第120話「仏師の正体」

「爆破して埋めよう」

「却下だ」

 命からがら水路を脱出した二人。ガンジーの頭には藻が絡まり、まだ髪からは水が滴り落ちている。

「そんな量の発破は無い」

 ガンジーの提案を却下するクーカイ。爆薬は貴重品だ。得度兵器との戦いならまだしも、無駄遣い出来る量は無い。

「でも、あれ見ただろ!」

 水中に居た肉の塊。恐らくは、他の採掘屋達が見た怪物の姿。

「兎も角、水が引いたら、もう一度確認して……」

「それじゃ駄目だ」

 ガンジーは背中の光ファイバーリールを下ろし、川岸へと向かう。

「どうする気だ」

 クーカイは暗視装置を外し、鉄砲水の影響が無いか調べながら尋ねる。

「相談する」

 ガンジーはそう返し、トレーラーの中へと戻って行った。


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「……と、言うわけで、変な生き物が住み着いてる。それから、人間もだ」

「ガンジー、お前、絵が下手だな……」

「うるせぇ、黙ってろ」

 二人は拠点トレーラーで通信機に向かう。ガンジーはカメラに手製のスケッチを向けている。通信相手は、彼等の街に居る。

 スケッチは、特徴を捉えているとは言い難い。

『肉塊……だけでは、何も言えんな』

 通信機の画面には、ベッドの上のノイラが映っている。彼女は街に残り、最終的な反抗作戦の準備を行っているのだ。

「なんか無ぇのか?」

『可能性が絞り込めない、と言っているんだ。せめて組織サンプルをもってこい』

「サンプルがあれば、分かるのか?」

『やってみないと分からない。専門外だから、期待はしないでほしい』

「サンプルか……」

「ガンジー、落ち着け。俺達の目的は、先へ進むことだ」

「分かってるんだがなぁ……」

 どうにも、釈然としない。この場所は、将来的には狩り場になる可能性もある

。未知の脅威を放置することは望ましくない。爆破を口にしたのは、そういった事情もある。

 だが、それ以上に……

「どんな奴が住んでるか、気になってきちまった」

 地下で仏像自動工場ファクトリーめいて仏を掘り続ける仏師。彼が何を思い、それを為しているのか。

「ガンジー」

 しかし、クーカイは思う。それは、毒だと。ガンジーは根が優しすぎる。何時かその優しさが、いつの日か彼を死に至らしめる毒となるのではないか。そう危惧している。

『優先するなら、の方だろう。都市圏の地下で長期間生活を営んでいる……ということは、それ相応の情報と知識を持っている筈だ。表に出られない事情もな』

「怪物について知っている可能性もある、と?」

『まぁ、本当にそんなものが居るとすればだが……』

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、という話はごまんとある。ノイラは肉塊については半信半疑、といった様子だった。

『その、仏像の写真はあるか?』

「スケッチでいいなら」

『スケッチはいい』

「つまり……どの道、あそこに戻らねばなるまい、か」

 先程は、写真を撮っている暇など無かった。

『迂回路は探さないのか?』

 通信画面の奥で、写り込んだガラシャが手を振っている。ガンジーはそれに手を振り返す。

「……これでダメそうなら考える。いいなクーカイ」

「良いだろう」

『次に突入する時は通信を繋いでおけ』

 ノイラはそう口にし、通信は一旦途絶えた。


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 彼等が、そうして再び迷宮へ分け入ろうとしている頃。

 キーン……キーン……

 高周波鑿が加工対象ワークを削る音が、水が引いたばかりの水路に木霊する。いや、鑿を振るう者の背後では今もまだ、強力な排水ポンプが水を吸い上げ続けている。

 水路から完全に水が引くには、まだ暫く時がかかろう。

 工具の発する騒音と流れる水の音が、禅めいた不思議な空間を生み出している。彼が掘り進めるのは、壁面の仏像『ではない』。

 その、更に奥。ガンジー達が辿り着けなかった場所にある、巨大なオブジェである。そのオブジェは、ゆっくりと動き、脈動している。あたかも、

「ア……」

 鑿を振るう何者かは、頭を覆う酸素マスクを脱ぎ去る。中から現れたのは、40絡みの男の顔だ。それこそが、仏師の正体だった。

 彼は、只の仏師ではなく。彼が手掛けてきたものもまた、只の仏像ではない。

 徳エネルギー全盛の時期。仏像は本来の宗教的象徴としての意義すら超越し、文明そのもののシンボルとなった。

 有り余る工業力によって無数の仏像が大量生産によって生み出され、数多の大仏が建立された時代。いつしか、人々は普通の仏像には飽き足らなくなっていった。そうして仏像は、やがては最先端のテクノロジーが組み込まれた総合芸術として独自の進化を遂げていった。

 それを支える技術者集団・或いは芸術家アーティストこそが、彼等……『テクノ仏師』と呼ばれる人々だったのである。



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ブッシャリオンTips 大仏

 古来の大仏には、先端技術や国力の誇示という目的も含まれていたとも言われる。徳エネルギーの時代、有り余る工業力によって数多の大仏が建造され、同時に造形物としてのみならず、技術面においても大仏は急激な進化を遂げた。

 徳エネルギー普及に伴う価値観の変化から、大仏は仏教圏以外にも建造されるようになり、いつしか本来の目的に立ち戻るかの如く、様々な機能が付加され、最先端の科学技術をも投じられるようになった。二足歩行を手始めとして、飛行能力、小型化といった様々なコンセプトに基づいて建立された大仏は巨大な産業を形成したのである。

 人類救済に目覚めた機械知性が仏像の姿を選択したのは、もしかすると、そういった合理性に基づくものであったのかもしれない。

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