第43話「星は天に」

「大僧正、今、なんと」

『星は、天にあってこそ』

「これを天に戻せ、と仰るのですか」

 仏舎利カプセルを回収した空海達は、再び大僧正の下へ報告に赴いていた。

「されど、如何にして」

 いままで黙していた壱参空海が口を挟む。

「天から降りし物を返す術など。我等の手にも余る所業」

すべは、ある』

 大僧正の機械音声が響く。仏舎利カプセルの存在した、衛星軌道。そこへ届く術は……存在した。


 奥羽岩窟寺院都市は、元々シェルターとしての機能を持っている。徳エネルギーのサイクルを成立させれば半恒久的な居住が可能とはいえ、脱出する手段は必要であった。

 シェルターの設計者達は、考えあぐねたに違いない。海から遠い、道無き道の果てにあるシェルター。その環境から確実に脱出するためには、如何なる設備があれば良いのか。 或いは、別の方向性。人類が復興を遂げるために必要な『あるもの』に、もしもトラブルが発生した時にどうすればよいのか。

 答えは、都市の閉ざされた坑道の奥にあった。サイロごと厳重に窒素封印された嘗ての遺産。使い捨て型のローンチ・ヴィークル。古の時代の打ち上げロケット。

 地上が如何なる状態になろうとも、宇宙を経由すれば確実に地球上の如何なる場所へも即座に到達可能である。言わば究極の脱出カプセル。だが、それだけではない。

 人類社会に不可欠な衛星網に、万一の事態があった際。それを修復することも可能となる。

 耐用年数は既に限界寸前だが、それでも、宇宙へ人類を送り出すことのできる、世界最後かもしれない道。

 嘗てこの街を訪れたノイラ(その時名乗っていたのは違う名前だったが)は、大僧正との取引によってこれを知っていた。そして同じ取引によって、大僧正は己の計画の無為を知った。

 大僧正の肉体はとうに限界を超えている。彼が求める即身成仏に至るには、時間があまりにも足りない。故に、まず彼は延命法を求めた。即ち舎利バネティクス技術による肉体の改造。同時に強化改造によって、徳エネルギーによる解脱に耐えうる肉体を手に入れ、即身成仏を達成する。それが、彼の計画であった。

 新たな肉体を稼働させるための徳遺物にも目処は立っていた。奥羽岩窟寺院都市へ降下してくる筈の仏舎利が正にそれである。だが、大僧正の計画には根本的な欠陥が存在していた。

 舎利バネティクスによって改造された肉体は、解脱に耐えるのではなく解脱そのものを寄せ付けないのだ。根本的な対処を可能とするほど肉体にメスを入れてしまえば、その魂ごと物質世界へ縛られる。

 希望は潰えた。大僧正はその身の通り半ば死せる屍と化した。しかし即身成仏に対する妄執を捨てた時。大僧正は仏舎利は今の地上に騒乱を齎すものであると結論した。それは確かに徳の高い在り方であった。或いは、悟りの片鱗であったのかもしれない。


 だが、それを他の者達が理解できるかは別の問題である。密教の教えの形態も仇となった。彼等は、己が悟ったことを他人へ伝える術に乏しい。

 奥羽岩窟寺院都市へ降下した仏舎利は、確かにそこへ不和の芽を育てつつあった。


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「……大僧正も、何を言い出されるのか」

「ふむぅ。そもそも、これが何か、という話になるからのう」

「知っているのか?」

「カプセルの蓋に在る通り、仏舎利であろう」

「仏舎利だと」

「左様。耳にしたこと程度はあるであろう」

 仏舎利の存在を知らぬ僧はいまい。だが、それは伝説としてだ。

「実在したのか」

 覚者の痕跡。純粋な徳エネルギーの欠片。そんなものがあるなどと。俄に信じることはできない。

「贋物であれば、大僧正殿もあそこまで取り乱されはしまい」

「取り乱されて……いたのか?」

 大僧正の感情は、少なくとも肆捌空海には読み取れぬ。

 壱参空海は、希少な攻性の『奇跡』の使い手。それは相手の徳エネルギーの波長を読む能力に長けることを意味する。これもまた、その技が成し得ることなのだろうか?

「いや何、余分な情報を拙僧達に伝えておったでな。『戻す手段がある』、と」

 あの時壱参空海が口を挟んだのはこれか、と肆捌空海は思い至る。

 『星』……仏舎利を、天に返す。それを行う手段も恐らくはあるのだろう。大僧正の決断に異議を差し挟む理由は今のところ見当たらない。

「果たして、これでよいのやら」

 だが、彼等は迷う。それは若さが生む可能性と彼等の異能故の迷いだ。徳エネルギーを捉えることのできる彼等は、あれは希望であると直感していたのだから。




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ブッシャリオンTips 大僧正

 奥羽岩窟寺院都市にて瞑想を続ける半ばミイラ化した老人。都市を管理する『教団』の長。教義の都合からか舎利バネ化はしておらず、外部生命維持装置によって生かされている状態にある。声も失っているため会話を行う際も喉元に埋め込んだスピーカーを用いる。

 直属の覚醒者と都市の機能を用いて何事かを企んでいたが、彼の夢は既に潰えた後。今はただ、都市と世界の安定のためにその身を捧げる心優しき老人である。

 都市の動力の大部分は彼によって生み出されている。口下手は昔から。

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