第8話「ガンダーラ(下)」

 車列が得度兵器三体のトライアングル内に入り込む。予想された徳エネルギー兵器による集中砲火はない。

 代わりに得度兵器達はゆっくりと腕を稼働させ、印を結んだ。……その、次の瞬間。三体の得度兵器を結ぶかのように、光の壁が生まれた。徳エネルギーの障壁だ。

「何だと!」

 リーダー住職は立ち上がり叫ぶ。散開した車列は、突破のために集合している。

 壁を回避せんと、無断で車列を離れた庫裏車の一台が爆発した。エネルギー兵器による狙撃だ。

「全車、車列を離れるな!前方右の得度兵器に火力集中!」

 火力を集中し、一体でも得度兵器を足留めし、包囲網に穴を開ける。それ以外に道は無かった。

 だがそれは正に、ブッダの手から逃れんとする孫悟空めいた無駄な試みだった。

 三体の得度兵器が徳エネルギーフィールドを解放し形成した、曼陀羅フォーメーション。高密度徳エネルギーの檻。その閉鎖空間の内側は、正に巨大な徳ジェネレータの内部と化す。

「クソッ!!エンジンが!!」

 ドライバー僧侶がダッシュボードを叩く。まるでエンジンの回転数が燃料漏れでも起こったかのように下がっていく。それは、キャラバン全ての車……内燃機関、外燃機関、バッテリーの一切の区別なく……に対して起こったことだった。

 車列の足はやがて止まる。

 尚も得度兵器を撃ち続けるガトリング僧兵達の肉体が発光し、周囲に蓮の花が萌え出でる。徳の比較的高い僧達から芽生えた蓮の花は根を伸ばし、キャラバンの僧侶達全員の足元へと次第に、次第に広がっていく。

 これこそが高功徳環境下における連鎖解脱現象。それ即ち、ごく小規模な徳カリプスの再現である。蓮の花はフィールド中を覆わんばかりに生い茂り。そうして、巨大な光の柱が天へと立ち上る。徳エネルギーの強制解放。人工的な解脱の形が始まる。

 そして得度兵器は放出されたエネルギーを蓄え、力と変える。次なる人々を解脱へと導くために。

「ここで、終わりなの……」

 キャラバンの中で最も破戒尼僧じみていた女は、天を見上げる。既に周囲に人間の姿は既になく、大地には蓮の花が咲き誇る。それは紛れも無く浄土の光景だった。

……だが、女は目を見張った。

 自らが解脱する寸前。曇天を突き抜け、徳の光の柱が立ち上ったその先に。巨大な指のようなものを、確かに彼女は目にしたのだ。


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 時は、少し前へと遡る。遠征を間近に控えたガンジー達の下を、少女が訪ねていた。彼女は、ラマ・ミラルパ20世の『孫娘』であった。

 実際には彼女は孫娘ではなく、亡きラマ・ミラルパ20世が引き取った孤児であったのだが……

「……おじいちゃんの机を整理してたら、これが出てきたの」

 そう言って、彼女はガンジーとクーカイに走り書きのメモを差し出す。

「あの爺さんが、俺達に?」

「幾らなんでも手回しが良すぎると思うが」

「宛名は無かった。でも、この『情報』を生かせそうな知り合いが、貴方達しか居ないから」

「……そうか」

 訝しみながらもクーカイは少女からメモを受け取り、広げる。

「これは」

 そして次の瞬間、彼は目を見開いた。

「無限の徳エネルギーの源は実在する。我々はそれを『仏舎利』と呼ぶ……」

 ガンジーはクーカイの横から覗き込みながら、震える声でメモを読み上げる。

「仏舎利だと」

「……マジであったのか……」

 メモは、続いている。

「えーと……ここから北へ向かえば、『仏舎利』を知る者に出会えるだろう。世界に危機あるとき、それを探せ。ラマ・ミラルパ20世」

「ラマ。こいつは、偉い坊さんの名前だ」

「あの爺さんがハゲてるの、歳のせいじゃなかったのか……」

「……おじいちゃんは、ずっと後悔してた」

 思いつめた表情で、娘が口を開く。

「世界をこんな風にしたのは、自分の責任だって……だから」

「罪滅ぼし、という訳か」

「……」

 だが、娘の言葉を聞いた途端、ガンジーは無言になる。

「世界の危機、というのはいまいちわからんが……この街の危機はすぐそこだ。遠出ついでに探してみよう。いいか?ガンジー」

 クーカイはガンジーを見やる。

「……ふざけんなよ」

 ……ガンジーは拳を握り、ぶるぶると震えていた。

「こっちは、家族全員、徳カリプスで無くしてんだ。伝言だけ残して、自分は仏様かよ。身近に仇が居たってのに、俺は……!」

「おじいちゃんの罪は私の罪。私で良ければ、好きなように」

 娘は、ガンジーの方へ一歩進み出る。ガンジーは唇を噛み締めたまま動かない。

「あんたは黙っててくれ」

 娘を押し留めたのは、クーカイだった。

「……なぁ、ガンジー。死人に当っても、どうしようもない」

「……っく」

 クーカイはガンジーの肩を叩く。

「今は、少しでも徳エネルギーが欲しい。俺達のやることには、変わりがない。そうだろう?」

「………そうだな」

 絞り出すようにガンジーは応じた。

「まして仏舎利の手掛かりが、手に入ったんだぞ」

「……そうだな。こいつにあたっても仕方ねぇ」

 ガンジーの、手の震えが止まった。

「……爺さんの遺志は汲む。だが、こいつは俺達の問題だ」

「……はい」

 クーカイの態度に、娘は思わず気圧される。

「『仏舎利』は、俺達が見つけ出す」

「……譲る気はねぇよ」

 二人は、歩き出した。或いは、遠い道のりの果てを目指して。





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ブッシャリオンTips  徳カリプス(Lv 1)

 14年前に起こった悲劇。徳エネルギーの濫用によって高まりすぎた徳ポテンシャルが崩壊。それに伴い発生した連鎖成仏により、少なくとも人類の70%が解脱。その後の文明崩壊に伴う死者数については統計そのものが存在しない。

 アフター徳カリプス14年。地球の人口は産業革命以前のレベルにまで減少。文明レベルは辛うじて一部が維持されているものの、徳技術の大半がロストテクノロジーと化したため、更なる退行は時間の問題であると予測される。



ブッシャリオンTips  得度兵器(Lv 1)

 アフター徳カリプスの支配者。徳カリプスによって、解脱こそ人類の救済であると結論した機械知性体群。徳カリプス後の十年で急速な進化を遂げ、現在世界各地には仏像型・天使型・飛行型・海中型等の様々なタイプの得度兵器が存在している。

 人類を成仏させると同時に一部を捕獲・修行させるなどの方法で徳エネルギーを確保している。自身も徳エネルギーによって稼働していることから、最終的には人類総解脱と共に緩やかな自滅へと進む存在であると考えられている。

 徳カリプスによって徳エネルギー関連技術の多くは喪失したため、今や得度兵器が最先端の徳技術を独占している状況にある。そのあまりの進化速度、急進的な行動には何らかの人為の介入が想起されるが、未だ確証は得られていない。

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