第113話「修羅機人・下」

 後にして思えば。何もかもが、彼の思惑の上に運んでいたのだ。

 街の停電も、その後、通信によって知らされた内容も。全ては、彼女を誘い出すための罠だったのだろう。決裂を予感しながら、何処かで相手を甘く見ていた。それは彼女自身の落ち度だ。


 二発目は肩口から背中にかけてを抉っていた。首から上と片腕は辛うじて動くが、それ以外は全て駄目だ。今のこの世界では、補修部品を調達する当てなど無い。幸運にも部品が手に入ったとしても。決して元通りにはならないだろう。

死の恐怖。変質の恐怖。長らく無縁だと思っていたものが、彼女を襲う。

 いや、元通りに直す方法はある。このまま、田中ブッダの軍門へ下ればいい。得度兵器を生産・運用する技術水準を維持している彼等ならば、舎利ボーグ用の補修パーツを生産することも可能だろう。それで、死の怖れからも。自分が自分でなくなる恐怖からも逃げることはできる。

 まだ動く首を動かし、彼女は半仏像の顔を見上げる。その空の上には、機械の鳥。

 同時に、体内に残された徳エネルギーの量を再確認する。まだ……ギリギリで『切り札』を使える量は残っている。

 自分が死ぬことよりも。変わってしまうことよりも。自分を売り渡すことは、ある意味においては尚苦しい。

 それを、彼女は知っている。この肉体を手に入れた時。全ては、過去の話だ。

 如何なる過去があろうとも。いつかは、その決断を喜べる日が来る。それも、彼女は知っている。

 だが、果たして。人の滅びに与した時。その『いつか』が訪れるのか。断言することは彼女には出来ない。恐らくは、誰にも。

 いや。その時は、きっと来ない。喜びを分かち合える者が居なければ。

「だから」

 過去をいつか、笑い話に変えるために。

 ただ、そのためだけに。彼女は立たねばならない。悔いの無い生を望むことなど烏滸がましい。全ては、過去を肯定することのできる未来のために。

 彼女の機械の瞳に、光が灯る。その奥に、蓮の模様が浮かび上がる。

「まだ動くか……!」

 体中から、生きているアクチュエータの制御をかき集める。損傷箇所への動力供給を停止。そして、最後の切り札。

 プラジュニャーパラミタ・ニュートライザー。彼女の肉体に組み込まれた、人工的徳雪崩によって有効範囲内の徳エネルギーを強制的に、無効化する装置。全ての徳エネルギー文明の天敵たる、強制成仏兵器。

 それは同時に、徳エネルギーによって稼働する彼女の肉体活動をも止める諸刃の剣だ。恐らく死ぬことは無いにせよ、身動きが取れなくなる。

 チャンスは田中ブッダが有効範囲に居る間、一度きりだ。それを、逃せば。

「……残念だが」

 彼女が最後に目にしたのは、田中ブッダの失望の表情。

「君の身体に仕込まれた厄介な物のことは、よく知っている。それは、徳エネルギーフィールド発生装置の原型だからな」

 その手に握られた熱線銃ブラスター

「使う暇は与えんよ」

 そして……再び戻った、徳無き者達の街の明かりと。

「これで……何時ぞやの借りは、チャラだな」

 彼女を庇うように進み出る、一人の青年の姿。

「お前は……」

「そういうことか。やっぱ、さっき殴っときゃ良かった……って熱ッ!」

 ガンジー。

 そして、無言で熱線銃を乱射する田中ブッダ。だが、放たれた光線の大半は彼には当たらない。

 田中ブッダにとって、不意の闖入者が齎した影響は予想外の物だった。

 得度兵器は、生身の人間を殺傷するようには作られていない。彼等の基本律の多くは手付かずのままだ。タイプ・ジゾウ改部隊による狙撃支援は生身の人間を巻き添えにする危険がある時点で使用不能になった。

 残された手札は、上空のタイプ・ガルーダと己のみ。だが……

上空のタイプ・ガルーダの近くで、何かが爆発した。原始的なロケット弾の類だろう。命中率も威力も低い。しかし……厄介だ。

「俺はともかく、この街をナメんじゃねぇ」

 ガンジーは啖呵を切る。この街は、徳無き者達の砦だ。

 彼等は、嘗ての徳エネルギー文明の遺物を漁り、糊口を凌いできた者達だ。誰よりも、得度兵器と矛を交えてきた者達だ。

 そして何よりも。その礎を築いたのは、今、地面に倒れ伏す彼女なのだから。



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ブッシャリオンTips プラジュニャーパラミタ・ニュートライザー

 強制功徳中和器。人工的な徳雪崩を発生させ、徳エネルギーを空間に発散させる装備。徳エネルギーをリセットし強制的な解脱を避けることから、逆強制成仏兵装とも。現在得度兵器が用いる徳エネルギーフィールドの原型の一つである。

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