第228話「人機混交」
何かが『来て』、『生まれ』、『去っていった』。誰にも、知られぬ内に。
その度し難い気持ちの悪さが、臓腑の中で、或いは体の上を得体の知れない何かが這い回るような感覚を与える。
他人より『見える』ということは、そういうことだ。余人の気付かぬ不穏に気付くことだ。地面の下に、ふと口を開けている地獄を目にすることだ。
少年は、堪えた。空海戦線の『顕現』程の悪寒ではない。それよりももっと静かで、致命的な違う何かが、人に仇なす何かが生まれてしまった。そんなものが力を付けることが、堪らなく恐ろしい。
「もうちょっとだ!」
ガンジーが叫んでいる。目指すべき動力炉が近付いている。宝が直ぐ側にまで迫っている。
そして、今この瞬間にも。戦いは続いている。この拠点の中では、何かが起こっている。恐らく、彼等が目指す場所の『中』でも。
「怖ぇ……」
少年は今にして思った。住み慣れた揺り籠の外が、堪らなく恐ろしいと。
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「……そう来たか」
下手くそな字で書き殴られた立て看板を見て、クーカイは呟いた。これは間違いなく、ガンジーの字だ。所々読めないが、大凡の意味は解る。狙うべきは、三箇所の動力炉であること。彼等は既にその一つを潰しに旅立ったこと。要するに、自分達は置いて行かれたこと。
そして……この字は、かなり『焦っている』字だ。要は、クーカイ達にもう一箇所の動力炉を潰せと。そういう話だ。
「厄介なことを」
記された座標を手持ちの概略図と照合。ガンジーが旅立ったのはおよそ西。そしてクーカイ達が向かうべきは東。そちらには、生き残りの得度兵器が居る。
加えて、ルート上にあるのは山だ。地下に通路程度は通っているかもしれないが、探している余裕が惜しい上に、通行可能な保証もない。密閉空間に高密度徳エネルギーを流し込まれて全滅、などというのは洒落にもならなぬ。
と、なれば……移動手段に車が使えない。二輪も台数が足りない。つまり、持っていける装備の重さに余裕が無い。
生身の状態で、得度兵器を潰す必要がある。彼を信じてのことだろうが、
「……恨むぞ」
恨み言を零さずには居られない。
何よりも恨むべきは。『無茶を徹す手段』が存在している、ということだ。
トレーラーへ戻ったクーカイは、運転席から厳重に梱包されたアタッシュケースを引きずり出し、採掘屋達を急ぎ呼び集める。
そう。まだ、彼等には未使用の切り札が残されている。
厳重な梱包の中に仕舞われているのは、『Model Saichō』の刻印が刻まれた薬剤注射器。人工覚醒薬剤、『モデル・サイチョー』。純粋な人の身のまま、徳エネルギーを操る能力を付与する薬。
可能な限り、使う積もりは無かった。この類の『奇跡』は、そのままでは極めて不安定な代物だ。扱いこなすには、本人の功徳以外に力を扱える者の教導が居る。あのテクノ仏師も、恐らくは『本来の出力』には到底届いていなかった。
そして、クーカイは失敗作故、その『感覚』を掴めていない。つまりは、誰にも教えられない。使用者の選抜は済んでいるが、それだけだ。
8つのシリンダーを収納可能なケースの中身は、二本欠けている。一本は、テクノ仏師が使った分。そして、あとの一本は……
クーカイは信号弾を撃ち上げ、採掘屋達の注目を集めて、叫ぶ。
「よく聞いてくれ!」
緩み始めた空気を、まずは引き締めなければならない。まだ、戦いは終わっていない。
……正直、『こういうこと』は、クーカイには余り向いていないのだが。もっと言えば、ガンジーの方が得意なのだが。
それでも、今は彼がやらねばならないのだ。
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ブッシャリオンTips モデル・サイチョー(Lv.2)
モデル・サイチョーは抑が研究上の副産物であったがために、製造数自体が少なく、実験データが殆ど現存していない。
より正確に表記するならば、『投与によって能力が発現したという記録』が少数しかなく、『それ以外』の記録が乏しい。
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