第121話「再侵入」

「……何でも持ってくるモンだな」

「何処ぞの発掘品だ。動作は試していないぞ」

 ガンジーとクーカイが身に着けているのは、小型の水中呼吸器とゴーグルだ。これで、水路内の水攻めにも、ある程度は対処できる。

「最初から持ってくりゃ良かった」

「無駄だ。押し流されるのには変わらん」

 この装備は、水路に満たされた水が完全に引く前に水中から侵入するためのものだ。

 だが……

「水の中には、化け物が居んだよなぁ……」

 水の奥で目にした、あの肉塊のような何か。それにどう対処すべきなのか。

 水中での戦いとなれば、使える武器はガンジー達の手持ちには無い。ならば軽装の方が良い、ということで装備は必要最低限だ。

「それが何か分からなければ、先へ進めんだろう。それに目的は、じゃない」

 目指すべきは、水路に罠を仕掛けた何者かの方だ。

「使い方は、前に説明した通りだ。異変や不具合があったら、ハンドサインで知らせろ」

「わかってる」

「街との通信は繋いだままだ。水中ではこちらからは話しかけられないが、仕方あるまい」

『検討を祈る』

 イヤホンからノイラの声が聞こえる。

 ガンジーの頭の脇に取り付けられた防水カメラとヘッドセットは、そのまま背中の光ファイバーリールから外のトレーラーの通信機へと接続されている。ある程度は情報を共有できるシステムだ。

「それじゃあ、先に行くぞ」

 そう言ってクーカイは、水の中へと分け入って行く。

「……」

 ガンジーも渋々それに続いた。


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 水路の水は、ひどく濁っていた。水路の放水によって川底が撹拌されたためだろう。水中ではライトを付けて尚、数m先すら見通せない。

『ゴボ……ゴボ』

 ガンジー達は、己の方向感覚と川の流れを頼りに先へと進む。呼吸器から漏れ出た泡が、水面へと浮かんでいく。

 水を含んで重たくなった服が体にまとわり付く不快感が、不安を齎す。

 流石に、ダイビングスーツまでは持って来てはいなかったのだ。可能な限り軽装にはなったが、ある程度は仕方あるまい。やがて、移動距離を計算している隣のクーカイが手で上を差す。浮上の合図だ。

「ぷはぁっ!」

 浮上するやいなや、ガンジーは水中呼吸器を吐き出すように外し、息を吐く。

「……静かにしろ」

 クーカイがたしなめる。水路の壁には、石仏が並んでいる。先程押し流されされた地点よりも手前だ。

「……ここから先は、トラップがあるかもしれない」

 赤外線の網は、水中では吸収されて役に立つまい。だが、視界の覚束ない水中を進むのは危険だ。二人は水上に頭だけを出しながら、慎重に辺りを警戒する。聞こえるのは、水の流れる音。排水ポンプらしき機械音。そして……

「何か、聞こえるぞ」

 ガンジーが気付いたのは。その間に微かに交じって反響する、ノミの音。

「……仏師、か」

 何者かが、この地下の奥で。徳無き世界の果てで、仏を掘っている。

 二人は慎重に、音の方向を探りながら進み寄る。周囲の壁面には、先程の壁仏が現れ始める。尤も、体の半分程は水の下なのだが。

 ガンジーが、そちらへ目を向けた時。

『もう少し、近くで見せてくれないか』

 通信機から声がした。

「おっと、いけねぇ」

 そういえば、仏像の写真も頼まれていた。彼女が見れば、もしかすると仏師の正体の手掛かりになるかもしれない。

 ガンジーはクーカイから離れ、壁面へと泳ぎ寄る。

「ガンジー、あまり勝手な行動を取るな」

「すぐ済む、先に行っててくれ」

『この鑿痕は……誘導加熱だな。高周波鑿だ。普通の仏師ならば、こんなものは使わん』

 ノイラは直ぐ様、仏像の彫跡から使用された工具を看破した。

「よく分かるよなぁ……」

『構造材の機能を殺さずに形状を変成させている。余程の腕だが……テクノ仏師かそれに類する者だろう』

「テクノ仏師」

『大まかに言えば、稼働仏像を作る技術者の芸術家の合いの子だが、現代芸術に端を発するとも言われ……』

「クーカイに報せねぇと」

 彼女の言葉を遮り、ガンジーはクーカイの方へと向かう。もう、彼の姿は見えなくなりつつある。

『……しかし、何故地下に』

「ガンジー!」

 だが、その時。クーカイの叫び声が、水路に響く。

「どうした!」

 ガンジーは迷いなく呼び返す。クーカイは滅多なことで叫び声を上げるような男ではない。それは間違いなく、緊急の事態だ。

 やや離れた場所で、クーカイが水面を打つようにして暴れている。

 まるで……何かに引き摺り込まれかけているかのように。

 ガンジーは急いで通信ケーブルを仏像に巻きつけ、クーカイの声の方へと向かう。これで万一の時でも、ケーブルを辿ればこの場所に戻って来られる。咄嗟の判断だった。

『見間違いじゃなかったのか……』

 通信から漏れる声。そして彼の向かう、クーカイの藻掻く水面では……肉の塊のような大きな何かが、波紋の合間に見え隠れしていた。



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ブッシャリオンTips 高周波鑿

 指向性高周波による誘導加熱で対象物を加熱し破壊する鑿。周波数を変化させることで、理論上は電磁波を吸収するほとんどあらゆる物質を加工可能なことから、テクノ仏師が好んで用いた。この鑿を以ってしても、機能性材料や複合材の加工には熟練が必要となる。

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