第40話「教団」

「大僧正、壱参いちさん空海と肆捌よんはち空海が戻りました」

 間接照明の淡い人工の光で照らされた大伽藍。最奥には剥き出しの石壁に巨大な曼荼羅が刻まれ、手前にはソクシンブツが鎮座している。

 いや、ソクシンブツではない。半ばミイラ化した肉体からは幾つものコードやケーブルが伸び、生命維持装置へと繋がる。

 二人の『空海』の前に居るこのミイラじみた老人こそが、『大僧正』。奥羽岩窟寺院都市の長にして、その中枢たる教団の支配者。

 彼が何時から生きているのか。何時からここにおり、何時からこの姿のままなのか。それを知る者は、少なくともこの都市にはもう一人も居ない。

 ただ確かなのは、遥か昔より彼はこの場所で機械に繋がれながら瞑想を続けている、という事実のみだ。

 仄暗く冷たい部屋は静寂に包まれ、最奥の曼荼羅だけが青い徳エネルギーの光をたたえ仄かに瞬く。この部屋そのものが巨大な徳ジェネレータの機能を持っているのだ。

『……大儀、である』

 大僧正ミイラの喉元から、機械合成音が響いた。

「我等は仏敵の退散に成功致しました。都市の入り口の秘密も、保たれたかと」

 肆捌空海は頭を垂れ、報告を告げる。大僧正の頭が、微かに頷く動作をしたような気がした。青い曼荼羅模様が瞬く。

「……それでは、失礼致します」

『……星が、落ちた』

 だが、報告を終え、退室せんとする二人へ大僧正は再び語りかける。再び平伏する空海達。

「星、でございますか」

『それを、探すがよい』

「星とは一体どのような……」

 その問に答える声はない。頭を上げると、ミイラの表情が微かに微笑んでいるような気がした。


「星……というのは、何のことだろうか」

空海居住区へ戻る二人は、密かに私語を交わす。

「星が落ちた、ということは天狗の類であろう」

「隕石の類か」

「はっはっは、我等も天狗道へは行きたくはないものですのう」

「しかし、それならば相当な衝撃がある筈」

 壱参空海を無視しながら、肆捌空海は頭を動かす。星と言うからには、天にあるものだろう。天……空。宇宙。

「ふむぅ。あの御客人ならば、何か知っておったかもしれんが」

 この奥羽岩窟寺院都市には、数ヶ月前まで一人の旅人が滞在していた。

「あの御仁か。街での暮らしが大分窮屈そうであったな」

 得体の知れない女生だった。いつもボロ布をまとい、徳エネルギーについてやけに詳しく、何故かいつも空海達の組手を眺めて溜息を吐いていた。

 かと思えば戯れに訓練に参加し、徳エネルギー操作能力を操る空海達を素手で叩きのめし、肉体ひとつで得度兵器と渡り合いもする。

 酒やコーヒーが無いことに度々文句をこぼしており、早々に街を引き払い南へ向かってしまったが、彼女ならば確かに何かを知っているかもしれない。だが、尋ねる手段はない。

「『他のクーカイ』達に相談しよう」

「それが賢明であろう」

「街の外に回収に出向くなら、我等以外には無理な話だ」

 今、街には彼等を含め7人のモデル・クーカイが居る。それが事実上街の主戦力の全てだ。しかも全員が戦闘能力を持っているわけではない。水源探査能力や植物操作能力といった、オリジナルの空海に近い『奇跡』を持つ者も含めての数だ。その上、新たな空海の補充も今や望めない。

「大僧正のお言葉とはいえ、余り気にしたものでもないか……」

 都市の人間達の手と監視システムの力を借り、街の入り口を守るだけの手はギリギリ足りているが、それ以外のことに手を出せば、あっという間に破綻するだろう。

 皆がわかっているのだ。この先何十年も戦争を続けるのは無理であることを。

 或いは、そのための希望を、大僧正は『星』と表現したのかもしれない、と肆捌空海は考える。人が生きていくためには、希望が必要なのだ。例えそれが、どのような形をしていても。




▲▲▲▲▲▲

ブッシャリオンTips モデル・クーカイ

 歴史上の僧侶、空海を理論モデルとして遺伝子改造を施されたデザインベイビー達。徳エネルギーを生身で扱い、物理的な干渉を齎す『奇跡』を行使する力を持つ。遺伝的に空海と同一人物というわけでは必ずしもなく、行使する奇跡にもそれなりの幅がある。

 徳カリプスによって研究施設が崩壊、その際に十数名が行方不明となる。

 余談だが、『奇跡』は徳エネルギーによって物理干渉を発生させる技能であるため、場合によっては一般的に非殺傷の徳エネルギーを攻性転用することが可能となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る