短編集とか

短編集①「彼等の戦い」

 アフター徳カリプスの世界。それは、徳なき無明の荒野だ。

「テメェ、逃げんな!!」

 マニ棍棒を片手に持った数人の暴漢が、一人の僧侶を追いかけている!

「な……何故拙僧を狙うのですか!?」

「テメェみてぇな坊さんをオーブンに詰めて蒸せば、ソクシンブツでエネルギーになるんだよぉ!!」

 何もかもが間違っている!!そもそもマニ車は回転させなければ意味がない。

 だが、徳エネルギーに関する知識は徳カリプスによって大半が滅びた。無慈悲な僧侶狩りから、哀れな僧を守るものは最早何もないのだ。

「拙僧は修行中の身です故……」

「ソクシンブツになりゃ徳がガンガン溜まんだろ」

 最早訂正不能な誤解に、僧侶が口籠る!

「へへへ……こいつぁ、徳が高そうだぜ……」

「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時……」

 必死に念仏を唱える僧侶。悪漢が僧侶に手枷を嵌め、一見徳ジェネレータに似た僧侶蒸し器へ連行しようとしたその時!彼方から、地響きとともに巨大な何かが近付いて来る!

 それは、見上げる程の仏像だった。巨大仏はゆっくりと歩行しながら、僧侶と悪漢達へ向かって歩みを進める。

 僧侶の祈りが救いを呼び寄せたのか?否。彼等こそが、アフター徳カリプスの地上の支配者。人類総解脱を掲げる機械知性の下僕達。自律成仏機械ブッダ・エクス・マキナ、得度兵器である。

 得度兵器……タイプ・ブッダ。その巨大な足が歩みを止め、額の白毫が淡い桃色の煌めきを放ちはじめる。それは失われた文明、徳エネルギーの輝きだ。僧侶は思わずその場でタイプ・ブッダを拝み始めた。極限の状態下で、得度兵器を仏像と見紛えたのだ。暴漢達は本能的恐怖に基づき一目散に散った。

 このままでは、次の瞬間にはタイプ・ブッダの放つ徳エネルギー兵器……人を解脱させる光線によって、僧侶は仏の悟りを開くことなく輪廻の輪から解き放たれてしまうだろう。それが幸福であるのかは、仏道を志さぬ者にはわからぬことだ。しかし、少なくとも機械達はそれが人にとっての無上の幸福であると信じていた。


 だが、そうはならなかった。解脱の時は訪れなかった。

「行くぞ、ガンジー!」

「おうさ、クーカイ!」

 土中に潜伏していた二人の男逹が、ステルスシートを払いのけ現れる。

 その手には、長い棒のようなものが握られている。一人は、大柄なバンダナを巻いた男。もう一人は、ゴーグルを付けた比較的小柄な青年。彼等の名はクーカイとガンジー。

 二人は本来は徳遺物を漁る採掘屋だが、今は故あって得度兵器を相手に戦っている。彼等は、得度兵器の接近を察知し……この機会を伺っていたのだ。

「うぉら!!」

 やや小柄な男、ガンジーは真っ先に棒の先端を得度兵器の脚関節部に捻じ込み、一目散に逃げる!クーカイも同じ事をし、彼の後へ続いた。

 そして、次の瞬間。棒の先端に装着された爆薬が、得度兵器の内部で爆発する。脚部にダメージを負った得度兵器はバランスを崩し、地面へと倒れ伏す。ガンジーとクーカイはすんでのところでをそれを回避した。僧侶も無事だ。

『弱点は額の白毫部分だ。確実に破壊した方がいい。解脱したいなら別だがね』

 ガンジーの通信インカムから聞こえる女の声。

「あんたも戦えよ!」

『それをしない理由は、説明した筈だ。奴らは学習する。私の手の内を早々に晒すのは得策ではない』

 得度兵器の白毫は、未だ徳の輝きを湛えている。その照準が、ガンジーを指向する!

「ちっ……!任せたぞ、クーカイ!」

 クーカイは、走った先の足元の地面を大きく踏み込む。土中から勢い良く、先程と同じ爆薬付きの棒が姿を現した。彼はそれを掴み、投擲する!

 棒は吸い込まれるかのように白毫部分へ突き刺さり……爆発した!

 徳エネルギー兵器は機能を停止する。同時に得度兵器から徳の光が失われていく。白毫の破壊によって、得度兵器の中枢が機能麻痺を引き起こしたのだ。

「貴殿方こそ、御仏の遣い……?」

 生き残った僧侶が、ガンジーに向かって手を合わせる。

「そんなんじゃねぇよ」

 ガンジーはクーカイと共に得度兵器の残骸へ足を向ける。

「こいつの残骸は、俺達が有効に使わせて貰う」

「正確には、取引だ。俺達は、徳ジェネレータを使った発電設備が作れる。材料はこいつの中にある。動力源はお前さんがなればいい。その代わり、必要な物資と情報を出して貰おう」

 クーカイは僧侶に声をかける。

「やはり、貴殿方は……」

 僧侶はガンジーとクーカイに再び手を合わせる。

「だから、そんなんじゃねぇって」

 言い捨てるガンジー。

 彼等はこうして、人類の生存する集落を回って得度兵器を退治し、その残骸で発電設備を構築しているのだ。対価として、街に必要な物資や……仏舎利、或いは宇宙ロケットの情報を求めながら。

 それは徳の高い行為なのかもしれない。だが同時に、ガンジーの心中は複雑であった。街のため、彼の目的のためとはいえ……彼が行っているのは、徳エネルギー文明の再興の手伝いなのだから。

「……そんなんじゃ、ねぇんだ」

 だからこそ、彼は。己の行いを否定し続けている。



 そんな彼等を、遥か高台から見下ろす女、ノイラ。彼女こそがガンジーの先程の通信相手である。

 彼女は肉体の大半を機械で置換し、その身を体内に内蔵した仏舎利の徳エネルギーで駆動させる舎利ボーグだ。

「今回は、上手く行ったようだな」

 彼女の機械の眼はこの距離でもガンジー達を捉える。

 ガンジーと彼女達がこの短期間で倒した得度兵器の数は、既に二桁に届く勢いだ。

「そろそろ対応策を取られるだろうが」

 得度兵器は、原則として『を殺傷しない』。彼等の行動原理は人類を救うことであって、滅ぼすことではない。

 救うべき対象であるからこそ、ただの人間であるガンジー達は得度兵器と戦えている。

 得度兵器の戦力は未だに底が知れない。例えば、彼女が北方で出会った『戦闘用』得度兵器。あれに類するものを仮にこの地へも投入されれば、最早今のような得度兵器狩りは不可能となるだろう。

 そして仮にもしも、得度兵器が本格的な攻勢に出れば、ノイラが前線に赴いてすら支えきれるかは微妙なところだ。

 だからこそ、今のうちに少しでも戦力を整える必要がある。

 徳カリプスを生き残った集落の間にネットワークを構築し、人類社会を僅かでも蘇生させる。最終的には、得度兵器に対抗可能な戦力を整える。

 それが、彼等の今の戦いだ。それは、今も続いている。





ブッシャリオン短編集①『彼等の戦い』▲おわり

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▲ブッシャリオンTips▲僧侶を蒸す機械

 僧侶を詰めて蒸す機械。「徳の高い僧が即身仏になる」「即身仏がエネルギー源になる」「徳ジェネレータというものが存在する」といった断片情報から形作られた物体であると思われる。外見だけは徳ジェネレータによく似ているが、要はただの巨大な薬缶である。

 本編では描かれることは少ないが、アフター徳カリプスの世界では僧侶を筆頭とする知識層、即ち「社会に対して奉仕する人々」の層の大半が徳カリプスによって抜け落ちているため、この手のトンデモは実は少なくない。寧ろ、これでもまだマシな方ですらある。

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