第76話「安寧の対価」
鳴門海峡を横断する大鳴門海底徳エネルギーパイプラインは、淡路島を通り瀬戸内の工業地帯へと接続される。そこは徳カリプス以来、得度兵器達の一大拠点と化している場所だ。
歪に増築・改造された、嘗ての先鋭芸術の如き工業施設群。そこで蠢く、無数の得度兵器や作業機械。自律進化を続ける機体達の城。人類総解脱の拠点。
そうした施設の随所に、人間の目からは無秩序にしか見えないアルゴリズムによって、巨大な円柱・球体・或いは複雑な曲面から構成された形状のタンクが幾つも設置されている。
そしてそれらのタンクの大半は、徳エネルギーのパイプラインからの供給途絶によって、今まさに与えられた役目を果たそうとしていた。タンクは形も中身も様々だ。徳エネルギー流体を一時貯蔵するための水槽。或いは、エネルギー貯蔵のための水素タンクや、超伝導マニフライホイール・バッテリーを格納するための真空容器。共通するのはどれも、非常時に拠点へエネルギーを供給するための施設であること。
得度兵器は、人類救済に必要な徳エネルギー兵器、そしてその動力源たる徳ジェネレータや大型徳エネルギーキャパシタを搭載するため、そのサイズを巨大化させてきた。それによって、より多くの徳エネルギーを必要とするようにもなった。
ならば、その製造やメンテナンスにはどれ程のエネルギーが必要なのか。それを確保するためには、どれだけの労力が必要なのか。
『マロ』が突いたのは、その点だ。得度兵器は生産にも稼働にも膨大なエネルギーを必要とする。そして徳エネルギーを獲得する手段は、徳を積んだ人間、又は徳遺物の他には無い。
彼は徳島の徳エネルギーを得度兵器達にに自ら差し出すことで、得度兵器の渡海侵攻を防いでいたのだ。
だが、それは既に途絶えた。徳エネルギー液化施設の故障により、パイプラインからの徳エネルギー供給は失われた。
……とはいえ。パイプラインからの供給途絶は、点検やアクシデント等で短期間ならば想定されうる事態である。一日にも満たない徳エネルギーの供給停止。それ単体では、得度兵器達の考えを変えるには至らない。徳島の埋蔵徳資源を考慮しても、足掛かりの無い孤島への渡海侵攻は高過ぎる博打であるからだ。
しかし。一方で、彼等は別の不安要素を抱えてもいた。
遥か東の地での、得度兵器の異常な損耗。あの舎利ボーグの女や、採掘屋達の戦果。損耗機体の穴を埋めるための増産や、既存機体の改修作業。それに伴う徳エネルギー消費の増加。その影響は、間接的とはいえ遥か西の地にも確かに及んでいる。
徳エネルギー需要の増大が現実のものとならんとしている時。供給不安を抱えるエネルギーパイプラインのリスクは相対的に跳ね上がる。或いは膨大なリソースを投入する博打を許容する程に。
かくして、誰にも知られることなく静かに天秤の針は傾き。渡海侵攻へのカウントダウンは開始される。
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「……異常は無いでおじゃるな」
「じゃあ、徳ジェネレータの方?」
「いや、もう修理が終わったでおじゃる。……徳エネルギー液化施設の、
『マロ』とヤオの二人は、徳エネルギー施設の修理に訪れていた。だが、僅か十数分で『マロ』は故障箇所を発見し、施設を復旧させる。
「……それって、自然に壊れるもの?」
「……微妙なところでおじゃるな」
故障箇所は、僅か一本の電源ケーブルの断線であった。しかしそれは施設の中枢機材だ。破壊するなら、他に幾らでも手段はある。これではまるで、
「直せるように壊したみたい……」
「あまり若いうちから人を疑う癖をつけるのは、良くないでおじゃるよ。そういうのは、年寄りの道楽でおじゃる」
「マロさん、偶にお爺ちゃんみたいなこと言うよね」
「麿の名前はマロじゃないでおじゃる」
「ならいい加減そろそろ、名前を教えて欲しいんだけど」
「……もうそろそろ、戻るでおじゃる。麿の趣味の時間が減るでおじゃる」
「そうやって、いつも誤魔化すんだから……」
そうしていつもの日常のやり取りを交わしながら、二人はロボ牛車に揺られ屋敷へと帰っていく。
だが、その次の日も。パイプラインは停まっていたのだ。
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ブッシャリオンTips 超伝導マニフライホイール・バッテリー
超伝導軸受け搭載のマニフライホイールによって、エネルギーを慣性モーメントとして貯蔵するシステム。マニ加工されたフライホイールはある種の徳機関として機能し、エネルギーの損失を抑制するらしい。
フライホイールを用いた蓄電システムは1000年代から存在する信頼性の高い技術だが、ジャイロ効果が姿勢制御に影響を与えること、重量が嵩むことなどから得度兵器にはあまり用いられていないようだ。
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