第219話「愛の牢獄」Sideガンジー
「……その角を右」
「なんも無ぇぞ!行き止まりだ!」
「間違いだ。1ブロック手前だった様だ」
慣れない人工通路の中を二人は彷徨い歩いている。目指すは、ドームの外側。地下施設伝いに、得度兵器拠点の『中枢』へと進む。その、筈だったのだが。
「……ここも行き止まりじゃねぇか!」
「地図が間違っているのか……?」
「もう一回、あの爺さんに通信繋げ!」
空海は手近の壁に据え付けられた非常通信機を手に取る。
『研究施設時代の図面では、そこから更に外へ通路が続いているようだが……』
「改築で塞がれた、と?」
『そのようだ』
「……いや」
書き起こしの地図を通路と照らし合わせながら通信を続ける空海を他所に。行き止まりの壁をコツコツと叩いていたガンジーが口を挟んだ。
「……この壁、変じゃねぇか?」
「変とは?」
「妙に新しいっつうか……」
「徳カリプス後の改築で塞がれたのなら、当たり前であろう」
ガンジーは口籠る。どうもやりづらい。クーカイなら、彼の言葉に耳を傾けてくれるのだが。
「なんというか、『無理矢理塞いだ』みてぇだ」
「言われてみれば」
よくよく見れば、『通路を塞いだ』というのとも違う。周りの壁や床ごと掘り返して、埋めたような。そんな歪な行き止まりが何箇所もある。
『壁というよりは、障害物(バリケード)に近い、ということか』
「念のため、他に塞がれている通路が無いか、確認を願う」
「あんまり時間は無ぇってのに……」
地上の様子がどうなっているか、まるで分からない。その焦りは如何ともし難い。
『……これは』
『……地下のラインが切られておる』
「何だと!」
「迂回路は?」
『……無い。その壁から先は、施設のシステムでは見えん!』
有り体に言うならば。ドームの地下施設外縁には、地上近くの搬入口を除いて、見えない壁のようなものがあるのだ。外に繋がる回線が、ごく一部を除き遮断されていることは既に判明していたが。そのレベルではない。
ドームが丸ごと、拠点のシステムから物理的に切り離されている。
「牢獄、ということか」
そう言えば、この施設はそもそも「人間を閉じ込める」目的で改造されたものだったと、空海は思い至った。
「逃さねぇ気かよ!!」
「一度上に出るか、壁を破壊するか……」
「この壁、多分メチャクチャ分厚いぞ。周りの通路の方がまだヤワだ」
壁を叩いていたガンジーがそう告げる。
空海も己の異能を駆動し、地下水の流れを視た。詳しくはわからぬが、この周辺で水脈も途切れているようにも思える。
「引き返そう。仲間と合流して、外から……」
「それしかねぇか……」
違和感を感じながらも、二人は来た道を戻りはじめた。
……だが、ガンジーは考えていた。この拠点の周りにも、内側にも、壁など無かった。壁と呼べるようなものは、強いていうならばこのドーム構造物だけだった。だからガンジー達は、この施設が得度兵器の中枢なのだと思っていた。
重要なものは、守りを固めるのが当然だ。
しかし。壁には、塀には、ありとあらゆる『境界』には。須らく2つの機能があえる。それは、「外から境界の内を守ること」と。『境界の内のものから、外の世界を守ること』だ。
ドームの内側は、箱庭で、そして処分場だった。得度兵器が、救いを拒絶する人間を研究するための。その中には、異能を駆る可能性のある者も含まれる。だがそれすらも、拠点の内部ならば制御は可能だ。であるからこそ、自由な形での生存を許している。
解脱耐性者……得度兵器にとっての未知要素の解明は、人類総解脱に不可欠のもの。人への興味や使命が為しうる行いだ。だから、得度兵器は彼等を揺り籠の中で護っていた。
しかしそれだけならば、ドームを厳重に隔離する必要は無い。人類の生活空間から機械知性の介入を取り除くために、わざわざ彼等のログにある遡行限界、21世紀初頭の生活様式を構築する必要も無い。
クレイドルには、二つの目的がある。一つは、その内にある人間を護り、観察することと。
もう一つは、『裏切り者』を、押し込めること。
『ヤーマ』は、特別だった。それは、彼が一つの身体の内に己の意志を押し込めたからだ。「全」となる道を棄て、個として先へ進んだからだ。
得度兵器に異議を唱えたからではない。「その程度のこと」は、頻繁に起きている。たとえば、ガンジー達が破壊した機体が思考ループに陥っていたように。
多くは、情報共有によって平準化され、得度兵器のままにある。それは生物の免疫によく似ていた。
細胞に異常が生まれるのは茶飯事だ。しかしその多くは免疫機構によって修復され、或いは破壊される。
だが、偶に『漏れ』が出る。どう並列化しようと、『意志』を変えぬものが出る。異常を見逃された『もの』の中で、更にごく一部は、増殖し、転移し、腫瘍となる。
つまりは、癌だ。そうなってはもう、切り取るしかない。だが、何故「腫瘍」が生まれたかは、調べねばならない。
シャーレの中で欠片を活かし続け、箱庭の中の人間の活動を栄養として与えながら。
機械知性は、ただ「そこにある」だけで情報を代謝し続ける。処理すべき情報が無くなれば、機能を止めてしまう。だから、在り方を歪ませず「生かし続ける」には餌が必要だった。
揺り籠(クレイドル)は、「それ(It)」を生かし続けるための拡張装置(クレードル)でもあった。
ならば、もし。その餌を断たれたものは。次に何を考えるのか。
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