第一章
第1話「即身仏」
「大当たりだぞ、ガンジー!」
「やったな、クーカイ!」
荒れ寺の庭で、ハイタッチを交わす男が二人。彼等が廃寺を掘り返して見つけたもの……それは
「……本物のソクシンブツだ」
「これで街のエネルギーも三ヶ月は安泰だ」
ソクシンブツ。即身仏。僧侶が土中に埋まり、読経状態のままミイラ化したものだ。生前積まれた僧侶の功徳を肉体に留めており、一体のソクシンブツからも徳ジェネレータを通じて膨大な徳エネルギーを得ることができる。
「……だけど、本当にいいのか」
しかし、比較的小柄な方の男……ガンジーは、ふと不安を口にする。何故、彼等がこのような罰当たり行為を行っているか。徳エネルギーが必要だからだ。徳を生み出せなければ、掘るしか無い。彼等はこうした徳遺物を漁る、徳エネルギー採掘屋なのだ。
「大丈夫、大勢の命が生きていくためだ。この住職も、きっと喜んでくれる」
大男、クーカイが応える。現に、このソクシンブツで彼らの街はエネルギー危機から救われる。徳インフラが失われ荒廃した世界で、徳エネルギーの加護を失うことは死を意味する。
多くの人が救われれば、ソクシンブツとなった住職の徳も高まる。そう二人は己に言い聞かせ、慎重にミイラを運び出す。
荒廃したこの世界で、徳を積み続けるには資質が必要だ。この住職のように、才ある者達は今日も何処かで徳を積み続けているのだろう。いつか、解脱に至るその日まで。だが、そうでない者達も居るのだ。
「……まぁ慣れるもんじゃねぇがな。俺達は、こうして徳を奪うしか無い」
クーカイは続ける。彼等は、自ら徳を生み出すことを諦めた者達だ。荒廃した世界で尚、宛てなく砂絵を描き続けるかの如き苦行を続けられる者は、決して多くはない。
「……罰、当たらねぇかな」
「俺もお前も、こんな徳の高そうな名前もらっといて、こんな生き方してるんだ。罰なら、とっくに当たる筈さ」
「まぁ……そうかもな」
嘗ての徳エネルギー社会で少しでも子弟の徳を高めようと、高僧や偉人の名前を付けることが流行った。ガンジーという名はその産物だ。
「行くぞ」
「……うん」
クーカイとガンジーはソクシンブツを車へ積み込み、廃寺を後にする。寺を漁れば、他にも仏像や金品があるだろう。だが、彼等は盗賊ではない。そんなことをしても効率が悪いし、『徳が失われる』。
徳に背を向け生きる彼等もまた、心のなかの仏を完全に沈黙せしめた訳では無いのだ。
立ち去り際に、ガンジーはふと廃寺の庭を見た。そこには、恐らく見事な枯山水だったであろう雑草だらけの岩と砂の山だけがあった。
「……諸行無常、か」
侘び寂びは解せずとも、それが嘗てのこの寺の住職の徳を偲ばせる。
尤も、二人は偵察ドローンでこの枯山水の痕跡を発見し、ソクシンブツを採掘するためにやって来たのだが。
「車出すぞ」
「今行くって」
二人と即身仏を載せ、車は走り出す……今も危機に瀕している、彼等の街へ向けて。
「……残る寺の数も、そろそろ少なくなってきたか」
「……なぁ」
車中、ハンドルを握るクーカイにガンジーは尋ねる。
「徳ってなんだろうな」
「そんなもん、俺達にわかるわけねぇだろ」
アフター徳カリプス14年。浄土は、未だ遠い。
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ブッシャリオンTips 『徳ネーム』
徳エネルギー社会黎明期以来、我が子に少しでも徳を積ませようという考えから、「ブッダ」「イエス」「シッダルタ」「ムハンマド」をはじめとする聖人・偉人由来の名前を付けることが横行した。
ある国では新生児の約50%がブッダと命名されたため、法律で使用が禁止されるまでに至ったという。『徳ネーム』と呼ばれるこの命名傾向は、形を多少変えつつも徳カリプス前夜まで続いていた。
要するに、『本作品はフィクションです。現実の人物・団体等とは一切関係ありません』というお話。
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