第18話「小さな戦い」

「食らいつけ!」

 車が荒れ地を潜り抜け、舗装道路へと戻る。車体が大きく揺れ、軽くスリップする。……得度兵器との距離は、かなり詰まっている。

 恐らく、得度兵器のセンサは既にガンジーを捉えているだろう。

(……ここが正念場だ)

 だが橋までもあと僅か。

『ガンジー!ガンジー!』

「うるせぇぞ!今忙しいんだ!」

『非常事態だ!聞こえるか!』

 クーカイの切羽詰まった声に気づき、ガンジーは応答する。

「なんだ!」

『崖下に、人がいる』

「チッ、なんだと!?」

 ガンジーは、逡巡する。彼等は無法者だが、悪人ではない。

 少なくとも、盗みは必要な時だけ。人殺しはナシ。それが彼等なりのルールだった。彼等もまた、心の中のブッダを完全に沈黙せしめた訳では無かった。

「畜生……!」

 だが、ガンジーの逡巡は一瞬のみで終わった。他人の命よりも、自分の命。ここで作戦を中止すれば、ガンジーは得度兵器に焼かれる。

 捨身や自己犠牲などという徳の高い行為は、坊主にでもやらせておけばいい。ガンジーはドローンの送ってくる画像を眺めながらアクセルを踏み続ける。

「よし……いいぞ……」

 だが得度兵器は足を止め、その指先へ光が灯る。

「おい、またかよ!!」

 急ハンドル。タイヤが擦れる音が響き……

 間一髪、光線の回避に成功した。車の横を、山吹色の光が通過する。

「……エネルギー不足か」

 幸いにして、照射時間は短かった。その隙に車は橋を渡り抜け、勢い道を踏み外す。

『大丈夫か!』

「爆破行くぞ!」

 再び、歩み始めた得度兵器。その巨体が、橋の上に至る。

「3、2……1」

 もう少し。ガンジーは焦る自身にそう言い聞かせる。

 そして、得度兵器の一歩が、橋の中心へゆっくりと一歩を踏み出したその時。

「……0だ!!」

 ガンジーはボタンを拳で叩く。次の瞬間、橋下に仕掛けられた爆薬の信管が起爆する。

 数秒の後。橋桁の基部を爆破された陸橋は……橋そのものの自重と得度兵器の重みによって、ゆっくりと崩壊を始めた。巨大な仏像は足場を失い、谷底へ落ちて行く。

「……ざまぁ見ろ」

 崩落を確認してから車を止め、ガンジーは呟く。

 それから漸く、彼は谷底に居たという人間のことを思い出した。

「クーカイ、そっちはどうだ」

『ああ。ザザッ……崩落の規模は想定より小さかったが、得度兵器はザザッ半分埋まっている』

「逃げ出しそうか?」

『……まだ動きザザッは見られない』

「よし、なら今のうちに戻って」

 しかし、そこでガンジーは違和感を覚えた。通信のノイズが、先程までより明らかに多い。

「おい、クーカイ。お前今、!?」

『……谷底だ』

 一瞬遅れて返答。

「おい……お前、まさか」

『さっき言った人……娘だがな……まだ無事だ』

「ちょっと待て!」

 クーカイという男はタフで頭が回るが、時折こうして『筋が通り過ぎている』ことがある。徳積みを放棄したにしては妙に潔癖な奴だ、とガンジーは思っていた。だがガンジーとて、彼の過去の全てを知っている訳ではない。

『心配するな。崖を崩す用意だけはザザッ』

「……使えるかよ」

 今起爆すれば、それはクーカイ達を諸共に土砂の下に埋める事を意味する。

「……チッ」

 小さく舌打ちをした後、ガンジーは使い残したワイヤーと、必要な道具を持って車から降りる。目指すはクーカイの居る谷底である。

「手間かけさせやがって!」

 ワイヤーを体に巻き付けて片側を車へ固定し、ガンジーは崖を降り始めた。

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