第150話「四門出遊」Side:空海

 徳の雪に覆われた、遥か北の地では。今も、何時果てるとも知れぬ戦いが続いている。

 奥羽・岩窟寺院都市。そして彼等はまた、先に2人のモデル・クーカイを失った。壱参空海。そして、肆捌空海。貴重な前衛役アタッカー盾役タンクの空海チーム。その喪失で都市の戦力は大きく減じた。

 防備の穴を減らすため、地上との連絡地下道の幾つかが封鎖された。そして、代わりにトーチカと地雷原が設置された。埋められているのは、得度兵器の残骸から回収された対装甲数珠ベアリング改造地雷だ。

 それでも、戦力差は埋まらない。得度兵器を倒すためには、どうしてもモデル・クーカイの力が必要だった。モデル・クーカイを『製造』するための設備は、とうに喪われている。この世界の何処にもきっと、もうそんなものは残されてはいないのだろう。補充は望めない。ならば、ある分で遣り繰りする他ない。

 2人の犠牲によって、終わりなき戦いの終わりが形となって見え始めてしまった。都市には、厭世の空気が満ち始めていた。

 都市の中枢たる大寺院。この都市の主たる大僧正だけは、変わらずその最奥で座禅を組み続けている。この都市を動かす徳エネルギーの大半は、彼と寺院の僧侶達の功徳によって賄われている。

 そして。もはや生きながら即身仏と成り果てつつある老人の前に、一人の女が伏している。袈裟を身に着けた女の髪は、しかし尼のように整えられてはおらず、二つの房に束ねられ、頭の左右に跳ねている。

『……顔を、上げよ』

 大僧正の喉元から、声が発せられる。

「いいえ、このまま伏してお願い申し上げます!」

 彼女の名は弐陸空海。この都市に残された、数少ない空海の一人だ。

『それは、出来ぬ』

「何故ですか、大僧正!何故、捜索の許可を頂けないのですか!」

 即身仏めいた老人は、だが何も答えない。言われずとも、彼女もその理由は解している。

「何故……」

 だから彼女はただ、伏して泣く。己の涙が見えないように。ただ、己の至らなさを恨みながら。

 事の起こりは、仏舎利だった。あの2人……いや、より正確には肆捌空海が他の空海達に心の内を語った時。弐陸空海もまたその場に居た。

 大僧正に命じられ、彼等は仏舎利それを見つけ出した。永久に力を放ち続ける、奇跡の欠片を。だが、大僧正にそれを天へ返せと命じられた時。2人は仏舎利カプセルを持って逃亡した。

 口さがない空海の中には、力が惜しくなったのだと言う者も居た。だが内心では、残された五人のモデル・クーカイ達の誰もが、2人の身を、そして心の在りようを案じていた。

「……どうだった」

「……ダメだった」

 眼鏡の優男風の空海が尋ねる。彼女をずっと待ち構えていたのだろう。

「やはり、お許しになる筈がない」

 2人の出奔は、街では斥候中の戦死として扱われている。戦力の要であるモデル・クーカイが『逃げた』などと風評が立てば、その動揺は戦死以上に大きなものとなろうこと。そして……結果としては、それは嘘にはならぬであろうこともまた、空海達は感じていた。

 2人の出奔後、彼女等は外で『何か』が起こったことを感じていたからだ。得度兵器の活発化と、『奇跡』の暴走に近い膨大な徳エネルギーの揺らぎと、未知の何か。

「肆捌空海は自爆したに違いない。それに、あいつも……」

 眼鏡の優男、肆壱空海はそう口にする。そうとしか、考えられなかった。

「……もう、居ないの」

 彼女の眼は、少し泣き腫れていた。今までも、仲間が度に。彼女はこうして目を腫らしていた。恐らくは、残された空海達の中で。彼女が最も強く、そして……最も、精神的に脆い。

「止められ、なかったの」

「それはお前だけの責任じゃない」

 誰も2人の心の内の決意を読み解くことは出来なかった。

 何が2人を駆り立てたのか。それを知る術はない。ただ、出来るのは。朽ちかけのこの都市を、守り続けることだけだ。

 世界は、とうに朽ちかけている。人の時代が滅びを迎えている。

 だからこそ、人は救いを欲するというのに。

「だから、あの2人は此処を出たのやもしれないな」

 釈迦は老病死の苦に接し、出家を決意したという。救いを求める心こそが、彼等を駆り立てたのやもしれない。肆壱空海はそう思った。

 だが、彼等に出来ることはない。


 その、筈だった。

「空海様!空海様!!」

 小坊主が廊下を駆けて来る。

「廊下を走るな!」

「し、しかし!大僧正様がお呼びです!」

「報告ならば、つい先程弐陸空海が済ませた筈だが」

「いいえ、全員を集めるようにと!!」

「全員だと!?」

 空海のうちの中の誰かは常に、斥候や警戒の任に就いている。それを全員、至急呼び集めるというならば。余程の緊急事態に相違ない。

「……何事か知っているか」

 大僧正の居室を廊下の途中で。2人は強面の男と合流した。彼もまた、空海の一人だ。

「通信が入ったのだ」

強面の空海は応える。

「何処からだ。得度兵器の拠点からか」

「……その、『向こう側』からだ」

「向こう側だと、何を言っている」

 得度兵器の拠点と、それが支配する領域。その『壁』の向こうを彼等は知らない。知る術もない、と……ついこの時までは誰もが思っていた。

「まだ人間が生きているというのか!?」

「その、まさかということだろう。通信の主は、あの客人の女だ。南の『街』に、流れ着いたらしい」

「……なんということだ」

 大僧正の間に、空海達が集う。それだけれはない。奥羽岩窟寺院都市の重鎮や古老が片端から揃い始めている。薄暗い部屋の中は、いつもとはまた異なる、只ならぬ雰囲気に包まれ始めていた。

 何かが、始まろうとしている。何かが、変わろうとしている。ただその予感だけが、その場に集った者達の中にはあった。





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ブッシャリオンTips 弐陸空海

 極めて珍しい女性型の空海にして、希少な攻性能力の使い手の一人。第二シリーズ末期に属するモデル・クーカイだが、この時期は能力に重きを置いた研究への変革期のため製造ノウハウの蓄積が進んでおらず、精神的に脆い部分を抱えている。第二シリーズの大半はその不安定さ故に自死しており、生き残りは彼女だけである。

 彼女の力は初期シリーズの流れを汲んでおり、『過程』を経ずに『結果』を具現する極めて強力なものだが、使い所が難しく温存されている。

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