第166話「焦熱」

 瀬戸内海上。『エリュシオン』内の仮設指揮所は、半ば混乱状態に陥っていた。

「つまり、表面の代謝が確認され……脱皮したんだな!?」

「周辺得度兵器のモニタリング、出ました!他の拠点に動き無し!」

「衛星画像とニシムラ班の観測データからモデリングを完了しました。確認願いします」

 空間上に乱雑にホロモニタが展開し、その間を社員達が忙しなく動き回る。徳カリプス前まで、軍事行動など如何なる組織も碌に経験してこなかった。その上、スタッフは徳カリプス後の寄せ集め。

 つまり前線に出る兵士は居ても、それを動かすためのノウハウが圧倒的に不足している。更に想定外の自体が重なれば、こうもなる。まして、を同時進行するならば。

 だが、集められたのは基本的には優秀な人間達だ。混乱の中でも、何とか機能不全は避けられている。

「第一班はどうなってる!?」

「海中で待機中です。決行はCEOの裁可待ちの状態で……」


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 エミリアは短い睡眠の後に起床した。寝ぼけ眼を擦るようなことは無い、何時も通りの完璧な目覚めだ。

 既に、手元には状況を簡潔に纏めたレポートが上がっている。核攻撃の効果測定。現在の部隊の配置状況、etc。

 それらに一瞬で目を通し、指揮所へ通信を繋ぐ。

「……の使用を許可する。存分にやるがよい」

 状況はクリア。これで、もう一枚の切札が使える。

 彼女は、貴重な人材を無暗に危険に晒すほど、蒙昧でも非情でもない。


 「世界が変わりつつある」。

 何時だって。変えてきたのは、彼女達自身なのだから。

 エミリアは、既に賭けに出ている。数少ない実働部隊。貴重な手持ちの核兵器とミサイルシステム。そして、徳エネルギー人材。賭け金は山と積まれた。後は、それに見合う配当をもぎ取るだけだ。

 博打の種は。徳カリプス以前の『第二位』との政争時に手に入れた、得度兵器への強制介入コード。

 これで、海上の新型得度兵器を。但し、有効範囲や回数には制限が掛かっている。使えば足もつく欠陥品だ。

 乗っ取れるのは権限上数体が限度。行動中の得度兵器に使うには、ネットワーク経由ではなく機体に直接打ち込む必要があるだろう。

 それを可能とするには、下準備が必要だった。得度兵器は、相互にネットワークで接続されている。だがそれは同時に、弱点も抱えていることを意味する。

 局所的な『負荷』を、その周囲に分散させようとする弱点だ。だから一箇所の『混乱』が、僅かだが他の部分に波及する。

 敢えて人間に喩えるならば。ほんのすこしだけ、『注意が逸れる』と言ったところか。それは、問題にもならないような欠点だ。だからこそ、見過ごされてきた。


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「でも、そのほんの少しがあれば、十分なんですよねェェェ!」

「ゴーサイン出ました!浮上します」

 タイプ・シャカニョライから程近い海中から、『マロ』達が乗る物と類似の形状のステルス機が浮かび上がる。機内には、空挺降下に備えた私兵達。指揮を取るのは、鉤鼻の老人。急浮上した航空機は、上昇しながらタイプ・シャカニョライの直上から兵士達を胞子の如く撒き散らす。

「全員降下しましたねェ!?」

 指揮を取る男。あの、徳島では『アタケ』と名乗っていた男が、隊員達に呼びかける。次の瞬間、沈黙していたタイプ・シャカニョライの額に、解脱の光が灯る。

 だが、そこで狙い澄ましたかのように。無人となったステルス機から投げ落とされた爆弾が炸裂し、大量のチャフが雪のように舞う。ただのチャフではない。中には、『タグ』が含まれている。あの、タティカワの街を守っていたのと同種のタグが。

 光が一時的に収まり、兵士達がタイプ・シャカニョライの各所に取り付く。40メートル強の得度兵器の各所にはロープが打ち込まれ、強力なレーザートーチがその装甲表面を襲う。

 タイプ・シャカニョライの全身が小さく身震いする。今、全身に取り付いてる衆生は。『それIt』にとってはまた救うべきものたちでもある。あたかもそのジレンマが、体を震わせたかのようでもあった。

 タイプ・シャカニョライの周囲に、光の蓮の花が芽生え始める。徳エネルギーフィールド。嘗て、この瀬戸内一円を解脱の危機に陥れた無法の兵装。だが、

「……『それ』は、対策済なんですねェ」

 タイプ・シャカニョライの表面で、小さな爆発が発生した。この武装は、至近距離の物理衝撃に弱い。『セミマルⅢ世』の自爆特攻による破損が、それを証明していた。

 フィールド内のマニ停止現象も既に対策済みだ。あの時とは違う。タイプ・シャカニョライの機体から煙が上がる。

「仇、取れましたかねェ」

 誰にも聞こえぬように。小声で鉤鼻の男は呟く。そういえば将棋の決着は、結局つかなかった。

 如何な無法の兵器であろうと。それが兵器である限り、手の内を明かしてしまえば対策にしようは幾らでもある。何処ぞの商人の言葉ではないが……戦争では、のだから。

 タイプ・シャカニョライの装甲の内側には、様々な回路が立体的にプリントされ組み込まれた複雑な構造材素子が埋まっている。

 兵士の一人がその回路をバイパスし、端末を接続する。『アタケ』は彼に向かって、コードの刻まれたガラス板を投げ渡す。

「上手く行くといいんですけどねェ」

 海上に鎮座してきた、厄介の種である得度兵器……タイプ・シャカニョライをだけでは、この作戦はまだ半ばだ。その先の成功は、やはり、仏のみぞ知るところであろうか。

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