第十五章
第140話「現況把握」
「……ガンジー達の通信が途絶えたのは、東京湾宇宙港のこの位置だ。状況を鑑みて、得度兵器からの攻撃を受けた可能性が高い」
「何かできるの?」
「何もしないよりはマシ、といったところか」
雑多に散らばる、希少な紙の資料束。ミラルパ老の書庫から引きずり出してきた古地図だ。
ガラシャとノイラの二人は考えあぐねている。
ノイラがネットワークに入り込むよりも前に、通信は途絶えてしまった。彼等二人の現状を能動的に知る術は、もはや絶たれた、と言っても良いだろう。
「……問題は、何故今、得度兵器が街を攻めているか、ということだ」
解脱機械は人を成仏させる存在。人の居ない場所には、基本的に用はない筈なのだ。得度兵器と対立する都市の中枢が生きていたとして、それだけでは、攻める理由は薄い。
海上の宇宙港から陸までは距離もある。攻撃を行っているのは長距離狙撃型……他ならぬ、この街で彼女を今の有様にした機体の同型機と考えるのが自然だろう。
「……近くに人が居るとか?」
「確かに、あのテクノ仏師の例もある。地下ならば……」
都市部の残骸の山の下に暮らしている人間も居るかもしれない。だが、戦力が過剰なのではあるまいか。
拠点近くでもない、武装している訳でもなく有人の街が形成されている訳でもない場所に、纏まった数の機体を投入するオペレーションには、否が応にも『人』の意志の介在が想起される。
北に居るであろう田中ブッダ。或いは、他の誰か。
「……考えたくは、無いことだが」
得度兵器の人類総解脱に手を貸す者達。
人を辞め、人に見切りをつけ、人の滅びを手助けする者達。
田中ブッダの他にも、それを行う者が居るというのだろうか。
彼らは果たして、如何なる世界をその眼に描いているのだろうか。
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「妹?」
クーカイは問い返す。二人の前には唐装の男が立っている。
「貴様達の仲間に居ることは知っている。先程、通信していただろう」
「通信……」
「ノイラさんかよ!?」
「成程、今はそう名乗っているか」
「ちょ……ちょっと待て。一回整理させてくれ?」
そう言いながら、ガンジーは必死で現状打開の手を模索する。
「あんたは、田中ブッダとは関係ない……で、妹に会うのが目的なのか?」
「そう口にしている」
「ってことは、俺達が戦う必要無くないか?」
「そちらの態度次第だ。面倒をかけさせるな」
男は、構えた腕をゆっくりと回す動作をする。
遠くの何処かで、何かが大きく軋むような不気味で不快な音が、時をほぼ同じくして地下道に響き渡る。
「……街の座標を渡す。それでいいな?」
クーカイがそうガンジーに尋ねる。最早、断る理由が見当たらない。
「……ああ、いいぜ」
そう応えながら、ガンジーは足でクーカイの体を軽く小突いた。
クーカイは懐から取り出した切れ端に、街の座標を書き記す。男はそれを、黙って見ている。クーカイの額から、冷や汗が垂れる。
「……これが、そうだ」
位置座標の書かれた布の切れ端を、クーカイはゆっくりと地面に置く。男の片眉が微かに上がる。布片が、クーカイの手から離れるか否かの刹那。
切れ端が、地下通路を吹く風に乗って舞い上がった。
「走れ!」
それを合図に、二人は男に背を向け、地下通路を来た道へと駆け出した。
取引が終わったからといって、彼等が無事見逃されるとは限らない。ガンジーが体……正確には足を小突いたのは、逃げ出すための符牒だった。
だが、ただ逃げるだけでは追い付かれてしまう。だから、
ガンジーの手には、一つのスイッチが握られていた。地下通路を埋めるための、爆薬の起爆スイッチだ。
「それはギリギリまで使うなよ!」
「使うに決まってんだろうがよぉ!」
安全距離は、望めない。だが幸いにして、まだ距離は詰まっていない。
と、いうよりも……あのサイボーグの男は、最初に降り立った場所から殆ど動いていなかった。
座標の入手を優先したのだろうか?悩む暇など、ありはしない。
「気ぃつけろ!」
ガンジーはスイッチを捻る。通路の壁が弾け飛び、破片が道へ散らばる。
……だが、それだけだった。
「畜生!頑丈過ぎるぞ!」
東京湾宇宙港とその付帯施設は、仮にも人類最盛期の遺物だ。地下構造物ともなれば、十二分に強度が確保されている。
二人が徒歩で携行できる量の爆薬では、吹き飛ばすどころか罅を入れる程度で精一杯。
再び、何処か遠くで、何かが軋むような音がした。
「ゲホッ!ゲホッ!」
「エホッ!エホッ!」
通路を流れる爆煙で、二人は咳き込みながらも後ろを振り返る。
「随分と、味な真似をする」
あの男の声が、地下通路に響く。
その時、割れた通路の壁から、水が勢い良く噴き出した。男が、思わず後退る姿が横目に映った。
得度兵器の攻撃による海中爆発は、老朽化した宇宙港の基部へ確実にダメージを蓄積させていた。構造体に歪みが生まれ、それが大きく軋んでいた。
そして元よりここは、海の只中だ。攻撃で生まれた軋みや破壊痕の中に海水が入り込むのに、時間は然程要しなかった。
浸水と破断によって、人工島は緩やかに崩壊を始めていた。
「走れ走れ!また水攻めになっぞ!」
事情は兎も角。追跡者の足は止まった。緩やかな通路の傾斜を伝い、海水が少しづつ流れてゆく。二人は、懸命に下り坂を駆ける。遥か彼方の出口を目指して。
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