第88話「共鳴」

 タイプ・シャカニョライの広域徳エネルギーフィールドの影響は、遥か対岸の徳島にも及んでいた。

 徳島。赤い結晶に埋め尽くされた、重度功徳汚染地帯。その、赤い水晶のような結晶が一斉に光を放ちはじめる。

 『ガンダーラ』を襲った徳エネルギーフィールドは、ほんの実験に過ぎなかった。徳エネルギーフィールドの本質は、密閉空間における徳エネルギーの強制的な解放にある。その対象は、固定化された徳エネルギー結晶体といえど例外ではない。そして空間の徳エネルギーの流量が一定値を超えた瞬間、生物はこの世の法則から解き放たれ、解脱する。

 徳エネルギー兵器は、対象へ直接徳エネルギー流を撃ちこむことで解脱を誘発する兵器だ。だからこそ、膨大な徳エネルギーを消耗する。だが、徳エネルギーフィールドは本質的にその原理を異にする。これは対象の功徳を強制的に徳エネルギーへと変換する装置だ。つまりなのである。

 それは、あくまで理論上の話だ。徳エネルギーフィールドは未だ、得度兵器、そして田中ブッダの技術力を以ってしても未完成の試作品に過ぎない。信頼の置けない、幾度とない実験と改良の途上にある装置に過ぎない。

 しかし完成の域に達すれば、その解脱効率は徳エネルギー兵器の比ではないだろう。

 だが。幾ら効率が良かろうと。何故、現状タイプ・シャカニョライだけがこれ程の規模の徳エネルギーフィールドを操ることができるのか。

 手品には、必ずや種がある。タイプ・シャカニョライの心臓部。徳ジェネレータに埋め込まれた小さなカプセル。そこに刻まれた文字。


『三一聯合航天科工公司 仏舎利唵 028样本』


 奇跡の断片。覚者の痕跡。その一欠片。京都の『跡地』へ降下したそれは、得度兵器達によって回収され、タイプ・シャカニョライの中枢へと組み込まれていた。

 恒久的な徳エネルギー源。それから生まれるエネルギーを蓄積する、膨大なキャパシタ。それらが生み出す巨大な徳エネルギーフィールド。そして……徳島に存在する、固定化された徳資源。全ては、一つの現象に収斂する。

「……セカンド・徳カリプス」

 墜落したドローンの、まだ辛うじて映るカメラを通して、『マロ』はその光景を眺めていた。14年前。あの光景の再現が、この地で始まろうとしている。僅か一体の得度兵器の手によって。

 徳の力が、再び人類に牙を剥く。それは、徳カリプスを経て尚、徳エネルギーを捨て去ることのできない人類への報いなのか。

「……それは、させんでおじゃるよ」

 『マロ』は地図とコンパス、そして端末を取り出し、何やら計算を始める。

「得度兵器の推定出力。徳島の推定徳資源埋蔵量……」

「……『マロ』さん、こんな時に、どうしたの?」

 ヤオは食い入るように眺めていたモニタから目を離し、不安そうに『マロ』を見つめる。

「……『起点』が得度兵器一体である以上、徳カリプスと同じ規模には絶対にならない筈でおじゃる」

 この現象には、必ずやが存在する筈。

 それを見定め、対策を講じる。残された時間は少なくはない。だが、あれをもう一度起こされれば、、何が起こるか知れたものではない。

 徳エネルギー研究者としての勘。嘗て、自ら断った道。だがその知識と経験は、確かに彼の中に遺されている。

「見ているでおじゃる、田中ブッダ」

 『マロ』は、彼方に居るであろう因縁の相手に向けて呟く。だが、徳カリプスの機構には未解明の点が多い。『マロ』は同時に、己の怠慢に歯噛みする。

「……計算リソースがまるで足りんでおじゃる」

 不死の倦怠は、いつの間にか消え失せていた。

 彼は、不意に微かな記憶を手繰り思い返す。それは、徳エネルギー研究者となるよりも以前、彼の前前世の記憶。

 己の不死の解明。それは、ただの目的に過ぎなかった。

 人生とは、過程だ。何処まで辿り着けたか、目的に届くか否かは、その結果でしかない。そして彼は、終わらぬ『過程』を生き続けている。

 だからこそ、思い返したのだ。人生を賭した知の研鑽こそが、その興奮こそが、彼にとって最良の過程であったことを。

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