第112話「修羅機人・上」
人の滅びは、必然だ。
彼は幾度も自問し、そう結論してきた。彼とて人類の一員だ。それはある種の諦観でもあった。不死者が生に諦観を抱くように。彼は人類に対し諦観を抱いた。最初はきっと、それだけのことだったのだろう。
徳カリプスを境に、その思いは更に姿を変えた。
人は、滅びを選んだ。徳エネルギーを選び取った時に、滅亡は運命付けられた。それが今の彼の結論だ。
ならば、目指すものはより良い形の滅びであるべきだ。救済という名の滅びを以って潰え、積み上げた物を『次』へと託す。それが種として望み得る最上の結末だろう。だから。それを阻む物は、
「例え、神仏を前にしようとも」
全て、打ち砕く。
「何故、そこまで!」
ノイラが跳躍する。輝く徳エネルギーの粒子が残像めいて闇夜に尾を引く。田中ブッダの目の前に迫るは、舎利バネティクスの豪腕。咄嗟に、機械の側の腕を盾にする。突進の衝撃が身体を抜ける。
「ぐっ・・・・・・!」
プレス機のような力で、握られた腕ごと体が縫い止められる。機械の腕が、爆ぜるような破壊音を立ててスポンジの如く拉げる。痛覚は既に切断してあるが、使い物になるまい。
「人の生を、何故踏み躙る」
もう片側の腕が彼の胸倉を掴み上げる。
決着は、一瞬の出来事だった。
老人の身体は、意外な程に軽かった。
「……優しいな」
彼女は、止めを刺そうとはしなかった。
「聞くべきことが、山程ある」
目の前のこの男は、得度兵器に組し、人類を滅亡に導いてきた。だが、得度兵器の原型は機械知性体だ。彼を殺しても、機械達が止まるわけではあるまい。
「得度兵器を、止める方法を、教えろ」
「それは」
田中ブッダが口を開いた、次の瞬間。咄嗟に、ノイラは上体を横へ逸らした。刹那の後、彼女の眼窩を田中ブッダの仏像側の片目から放たれた破壊光線が抉った。
彼女は目を押さえ、田中ブッダから距離を取る。
「つくづく、頑丈な身体だな」
彼女は黙したまま、顕になった機械の瞳で男を睨みつける。
「不意打ちを仕掛けなかった甘さを、後悔するべきだ。その調子では人間相手に全力で戦ったこともあるまい」
それは、正しい。ノイラがこれまで闘ってきたのは得度兵器相手が大半だ。サイバネティクスで強化された人間同士の戦闘経験は皆無。しかし、相手も条件は同じ筈だ。
そして目や腕を失おうとも、残酷なまでの性能差は変わらない。一度不意を突こうとも。得度兵器を持ち込めない状態で正面から戦えば、田中ブッダに、勝ち目はない。
だがそれは、つい先程までの話だ。
二人の距離は、今離れている。
「オン--」
田中ブッダの口が動く。その後に続く、幾つかの単語。
次の瞬間。ノイラには、何が起きたのか分からなかった。彼女の肉体に備わった複合感覚を以ってしても、事態を追うことはできなかったのだ。
ただ、左脇腹の感覚が無くなった。体内の機器がけたたましいアラートを返している。まるで、体の内側がごっそりと抉られたかの如く。
視線の先の地面には、エネルギーの礫が穿った穴。彼女はそこで漸く、何が起こったのかを把握した。
指向性非徳エネルギー兵器による、超長距離からの狙撃。
「随分と……悪趣味な真似をする」
街の『壁』が途切れた今。彼は、得度兵器の支援を受けられる。
タイプ・ジゾウ改。傘状のレドームを装備した、超長距離狙撃用得度兵器である。街への接近限界でステルス状態のまま待機させていた戦闘用得度兵器による長距離攻撃こそが、田中ブッダの『保険』であった。
「残念だが、君の力が必要なのだ」
上空には、羽撃く機械の巨鳥。タイプ・ガルーダ。
そして。二撃目……別方向からの高収束非徳エネルギー兵器の光条によって穿たれたノイラの身体が跳ねた。
地に倒れ伏した彼女の肉体からは、光回路や断裂した人工筋が露出し、半透明のオイルと光の粒子が地面へと漏れ出している。
「……何故、なのですか」
だがその声に、耳を傾ける者は居ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます