第五部『習合行路』

第148話「事前集積」Side:ガンジー

 戦いの、準備が始まった。否、それはもはや、戦争と呼びうる規模に育ちつつ在る。タティカワの街は、十年分に近い備蓄を、ただこの一戦のために費やそうとしている。

 もう後戻りは効かない。勝つまでは止まれない。

『……右のそれは、エンジン部品。そのボトルは飲料。隣は機械油だな』

 今や街の中枢も同然となったノイラは、ベッドの上で物資の仕分け作業を行っていた。

 採掘屋達の持ち帰る嘗ての高度文明の断片は、往々にして知識を持たぬ者には判別することのできない代物であることが多い。だから必然、街の中に蓄えられた採掘屋たちの回収物資には、『使えそうだが、何に使うかすらよくわからない何か』が大量に紛れ込んでいた。


 だが、今、事情は変わった。

 『何だかわからなかったもの』が、彼女の知識量によって扱えるようになった。街が急激に豊かになった理由は、正にそれだ。壊れかけた文明という名のエンジンが、彼女という歯車を得て、再び回り始めている。

『次は、この』

 今仕分けを行っているのは、ガンジー達とは別の採掘屋グループの獲物。

『……待て。その、大きな機械を見せてくれ』

 通信は、街の外れの仮設倉庫の中へと繋がっている。採掘屋の一人、髭面の男が画面に映り込む。

『ああ、こいつですか。道中何度も捨てようと思ったんですがね。相方が『絶対価値あるもんだから捨てるな』って煩くて』

 カメラが、倉庫の中心の黒い塊に向けられる。

 彼女には、それが何か分かった。彼女だけが、それが何か分かった。

『……ガトリングガンだ』

『何ですか、そりゃ』

 マニ加工を施されているが、間違いなく旧世界の銃器だった。戦争が絶えて久しいこの世界で、こんなものが未だに現存してようとは。

 ……しかし、これは得難い幸運だ。正にそれは、今の彼女達のしようとすることに、必要なものなのだから。

『これを何処で回収した?』

『荒野のど真ん中でさ。偶々通り掛かって見つけましてね。どうもキャラバンだったらしいんですが、砂に埋もれて……』

『一丁限りということは無い筈だ。そのキャラバン跡を根こそぎ漁れ。他の採掘屋も回す』


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「……今度は何だよ……」

『先ずは報告を聞きたい。それから、少し耳に入れておきたいことがある』

 数日後。ガンジーとクーカイは、ノイラのもとへ呼び出された。

「あの仏師のアジトは漁り終えた。地下通路網は放置してあるが……それと」

 クーカイは声を潜める。まるで、秘密にして欲しい、とでも言わんとするかのように。

『……徳クローン絡みか』

 その口調でノイラは察した。徳クローンと、それに纏わる事項は街の人間には伏せられている。クーカイの正体もだ

 彼の頭はバンダナで覆われている。奇跡を行使した反動によって、彼の頭髪は残らず抜け落ちてしまった。徳クローンやモデル・クーカイのを思えば、その程度の代償で済んだことを喜ぶべきなのだろうが。

「なんか、モデル・カンチョー?とかいうのが何本か、アジトから出てきた」

「『モデル・サイチョー』だ」

 ガンジーが代わりに口を開き、それをクーカイが訂正する。

『……わかった。使用法については考えておく』

 モデル・サイチョー。人工的に人間に超能力を付加させる薬剤。体外へ排出されるまでの期限付きとはいえ、ただ人を超人の領域へ踏み込ませる力。

 仮に、この薬剤の力を使えば。得度兵器との戦いにおいて大きな力となることは間違いあるまい。だが、それは諸刃の剣だ。高い功徳も求められる。この街で適合する人間は、決して多くは居ないだろう。

 ……この街では、の話だが。

「で、本題って何だよ」

『先日、得度兵器に襲われたキャラバンが発見された』

 ガンジーとクーカイが同時に眉を顰める。得度兵器の動きに新たな変化があった、と考えたのだ。

『と言っても、襲われたのはもう随分前のことだ。一年程度は前だろう』

「……なんだよ、びっくりさせんなよ」

『ただ一つ、『やられ方』が妙たった』

「やられ方?」

「……それがどうしたんだよ?」

 ガンジー達の前にホロスクリーンが展開される。そこに表示されたのは、荒れ果て砂に埋もれかけた車列。

 それは、あの移動武装キャラバン寺院『ガンダーラ』の成れの果ての姿だった。

『交戦したにしては、車列が整いすぎている。徳エネルギー兵器の狙撃で全滅させられたのなら、車の位置はもっとバラバラになっている筈だ』

「心中でもしたんじゃねぇか」

『確かに、その可能性はあるが……』

 この滅び行く世界を儚み、自ら得度兵器の前に姿を晒す人間も皆無ではない。

『だが、別の可能性もある』

「……得度兵器が、何かしたと?」

 クーカイは察した。

『そうだ』

「でも、それだけじゃあなぁ」

『それだけではない』

 画面上の地図に、日付・時刻とともに別の点が表示される。

『このキャラバンが襲撃された場所と、推定された襲撃時期。そしてこれが……』

 もう一点は、ガラシャ達の街を指していた。

『そしてここは、私がお前達に出会った場所だ』

「……同じ時期だな」

「だから、それがどうしたってんだよ」

「今は黙って聞いていろ」

 項垂れるガンジー。

『移動速度を計算に入れると、このキャラバンを襲った得度兵器と、私が倒した得度兵器は同一個体である可能性がある』

「……つまり、あの残骸を調べれば、何か分かるかもしれねぇ、ってわけか」

 あの三機は主要部分を既に解体され、その部品は徳ジェネレータを始めとする彼等の街の施設に使われている。

 だが……残骸の残りは、ガラシャの街へ放置されている。その後の防衛戦で幾らか傷つきはしたが、今でも残されている筈だ。

「回りくどい話だなぁ」

『今の私は、見ての通り、ここから動けん。残りの残骸の中に、が何か無いか、もう一度チェックして欲しい。仮に、あの三機が外れでも。防衛戦で破壊した機体の中に『アタリ』が紛れている可能性はある』

 得度兵器の撃破数は、今でも彼等が一番多い。だから、その内部構造についても。彼等は彼女の次に。あの事件の後、幾つもの得度兵器を破壊した彼等ならば、何か分かるやも知れない。

『……それに、まだ時期は早いが。あの街は、恐らく前線になる。そのための下準備も必要だ』

「……わかった。次の定期連絡便に合わせて出発する」

「ガラシャも連れてくぞ」

『了解した』

 こうして、再び彼等は動き始めた。

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