第72話「転生仮説・上」

 人は、死んだら何処へ行くのか。

 人がこの世界に生まれて以来、様々な神話が、思想が、宗教が。滾々とその疑問に答え続けてきた。人は死んだらモノになり、そして塵へと還る。それが近代科学の最終結論だった時代があった。

 だが、古くから存在する言葉にあるように、人は死して名を残す。生きた証を、記憶を、業績を。情報を。人々の心に残し、その存在を世界へと刻む。それすらやがては朽ちるとしても、人の生死の定義を問うことは、人そのものの定義を問うことへと繋がる。

 技術の発達と共に、人の定義、死の定義は様々に書き換わって来た。だが、何度回答が提示されようと、その命題は、決して途絶えることはなく存在し続けている。


「……あっ、これ、おいしいです」

「そうでおじゃろう?いやぁ、麿が引っ越した後に植え替えた木が、今年ようやく実をつけたんでおじゃるよ」

「えっ、このみかん、マロさんのお屋敷で?」

 広大な庭、枯山水の庭園を見つめながら、健康的に日焼けした少女と白塗り顔の男は自家製のみかんゼリーをつついている。

「そうでおじゃるよ少々気候が変わったが故、心配だったでおじゃるが……この分なら少々工夫すれば、懐かしのすだちうどんも作れそうでおじゃるな」

 白塗りの男は、本人の言うところの『スローライフ』を送るために膨大な旧時代の技術を投じている。少女達の居る広大な屋敷も、それを上回る巨大な庭園も、それなくしては成立しえない。

 すなわちそれは、少なくとも……旧時代、徳エネルギー万能の時代のテクノロジーに対する深い造詣を男が持つことを意味する。屋敷や庭園のための、建築や土木に関する知識、得度兵器には遠く及ばないながら、高度な無人機械群を維持するだけの技術力。

 アフター徳カリプスの世界、徳エネルギーが致命的破綻を来たした末法の世においてすら、人は文明を捨てることができなかった。だが、これは行き過ぎだ。徳エネルギー最盛期を越えるやもしれない物質的頽廃を、男はただ一人で体現していた。それは一介の徳エネルギー研究者の持ちうる能力を超えている。

 いや、例えどれ程の天才であっても、生身の人間が一生のうちにこれほど多くの技能を獲得することができるのか?

「ごちそうさま。マロさんは料理の天才だね」

 そう言って皿を置き、少女、ヤオは微笑む。口の端から八重歯が覗く。

「……麿には、才能なんてものは無いでおじゃるよ」

 その言葉通り。彼は所謂天才ではなかった。人よりも少ない努力で何かを為し得る質ではなかった。

 嘗ての彼そのものは、ひどく平凡な人間だった。いや、最初の彼、或いは彼女が誰だったのか。それはもう、マロ自身ですら覚えていなかった。

 不死の徳エネルギー専門家。そう括られることはあれど、彼の『不死』は、田中ブッダや舎利ボーグの女とは本質的に異なる。それを知るには、彼の研究の内容を語らなければならない。

 彼の本当の名とその研究は、徳エネルギー研究の正史には決して刻まれてはいない。異端の学説、支持無き邪説。仮説止まりの、検証不能の理論。後に続く者すら居ない、正道から遥かに外れた獣道の果て。

 功徳情報理論。人はそれを、時に侮蔑と冷笑を込めて、『転生理論』と呼んだ。



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ブッシャリオンTips オヘンロ・エンジン

 旧四国・現徳島全域を使用して建造された、人類の作り出した最大級の循環型徳エネルギー機関の通称。複数の徳ジェネレータを連結するのみならず、寺院そのものを機関へ組み込むことによって徳エネルギーの増幅サイクルをジェネレータ内部に構築し、巡礼サイクルの効率を引き上げた。

 あくまで既存機関の集合体であるため技術的な目新しさは然程無いが、嘗て『お遍路』と呼ばれた巡礼の高速化によって徳効率は推定数倍にも引き上げられ、お遍路さんの爆発的増加によって、徳島内の徳エネルギー生産量は急増したとされる。

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