第89話「船団」
徳エネルギーフィールドの外。瀬戸内海の海上生活者達の集合体である、「船団」の本隊。その中核を成すのは歪な形状の二等辺三角形で構成された、数百メートルの幅を持つメガフロートである。
……否。今はただ水面に巨体を横たえるそれは、前世紀に建造された
トリニティ・ユニオン。或いは、三一聯合公司。嘗て、そう呼ばれた超巨大複合企業体があった。
資本主義時代の最後の勝利者。そして、高功徳時代に生き残った時代錯誤の老兵。誰もが、その企業の存在を知っていた。だが、その本社が何処にあるかを知る者は殆ど居なかった。
それが存在したのは、主要都市に建造された巨大ビルディングの中でも、その郊外に建設されたオフィスシティでも、はたまた複雑に分散されたネットワークの中でもなかった。
超巨人機、『エリュシオン』。人類史上最大級の有人航空機。永遠に飛び続けることすら可能な天空の城。
そこに、トリニティ・ユニオンの中枢はあった。予備を含めて計三機が製造された『本社』の中で、徳カリプスの余波によって不時着水を余儀なくされた一機は、現在はこうして船団の中枢となっている。
彼女の僚機達は、今も空の何処かを飛び続けているのか。或いは、既に地へ堕ちたのか。機体トラブルが発生した際、機密保持のために社内ネットワークから切り離された『彼女』に、それを知る術は既にない。
いや……知って、どうすると言うのか。徳カリプスによって企業体ネットワークの大半は破壊され、生き残ったものは殆どが得度兵器によって
……しかし、それに乗り込んでいた人間達は諦めなかった。彼等は残されたリソース掻き集め、組織を再編しようとした。
十年を賭したその成果、或いは成れの果て。それこそが今の『船団』の姿だった。
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『アタケ』は、玉座の前に傅いていた。玉座、というのは通称であり、ここは船団の長が謁見に使う場である。
彼と船団長との間は御簾によって遮られ、長の姿を窺い知ることはできない。そして、その脇は数人の自動小銃で武装した兵士達によって固められている。
「数々の役目、大儀であった」
御簾の奥から、少女の声がする。船団長について『アタケ』は殆ど知らない。その直属として様々な工作に従事する彼にすら、その正体は知らされてはいない。
確かなのは、彼女……仮に彼女とするが、性別は不詳である……は、徳カリプス以来、船団の長を勤め続けていること。
そして、確度の高い噂レベルの情報だが、徳カリプス以前はトリニティ・ユニオンの重役であったこと。
もしも彼女が声の通りの少女であるなら、どう考えても年齢の計算が合わない。影武者なのか、或いは機械で声を変えているのか。それとも、何か他のおぞましい手管を用いているのか。
もう一つ確かなことは、好奇心は猫を殺すということだ。
だからこそ、『アタケ』はただ、玉座の前で深々と頭を垂れる。
「何か褒美を取らせても良いが……まだ、そちには働いてもらうことになろう」
今は、船団の望みをかけた作戦遂行の只中である。だが彼女の声には、それを憂う様子は欠片もない。支配者の資質か。それとも、只の傲慢なのか。
あの『船長』は今頃、海の彼方で得度兵器との戦いを繰り広げているのだろう。
安定した生活基盤を築くための土地の確保。それは、確かに船団の多くの人間の望むところだ。しかし……彼女は、同じ望みを抱いてはいまい。今は同じ方向を向いてこそいるが、同じ景色を見てはいまい。
彼女は、恐らくその先に何かを目論んでいる。だが腹の中で何を考えていようとも、彼女と、彼女が従える旧企業体の遺産こそが船団全ての命運を握っていることは事実なのだ。
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「……あの艦隊には、恐らく『本隊』が居る筈でおじゃる」
計算結果を整理しながら、『マロ』は口にする。
「あのサイズの徳エネルギーフィールドは、連鎖反応を起こさない限りは致命的現象を起こすにはまだ少しの時間がかかる筈でおじゃる」
それが、仮説に基づくシミュレーションの結果だった。
その間に、あの艦隊の母体であろう『本隊』との協力を取り付ける。仮定まみれの状況で実行せなばならないことが歯痒いが、現状の対処には、それが不可欠だ。
だが、彼は知らない。彼が相手取ろうとしている『船団』が、決して一筋縄ではいかない相手であることを。
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ブッシャリオンTips 三一聯合公司/トリニティ・ユニオン(Lv 2)
地上最大にして唯一の超巨大企業体となりおおせた彼等には、徳エネルギー時代に突入して尚、敵対する者達も多かった。結果、最終的に彼等は本社機能を巨大な航空機の中へ移したと言われている。傍から見れば非効率極まりない手段だが、どのような利害計算に基づくものであるかは彼等にしか知り得ないだろう。
『エリュシオン』と呼ばれるその本社は、常に地球の夜の側を飛び続けているとされる。
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