第144話「鳥」

「……お前は、何者だ」

 クーカイは問う。

「私は、トリだ」

 片手に刃物、もう片方の手に銃のような形のを握ったテクノ仏師の男は、己の名前を答える。そして……注射針を迷いなく己の首へと突き立てた。

 ガンジーが止める暇すら無かった。全ては、淀みも迷いも無い動作で行われた。

 その、注射器の薬剤シリンダには。


 『Model Saichō』とプリントされたラベルが貼り付けられていた。

「……フゥ」

 空になったシリンダが地面に落ち、川に流される。

「ガンジー、逃げろ!」

 男の功徳が、変質を始めている。クーカイはそれに気付き、思わず叫んだ。

 テクノ仏師の頭髪が、はらはらと抜け落ちはじめる。周囲の水面が、蛍光色めいた淡い光を放つ。ブッシャリオンの輝きだ。

 これでは、まるで。

「……完成していたのか」

 クーカイと同じ。

 テクノ仏師には、つい先程まではそのような力は微塵も無かった筈だ。即ち、これはあの注射が引き起こしたもの。


 人の欲の形は、いつも決まっている。強き力を見出した後には、必ずやそれを、己のものにと望む。だから。モデル・クーカイで成功した力を、遺伝子組み換えや機械改造を経ない人間で引き起こすための研究は、ごく初期から行われていた。

 人工覚醒薬剤、モデル・サイチョー。それは、その研究によって生み出されたモデル・クーカイの影法師の名だ。

 無論。出家すら経ぬ人間の徳レベルで奇跡の力を振るえば、その身は瞬く間に徳を枯渇し灰燼へと帰すだろう。かといって徳の高い人間が、そのような力に執着しよう筈もない。

 だから、幾ら方法は正しくとも。そんなものを自発的に使おうとする人間など現れなかったのだ。今、この瞬間までは。

 テクノ仏師の身には、延々と仏像を刻み続けることで蓄積した功徳がある。その力を使う意志がある。

 徳レベルに於いては、クーカイすら遥かに上回るだろう。

「……いいから、逃げろ!」

 注射が体中に回るまで、恐らく5分程度の間がある。だがその時間では、逃げきれまい。

 だから、時間を稼ぐ必要がある。そしてこれは、クーカイの……否、モデル・クーカイの因縁だ。

「関わりの無い彼を傷付けるのは、確かに忍びない」

 テクノ仏師も告げる。この戦いでは、徳の多寡が勝負を決めると言っても過言では無い。少しでも徳の低い行いは避けたい、という思惑もあるのかもしれない。

「……行けるかよ」

 ガンジーは迷っていた。モデル・クーカイとは何か。そんなものを、彼は知らなかった。それでも。仲間を戦いの只中に置き去りにすることは、彼の信義に反していた。

 例えその仲間が、何者であろうとも。

「では、死ぬ前に。せめて、理由を知りたいでしょう」

 テクノ仏師は口を開いた。死にゆく者のために未練を晴らし、少しでも徳の減少を抑えんとしているのだ。

「そもそも、モデル・クーカイは何故生まれたのか」

 徳エネルギー移行期。未だ世界が、古い姿を留め。人類が戦争を続けていた頃。モデル・クーカイは生まれた。だから、その計画そのものに、軍事的な色彩が存在したことに疑いの余地はない。初期の覚醒者の軍事利用失敗によって、計画は凍結され、当時完成していたモデル・クーカイプロトタイプ達は長い眠りに就いた。


 だが問題なのは、そもそもこの計画は、何故、どうやって始められたのか、という点だ。初期モデル・クーカイの設計思想は、「聖人の再現」を目的としていた。

 行き着くべき先は、人工的な徳エネルギーの増幅。そして……永続的な徳エネルギー源。即ち、

 それが、モデル・クーカイ達の当初本来の製造目的だった。

「つまり、骨を頂きたいのです」

 無論、計画は失敗した。クローン達にオリジナルの徳は無く。仏舎利などには程遠い。それでも、テクノ仏師はそう締め括った。何故、彼がそれを知っているのか。クーカイですら、知り得なかった情報を。

 しかし、今はそれを探る暇はない。確かなのは、彼の『仏像』の材料として、クーカイが必要だというのだ。

 高僧の因子を植え込まれた人間の骨ならば。必ずや、オリジナルに近い『機能』を持つ。その時。彼の仏像は、衆生を救うという機能を獲得するのではないかと。彼は、そう考えて……否、、いたのだ。

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