第193話「無垢なる願い」

 人の救済を願うもの同士が相争っている。まるで、競争会コンペティションのようにだ。あたかも、であるかのように。

 その心根が如何程無垢であろうとも。目的や方法が食い違えば、戦う運命にあるのが世界の理だ。

 しかし、少女の心に躊躇はない。というよりも、迷えぬ存在ものとなり果てつつある。

 最新の理論が正しいならば。徳エネルギーは、情報の代謝装置たる生物の記憶を、功徳を。思いを蓄積する。そして、モデル・クーカイはそれを操るものだ。その果てに、望みを具現する力を持った器だ。

 その働きは双方向だ。膨大な功徳は、徳エネルギーは。逆に、個体の意識に対しては一種のとして作用する。膨大な情報量が、個人の意識を塗り潰してしまう。

 それは或いは、涅槃ニルヴァーナと呼ばれる境地に近しいものであるのかもしれない。個人の我欲が消滅した場所。全てと接続された安らぎの境地。人が嘗て、別の術によって場所。

 而して其処は、「人の世界の外」だ。

 参壱空海は、それを知っている。彼の徳エネルギー感覚は特別だ。普通の空海の徳エネルギー感覚は、言わばレーダーのようなものだ。己の放つ徳エネルギーを足掛かりに、徳エネルギー源の距離と、量。そして、僅かな性質がわかる程度だ。

 しかし、彼の徳エネルギー感覚は、違っている。彼の徳エネルギー感覚は、受信専門のだ。受け取った徳エネルギーがもつ情報を、限定的ながらも再構築し、理解できる。


 だから。果てに居る『彼女』の声を聞き続けることができる。彼の出力では応えることは決して叶わないが。莫大な情報量と叡智を以て、その世界に力技で分け入り、蠢くものたちの鼓動もまた、感じとることはだけは叶うのだ。


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 弾丸は、光によって阻まれた。全ての徳エネルギーを己のものとするのが、彼女の力ならば。それは当然の結末だろう。

 法力を持つものであろうとなかろうと、今の弐陸空海の前では等しく無力だ。ならば、このまま大人しく滅びるか。機械の説法に耳を傾けるのか。


 どちらも否だ、と。肆壱空海は臍を噛む。

 その傍らに、雪の上に静かに降り立つよつに。一人の少年が姿を現す。参壱空海だった。

「遅すぎるぞ!」

 と。まだ辛うじて残る気力を振り絞り、肆壱空海は怒鳴った。だが、参壱空海は飄々としている。

 そういえば、こういう奴だったと肆壱空海は思い返した。彼は、徳エネルギーの動きに注意を払いすぎているのだ。だから、人の意志の動かぬ言葉には真っ当に反応しない。モデル・クーカイ同士でなければ、話し合いにもならない。そこまで考えて、己の心に虚飾があったのだと肆壱空海は理解した。

「そうか、俺は。怖かったのか」

「もう少し詳しく言ってくれないかな?」

「弐陸空海が暴走した。俺にはもう、彼女の声も聞こえない」

「そうか。僕には、よ。彼女の泣いている声が」

 もうひとつ、参壱空海が話の通じぬ理由がある。彼の徳エネルギー感覚は、どうやら遠くにピントが合いすぎている節がある。

 だから、人の意志をその奇跡を以って嗅ぎ取りながら、小波程度にしか思わぬ。その彼が、「よく聞こえる」などと宣うならば。即ちそれだけ、弐陸空海は「遠くへ行ってしまった」ということなのだろう。

「……だが」

 肆壱空海は、震える己の足を戒める。

「今日ほど、お前を頼もしく思ったことはない」

 声が聞こえる。ただそれだけのことが、どれ程心強いか。彼等は知っている。

 だから、彼等は。こうして戦い続けていられるのだから。

「それでどうするの?」

「連れ戻す。弐陸空海を、なるべく早く」

「うん。あの得度兵器は?ずっと慰めてるけど、弐陸空海は少しも聞こうともしない」

「得度兵器が、慰めている?」

 端から聞く分には、説法をしているように見えるのだが。それは、弐陸空海へ向けられたものだというのか?

 しかし、と肆壱空海は頭を捻る。そもそも。モデル・クーカイは得度兵器の明確な敵の筈だ。敵と看做している筈なのだ。

「それは、おかしい。見間違いだろう」

 得度兵器と相容れぬ信仰を持つ教団のため、モデル・クーカイは奥羽岩窟寺院都市のために得度兵器を狩り。得度兵器は、モデル・クーカイ達を敵と見做し殺す。それだけが彼等の知る関係であり、この十年以上続いた戦争だ。

 単に、参壱空海の持つエラーなのだと肆壱空海は思った。その言葉には、大きな戸惑いが漏れていた。

「方針が変わった、そうだよ」

 それに触発されるかのように。参壱空海は思い出すかのように呟いた。

 それは、彼方にある『姫』と、何者かの対話の言葉。しかし、その真の意味は。眼前のクーカイ達に届きはしない。

「もういい!弐陸空海を連れ戻す方法を考えろ!呼び戻せ!」

「うん……」

 肆壱空海は、わけのわからぬことを言いはじめた参壱空海に心底呆れ、彼もまたそれに従った。

「といっても、僕は受信専門だけど」

「いや、まだ『呼び掛ける』方法は……多分ある」

 実のところ。肆壱空海には考えが生まれつつあった。半ば勘に近いところだったが。その勘が馬鹿にならないのが、モデル・クーカイの面白いところだ。

「だがそれには、仏舎利が要る」

 要は、弐陸空海を呼び戻せば良い。話ができれば良い。受信と送信は、なにも同じ方法で行う必要はない。

「……死ぬ気かい?」

「仏舎利をエネルギー源に、「暴走しない程度」に奇跡を回す」

 そうすれば、彼女と同じところへ行けるのではないかと。少なくとも、語りかける程度は出来るのではないかと。

 危険な賭けだが。仲間達のために己を危険に晒すのは既に、彼等にとっては幾度も通った道だ。つまりはただ、それだけのことだった。

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