第122話「今世の仏」

 水面で藻掻くクーカイに、ガンジーが泳ぎ寄る。クーカイは、蠢く肉塊のような何かによって、水の底へと引き摺り込まれかけている。ように見える。

「クソッ!」

 ガンジーはクーカイに手を伸ばす。

「ガンジー!離れろ!」

「放っとけるかよ!」

 ガンジーの手が、辛うじてクーカイに届く。

 近付いてみると……肉塊は、クーカイを引き摺り込もうとしている、というよりも無軌道にのたくっているように見えた。クーカイはそれに運悪く巻き込まれたのだろう。

 水面よりも上に現れているのは、ごく一部に過ぎないようだ。

『これは……』

 通信機から、漏れるノイラの声。だが、構ってはいられない。

「このっ!このっ!」

 ガンジーは手が届く範囲の肉塊目掛けて蹴りを叩き込む。一瞬、クーカイに絡まる肉塊が緩んだ。ガンジーは必死でケーブルを手繰り、怪物から離れる。

「すまんな」

「謝ってる暇があんなら、自分で手繰れ!」

 肉塊は追い掛けてはこない。相変わらず、元の場所で蠢いている。二人はどうにか、仏像ポイントまで帰り着く。

『……何処の誰かは知らないが、随分と悪趣味な物をものだな』

「さっきの状況にはコメント無しかよ!」

 通信機越しとはいえ、彼女には状況は伝わっている筈だ。

『今、コメントをしているじゃないか』

「先程のあれは、人工物だと……?」

「なんか突然変異した怪獣とかじゃねぇのか……」

『怪獣など居るものか……とは、言い切れまいが。表面を有機素材のように見せているが、恐らく、ロボットの類だ』

「得度兵器か!」

 ガンジーとクーカイに一瞬、緊張が走る。このアフター徳カリプスの世界で、大型のロボットと言えば真っ先に思い浮かぶのが得度兵器。ブッダ・エクス・マキナ。

『違うだろう。そもそも、こんなところにあんなものを置いて、誰をどう解脱させる気だ』

「それもそうだな……」

「なら、誰が?」

『簡単な話だ。恐らく、さっきの仏像と、犯人は同じだ』

「テクノ仏師」

 あの肉塊も、テクノ仏師の仏像工学スタチュトロニクスの産物だと言うのだろうか?

『そういうことだろう。もう通信を切ってもいいか?こちらも暇ではないのでな……』

「待ってくれ。せめて犯人と接触するまでは……」

 そう答えながらもガンジーは、辺りを見回し耳を澄ます。ノミの音は止まっている。あれ程大騒ぎをすれば、警報システムが無くとも気付かれて当然だ。

「といっても流石に、今の騒ぎでで奥に引っ込んで……」

 そう、ガンジーが言い掛けた時。

 やや遠くの通路の影から、彼等を見つめる視線と目が合った。

姿ははっきりとは見えないが、体格からして中年くらいの男。

「居たぞおおおぉぉぉおぉ!」

 思わず叫ぶガンジー!

「居たのか!何処だ!?」

 男は逃げる!

「畜生!」

「逃げたのか?」

「逃げた!」

 彼等の前には、変わらず蠢く肉塊が転がっている。追い掛けることは難しいが……

「動いてるだけなら……足場があれば、何とかなるんじゃねぇかな」

「どういうことだ?」

「こういうことだ!」

ガンジーはクーカイの肩に跨る!

「そういうことか!」

「水の中じゃなければいいんだよ!」

 クーカイはガンジーを肩に乗せたまま、肉塊へと近付いて行く。

「こいつは任せた」

 ガンジーは背中のケーブルリールと頭のカメラをクーカイに押し付け、彼の肩の上でバランスを取りながらゆっくりと立ち上がる。

 クーカイの肩を起点に、水面の怪物を足場にして先へ進もうというのだ!

「そいや!」

 ガンジーが飛ぶ!その反動にクーカイが仰け反る。スキップめいて片足から水面の肉塊に着地。更に、次の水面の肉塊へ。

 だが、暴れる肉塊!次へジャンプ!

「うおっ!」

 足場が崩れる!

「いけるのか!?」

「いける!」

 クーカイの声に応えるガンジー。体勢を立て直し、更に先へ!

 だが、足場は更に不安定だ。連続して飛び移りながら、数歩分先へ進む。肉塊の終わりは近い。

 あと一歩。その瞬間、怪物が大きく身動ぎをした。ガンジーの体が、水路の先へと投げ出される!

「大丈夫か!」

 クーカイが呼びかける。

 ガンジーは、辛うじて応える。水深が浅いせいで、したたか尻を打ち付けた。壁面にはまだ、仏が刻まれていない。

 ごうごう、というポンプらしき機械と水の流れの音が、先程よりも近く聞こえる。

「そこか!」

 そして、今まさに逃げんとしている、不審な男。

 ガンジーは走って追い掛ける。男は体力が無いのか、息をきらしている。

「テメェ、逃げんな!」

「アーッ!アー……ヤメ、ヤメテ!」

 男は最初のうちは叫び声をあげていたが、段々とそれが言葉の形を為してくる。

「……捕まえたぞ」

 尤も、その頃にはガンジーに追い付かれていたのだが。

「あの怪物の、止め方を教えろ」

「カ……カイブツ?」

「あの水路にあった、肉の塊だ」

 男は挙動不審げに目を動かしている。恐らく、もう長い間、人と話したことが無いのだろう。

「……のか」

「あ?」

「怪物な、ものか」

 男の言葉が、焦点を結んだかの如く、くっきりした形を為した。

「じゃあ、なんだってんだ?」

 あれが怪物でなければ、何だというのか。

「あれは、今世の御仏の御姿だ」

 つい先程までの不審な挙動は影もなく。ガンジーの目をしっかりと見据えながら、男はそう答えた。

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