第41話「難題」
南極、田中ブッダ基地。人類総解脱を目論む得度兵器、その一大拠点の地下。
モニタを前に、基地の主たるハーフブッダマスクの男、田中ブッダは歯噛みする。また一つ、仏舎利衛星(ブッシャリオン・サンプル)を回収中の得度兵器の信号が途絶したのだ。
問題が発生したのは、日本地域。東北方面の拠点から出撃した戦闘用の機体である。
「……何かが居るのは、間違い無いのだが」
得度兵器は自律機械であり、複数の得度兵器を結合するネットワークからなるシステムだ。田中ブッダといえど、その端末一つ一つのログを一々洗うのは困難である。
そしてそもそも、仏舎利衛星の回収は得度兵器本来の機能の外に位置する。
得度兵器の目的はあくまで人類全ての解脱であり、そのための徳エネルギーの確保である。仏舎利衛星の徳エネルギー出力は永続的とはいえ小さく、優先度は低い。回収タスクをシステムに捻じ込むのが精一杯なのだ。
しかし日本付近では、このところ幾つか奇妙な事象も起こっている。
「ミラルパの死。得度兵器の不自然な損耗。そして……今回の件か」
田中ブッダはコンソールを操作し、得度兵器の運用状況を呼び出す。東北地方拠点の『北』での得度兵器の損耗率が高いのは、以前からのことだ。だが『南』でも、この一週間で四機以上が失われている。
「一度、詳しく調べる必要があるな」
続いて付近を飛行した偵察型得度兵器の観測情報を得度兵器の共有ネットワーク上から抜き取り、解析にかける。得度兵器を破壊する『何者か』を探すために。
……果たして、それは見つかった。数週間前の情報。徳無き荒野を一台きりで進む車。
それは正しく、帰路の途中にあるガンジー達であった。
--------
「へくちっ!」
くしゃみをするノイラ。それを怪訝な目で見つめるガンジー。
「……舎利ボーグって、風邪引くのか?」
「俺に聞くな」
「引くわけ無いだろう?」
「……そうなの?」
「ちなみに、徳が高ければ病気にかかりづらくなる、というデータもあってな」
「話がそれてっぞ」
徳無き採掘屋達の街。僅か数週間前にエネルギー危機に見舞われたこの街は、既に束の間の安寧を取り戻していた。
その立役者であるガンジー達は徳エネルギーについて研鑽を積む傍ら、仏舎利粒子回収のために宇宙に赴くロケットを探すための西への遠征計画という迂遠かつ遠大な夢をこねくり回す日々を送っていた。
無論、情報が不足しすぎていることもあり未だ形にはなっていない。だが、
「……このままじゃ、不味い気もするんだよなぁ」
ガンジーは、心中の不安を吐露する。街は今、黄昏の安寧の中にある。ガンジー本人にとっても、徳カリプス以来絶えて久しい平和な時期だ。
「何が不味いんだ」
「このままだと、何もできなくなっちまいそうでよ……」
だが、だからこそ。このままぬるま湯に浸かっていては、何も出来なくなってしまいそうな予感がするのだ。
かといって、次なる目標である仏舎利回収の夢は未だ遠い。
「……ガンジー、お前、もしかして。今の平和が物足りないのか」
「そうかもしれねぇ」
ガンジーはクーカイの言葉に頷く。ガンジーが求めたのは、街の人々が安定した暮らしを送ること。仏舎利に頼らずとも、それはある程度叶いつつある。
だが、望んだ平穏が手に入った時。ガンジーは次に何をすればいい?
ノイラは何も言わず、ただ二人の会話を聴いている。
「正直、このまま静かに暮らすのも悪くねぇと思いかけちまってた」
単にガンジーが平和慣れしていないだけなのかもしれない。全ては時間が解決してくれるのかもしれない。
「でもよ、それじゃ駄目って……俺の中で誰かが囁くんだ」
それは、或いは得度兵器に立ち向かう絶望の中で聞いた誰かの声。
『こんな世界を変えられると知ったら、君はどうする?』
たった一言が、脳髄の奥をチリチリと焦がす。自分の道は、これでいいのかと疑問を投げかける。
ガンジーは机の上の紙……仏舎利回収の計画書をくしゃくしゃと丸めた。
「あーっ」
ガラシャが抗議の声をあげる。
既にもう何日も、計画の議論は止まっていた。このまま続けても、待っているのは泥濘だろう。
「だから一回、リセットだ」
ガンジーは、丸めた紙を屑籠に放り投げる。
「お前がそうしたいなら、俺は何も言わん」
穏やかに告げるクーカイ。そして……微かに微笑むノイラ。
クーカイは密かに思う。無茶を成功させてしまったが故の慢心。それに
慢心故の無謀は、容易く人を殺す。
「それで、具体的にはどうする?」
「まずは一歩一歩だ。他の街を探して、交易を復活させる」
つい先程までの無謀な夢程ではないが、危険で地道な作業だ。だが、まずはこれで良いのだ、とガンジーは思う。急ぐことと焦ることは違う。
眩しすぎる希望は、きっと人を狂わせてしまうのだから。
▲▲▲▲▲▲▲
ブッシャリオンTips 田中ブッダ基地(仮)
南極の地下、得度兵器の大拠点の下に間借りしている田中ブッダの基地である。彼自身は「研究室」と呼んでおり、その名の通り各地の得度兵器の状況を監視するシステム以外に彼自身の研究のための設備も兼ね備えている。生活スペースは四畳半。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます