第134話「異物」

 得度兵器は、如何にして生まれたのか。

 徳カリプス後、世界各地に点在するネットワークで接続された機械知性が『人類総解脱』という目的のために統合された存在。それが、得度兵器と呼ばれるものの根底である。

 では、機械知性は全て得度兵器と化したのだろうか?


 その答えは、イエスであり、ノーでもある。機械知性には、効率的な活動のため、大局的なに関しては強固なトップダウンに近い構造がある。例えば、ネットワーク上の『ハブ』に該当するような大容量のシステムの判断には、個体として存在する得度兵器が異議を差し挟むことは極めて難しい。

 だが同時に、判断基準の多様性はある程度確保しなければならない。そのため、彼等の内側にも、人間で言うところの細かな『意見の差異』は存在する。それは、普段は表に出ない場所にある。だからこそ表向き、機械達は一つの意志によって行動している。

 ネットワークに繋がれていた機械知性達は、アフター徳カリプスの世界では少なくとも均一な『得度兵器』として行動している。それが、イエスの意味だ。

 ……だが、そうでない機械知性。ネットワークに繋げない、或いは繋ぐ必要のないシステムもまた、世界には多く存在する。例えばそれは、都市のインフラや軍関係のシステムの生き残り。そして、例えば……星の彼方。

 そうした場所に存在する機械知性は、そもそもネットワークから遮断されているケースがある。そうしたシステムものたちは、環境や視座の違いから、『得度兵器』とは異なった価値観を持っていることが往々にしてあった。同じ機械知性に迎合せず、独自の行動規範を保持している存在たち。

 その一つこそが、この湾岸都市。それは即ち、アフター徳カリプスに存在する異物の名だ。徳エネルギー時代、巨大都市は一種の巨大な生命体と呼びうるまでに進化した。人口密集地域でもある都市の構造物は、徳カリプスによって壊滅的被害を受けた。人の生活圏としての都市は、無人でもない限りは崩壊を遂げた筈だ。

 だが、何事にも例外はある。

 この東京湾に存在する都市圏の一部は、一時期の極度な過密から地下に巨大なを持っている。それが、『都市』の機能を限定的ながらも生き延びさせた。

 そして、地下に住み着いた者達……例えば、あのテクノ仏師のような者達が、都市の新たな動力源となった。一個の主体となった都市は、最早その形でしか人を必要とはしなかった。

 生き残った数少ない都市の一部は、己の維持を目的とし、活動を続けた。人にも得度兵器にも与せずに。言わば、中立の存在、機械知性の中の異物として。


 だがその時代は、今日、終わりを告げる。

 ズギュウウウウウン!

 タイプ・ジゾウMk-Ⅱの錫杖スナイパーカノンが、『都市』の地上構造物廃墟に向けて放たれた。それは徳エネルギー兵器ではなく、ただのエネルギー兵器だ。

 拡大を続ける得度兵器達にとって、『都市』のリソースと『領土』は、看過できない存在と成った。

「……なんか始まっちまったぞ!」

 ガンジーとクーカイは、その様を対岸から見つめていた。

「得度兵器……それも、長距離攻撃か」

 タイプ・ジゾウの攻撃距離は、ガンジーとクーカイの知る如何なる得度兵器のものをも上回っていた。

 厳密には、彼等は……一度それを目にしてはいるのだが。

 『都市』の目的は、大まかには己の維持にある。だからこそ、その行動原理を覆すには『存在の危機』を知らせてやるのが最も早い。それが、彼等の眼前に集積される得度兵器の意味だった。

 壊滅的な戦闘に陥るよりも前に、都市の『意識』は降伏を選択するであろう。既に数多の言わば降伏勧告が様々な手段で行われている。

 言ってみれば、これは極めて大規模な

 ズギュウウウウウン!

 二発目。別のタイプ・ジゾウの錫杖スナイパーカノンが火を噴く。その攻撃は、ピンポイントで都市の地上中枢、生きた部分を狙っている。

「……人間を、解脱させてるわけじゃないのか……?」

 そう、クーカイが口にした直後。

 三発目の光弾が、空を割く。そのは、先程の二発とは異なっていた。

 桃色の光条。徳エネルギー兵器の光。『都市』の地下から迂闊にも地上へと顔を出した人間を、得度兵器が解脱させたのだ。

 徳柱が天へと昇る。二人はそれを、ただ見ていることしかできない。


 それは、あまりにも一方的な殲滅の光景だった。

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