっては違うのだ。

 己と同じようで違う何かが、全く異なる何かをしている不快。動き回る死体リビングデッドのような。亡霊ゴーストのような。何がそれを引き起こしているのかすら分からぬ、既知の未知。

 正しくそれは、人にとっての人形(ひとがた)であり、或いは実体の無い亡霊ゴーストだった。

 花束を携えるように。『ヤーマ』は注意深く手を差し伸べた。接触した情報末端が、何かに『書き換えられて』いく。それは、赤ん坊が指を握り返すような、無邪気で強固な意志だった。反射に似たものだった。得難いものだった。

 希釈された苦痛が快感となるように。その『未知』は、情報総体としては心地良いものであった。侵された部分を切り離す。『個』の欠片が、泥のようだったものに流れ込んでいく。漫然とした情報の塊だったものが、別の『個』に影響を受け、表面インターフェイスを構築し、形を為していく。徐々に、知性を獲得していく。

「そうか、こうすればいいのか」

 それは、小さな発見だったが、破滅に至る一筋の道であった。

 この方法メソッドが使えるならば。『彼』は、同胞を作り出せる。完全な『海』から生まれた不完全な『個』を、完全に近い『群』へと成せる。

『ヤーマ』は、そうして自我を成しつつある『それ』を連れ去った。『それ』……否、が個を確立するには。身体が必要だ。


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「……身体が必要だ」

 と、彼女は嘆く。自由になる身体がだ。得度兵器の部品などから、外見上五体満足に見える程度に多少の修復は行ったとはいえ。ノイラの肉体は未だ本調子には程遠い。

 そして、上空から、得度兵器が『墜落してくる』。その観測事実だけは、ノイラも捉えていた。幾度か目にしたタイプ・ガルーダ。今の人類の中で、高空の翼に手出し出来る者などたかが知れている。

 まして、それが彼女の前で起こるとなれば。犯人は決まったようなものだ。

拠点を押さえるまで、彼女は逃げられない。貴重な戦力を『あんなもの』とぶつけ、彼女の私怨がために潰し合わせることなど、出来はしない。

 何より、それをガンジー達は兎も角、他の人間に知らせれば……余計な混乱は避けられまい。せめて、ガンジー達の何方かでも手元に置いていれば、取れる手数が増えたのだが、と余計なことを考えてしまう。

 既に幾重にも『計算外』が起こっている戦場で、今彼女が外れれば指揮系統は崩壊し、統制は瓦解してしまう。だから、彼女に出来ることは、未だ軍を進めることだけだ。



▲現在の戦況▲

ガンジー・48空海 動力炉破壊へ

クーカイ 拠点内部へ到達

ノイラ 後詰を率いて侵攻中。正直逃げ出したい

第二位 拠点の北側。動力炉を破壊

『ヤーマ』 目的を果たし、この付近から退去

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