第93話「奇跡の価値」

「……と、いうわけで、共同作戦でおじゃる」

「……ほんとに大丈夫なの?」

 『マロ』は笏型端末を手に打ち付ける。ヤオが口にしたように、内心釈然としない思いもあるが、ともあれ成すべきことは定まった。屋敷の庭では作業機械が慌ただしく蠢き、倉庫からかき集められたなけなしの徳ジェネレータは花の蕾のようなその筐体を無造作に両断され、その底板を晒している。

 徳ジェネレータの底に敷き詰められた、超高密度三次元複合集積構造体。ジェネレータの心臓部、マンダラ・サーキット。現在の人類には、既に製造不能な構造物。ロスト徳ノロジーの中枢、形而上と形而下を繋ぐ門。それは今、太陽の光に曝され虹色に耀いている。

「……不幸中の幸いでおじゃるなぁ」

 資材運搬用に換装されたロボ牛車に徳ジェネレータの下半分を積み込みながら、『マロ』は呟く。

「……そうかなぁ」

 いや、幸いなのだ。塞翁が馬と言うべきかもしれないが。

 徳ジェネレータは、貴重な集落の資産である。それを持ち出し、まして使い潰すことなど、平素であれば同意を得ることは困難であっただろう。最終的に可能としても、大きなしこりを残した筈だ。

 だが、今は事情が異なる。

 『アタケ』と名乗った、「船団」のエージェント……確証は無いが、もはや確実と見てよいだろう……彼が集落をかき回したせいだ。

 無用の混乱を避けるため、『マロ』は犯人探しを手始めとして、不本意ながら直接干渉し、締め付けを強化してきた。

 その結果。彼の意思には反するが、『マロ』は今、集落に対してかつてないほど強権を振るえる状態にある。予備の徳ジェネレータを使い潰したで、否やを唱える者は居まい。

 もしかすると、この成り行きすらも、あの第三席の掌の上なのではないか、という思考すら脳裏を過る。当面の共闘相手とはいえ、彼女の目的、利害の詳細は杳として知れない。

 それらをヤオに告げることは、彼はしないのだが。

「……乗り心地が悪いでおじゃる」

「仕方ないよ」

 代わりに彼が口にしたのは、乗り心地への不満だった。牛車を荷車に繋ぎ替え、リミッターを解除したロボット牛に股がり、二人は海岸への道を進む。

 爆破用の徳ジェネレータ。それを駆動するための徳ジェネレータ。更に予備の徳ジェネレータと、それらに焚べるための徳エネルギー結晶体。「船団」との通信機材。途中からは集落の人々の手も借りながら、珍妙な行列は海へと歩む。

 手を貸す人々の中には、あの少年の姿もあった。『マロ』の視線に気付くと、彼は怯えたように目を背けてしまったのだが。

「どうも、嫌われているようでおじゃるな」

 「船団」との通信の終わりから、既に数時間が経過している。今頃は彼等も、これと似たような準備を行っていることだろう。

 『マロ』の理論が正しければ、徳エネルギーフィールドの内側は巨大なフラスコめいた隔離空間だ。それは命あるものの徳を強制的に解き放ち、徳エネルギーとして解放する。

 そして……フラスコの中の徳エネルギーが一定レベルに達したとき、ある種の相転移が発生する。それ即ち強制解脱、徳カリプスの再来である。だが、徳エネルギーフィールドの中が十分量の徳エネルギーで満たされるまでは、時間がかかる。それが、タイムリミットまでの猶予の正体だ。

 まして、あの得度兵器のフィールドは。徳島の結晶体を消費したとしても、フィールドの内側を充たすには、最低でもあと数時間はかかろう。


 ……しかし、徳科学に精通した読者にはお分かり頂けると思うが、この現象は徳カリプスとは同じだが、は些か異なる。

(徳カリプスは、功徳の空乏を目掛けた徳雪崩による連鎖。これは、徳エネルギーが充満した環境における相転移でおじゃる)

 『マロ』は、僅かな時間を惜しんで頭を巡らせる。その内容は、常人には理解し難い。

(これは、徳カリプスというよりは寧ろ……『奇跡』に近いでおじゃる)

 だが、分析を進めるごと、『マロ』の心中は穏やかならざるものとなっていった。

 『奇跡』。それは超常の現象ではなく、生体によって己の徳を徳エネルギーへと変換し、物理現象に干渉する異能を指す。能力を行使する者達は、確かに存在する。

 だが……機械が、得度兵器がそれを扱えるようになることが、どういった意味を持つのか。



 その果てにあるのは、聖域を侵す脅威だ。

 機械には、徳を積むことはできない。機械知性は、解脱することができない。

 その筈だ。それは人と、生きとし生けるもののみに許された特権だ。徳エネルギーの時代、それは機械達がエネルギー源を人に依存することを意味していた。

 もしも、もしも万一。その頚城が、解き放たれればどうなるか。

 あの得度兵器達ですら、人類総解脱という名の使命に縛られているというのに。

「……人類総解脱。あれは、そもそも無理でおじゃる」

 『マロ』は、そう口にする。それは、使なのだ。徳の原理が、エネルギー保存則がそれを保証している。だがもしも、『前提』そのものが崩れてしまえば。

 機械達が何を考え始めるか、推し量ることすらできまい。

 些か以上に飛躍した思考だが、既に徳エネルギーフィールドという「計算外」を目にしたが故、『マロ』はその可能性を頭の隅に追い遣ってしまうことができないでいた。

 近くも遠い未来に起こるやもしれない、破滅の可能性を。

「……『マロ』さん、もう着くよ?起きて?」

 そんな彼を、現実に引き戻す声がした。どうやら、熟考している様を眠っていると勘違いされたようだ。

「……考えるのは、後で幾らでもできるでおじゃるな」

 危機はまだ、眼前にある。新型得度兵器。その先に待っているのが更なる彼等の進化であるならば。

「尚更、負けるわけにはいかんでおじゃる」

 彼はそう呟き、ロボット牛から飛び降りて腕まくりをした。




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ブッシャリオンTips マンダラ・サーキット(Lv.1)

 徳エネルギージェネレータの中枢。高度機能性材料技術の、文字通りの結晶体。その機能は、功徳から徳エネルギーを取り出す『門』に喩えられる。

 原型は半ば偶発的に出来上がったものであり、徳エネルギー文明の黎明以来、様々な手法による解析・改良が行われてきた。だが、その作用には未だ理論化の手の及ばぬ未知の部分が介在する。

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