第七章
1
「翔太くん。折り入ってお願いがあります」
「断る」
「せめて話を聞いて下さい」
試食していたパウンドケーキから、正面に座る彼女へ視線を移した。
「……なに」
「前に翔太くんから貰ったアンケート結果あるじゃないですか? 私、それを片っ端から試してるんですけど、残ってる項目があと五つになったんですよ。で、これを叶える為に、翔太くんのご協力を賜りたいと思いまして」
パウンドケーキ片手に、彼女は食べカスだらけの口を動かす。
「……因みに、残りの項目ってなに」
「えーとですね……『ジェットコースター乗りまくり』『彼氏とデートしたい』『お揃いの指輪を買いたい』『一緒に観覧車へ乗りたい』『思い切って告白したい』です」
「……で、お前は僕になにを協力して欲しいんだ」
そう問えば、彼女は一旦パウンドケーキを置き、手を叩いて姿勢を正した。
真っ直ぐ僕を見つめ、至極真面目にこうのたまう。
「翔太くん、私と……私とっ、デートして下さいっ!」
「断る」
◆ ◆
断ったはずなのに、気付けば僕は彼女と遊園地に来ていた。
「翔太くーんっ! 早く行きましょうよーっ!」
十数メートルも先を行く彼女が、大はしゃぎで手を振っている。その姿に盛大な溜め息を吐き、重い足取りで『Welcome To “Blue Land”』と書かれた入場ゲートを潜った。
「うひゃーっ、すごぉーいっ! あ、翔太くん見て下さいよっ。ブルリンですよっ! うわー、ヘップそっくりだぁ。ぶっさいくだなー」
彼女の指差す方向には、なにやら見覚えのある不細工な着ぐるみが、愉快なポーズを取っていた。
間違いない。あの不細工は、荻原さん愛用のボールペンにくっ付いている不細工だ。
彼女の解説によれば、あれはこのブルーランドのマスコットらしい。名前はブルリン。ブルドッグのくせにリボンを首に巻き、不細工らしからぬ睫毛の長さを誇っている。
そいつに小さな子供達が群がり、ひっきりなしに握手や写真を求めていた。
「翔太くん翔太くんっ、私とブルリンのツーショットも撮って下さいよっ!」
そう言ってブルリンなる着ぐるみの横に立ち、僕に向かってピースサインをしてきた。
軽く溜め息を吐いて、スマホを取り出しシャッターを押してやる。
「ありがとうございますっ。上手く撮れましたー?」
画像を確認すると、不細工な犬が立っているだけで、そこに彼女はいなかった。
「あー、やっぱり無理ですかー。ま、要は気持ちですからねっ。オッケーとしましょうっ! さぁーて、行きますよ翔太くんっ!」
彼女は拳を振り上げるや、ごった返す人込みの中に突撃していった。僕は止まらない溜め息とともに、後ろをついていく。
夏休みも残り一週間となったせいか、そこかしこに中高生や子供連れの姿が目に付く。あまりの騒々しさに、自然と眉に力が入った。周りなんか気にも留めない集団の脇を通る度、体の底から憂鬱な気持ちが込み上げてくる。
……傍から見れば、僕は一人で遊園地に来る寂しい奴だと思われてるんだろうな。
心底解せぬ。
「翔太くーんっ! あれ、翔太くーん? あ、いたいたっ! 翔太くーんっ! まずはスピード三兄弟の三男から行きますよーっ!」
あっちあっちー、とか言いながら人間を通り抜けていく彼女。それを、恨めしい思いで睨み付けた。こういう時、幽霊って便利だな。
もう一つ溜め息を吐き、僕は三男とやらがあるエリアへ足を向けた。
◆ ◆
「いやー、凄かったですねーっ。スピード三兄弟っ! 三男のジェット剛のやんちゃっぷりにも驚きましたけど、次男の俺様四回転とかどんだけ私達を振り回すつもりなんだって感じでしたよねっ! でもやっぱり、マッハ瞬介が一番ですかねー。長男だけあって安定したコースと、時速百六十キロの世界に優しく誘ってくれる走り方ったらもうっ! ね、翔太くん。あとでもう一回長男乗りに行きましょうよっ!」
一瞬たりとも彼女を見ずに、返事をスマホへ打ち込んだ。
『断る』
「えー、いいじゃないですかー。今日はデートですよ? 女の子をエスコートするのが、男の子の役目ってもんじゃないんですか?」
なんかぶつくさ聞こえてくるが、そんなものには目もくれず、僕は目の前のプリンアラモードに集中した。
「……美味しいですか?」
『そりゃあもう』
「……いいなー」
正面の席に座り、頬杖ついてこちらを凝視する彼女。
「……それって、電車の中吊りに載ってた『期間限定 うこっけいのプリンアラモード』ですよね?」
『そう』
「……『うこっけいの最高級朝採れ卵を、贅沢にも三個使用した究極の一品! 新鮮なフルーツ、そして滑らかなホイップクリームとともに召しあがって頂ければ、あなたを楽園へお連れすることをお約束致しましょう』……くぅぅぅー……いい煽り文句考えてんじゃねーよ、広報担当ー……」
もの欲しそうな目で、スプーンの動きを終始追い続けている。視線が五月蝿い。
「……ねぇ翔太くーん」
『断る』
「せめて話を聞いて下さい」
『これは焚き上げない』
「……ダメですか? ほら、別に手間は掛かりませんよ?」
『駄目』
「……天使さんにお借りした魔法の袋に、ちょちょーっと入れるだけですし」
『駄目』
「……どうしても?」
『駄目』
「……くっそぉぉぉー……同じ画面出し続けやがってぇぇぇー……」
悔しそうに歯噛みする彼女を見ていると、妙に清々しい気分になる。意識せずとも口角が上がり、これ見よがしにプリンとクリームを一緒に頬張ってやった。
「くぅぅぅぅーっ! くそーっ、少しくらいいいじゃないですかぁっ! 翔太くんのケチッ!」
痛くも痒くもない。寧ろもっと言え。
「大体ね、今日の交通費、入園料、食事代、その他諸々を支払ってるのは、一体誰だと思ってるんですかっ?」
『天使』
「その天使さんに、お金を出してくれるようお願いしたのは私ですよ? 翔太くんが『遊びに行く金があるなら小麦粉買う』って言うから、わざわざ頭下げたんですよ? 今こうやって一皿二千円近いプリンアラモードをタダで食べられるのも、元をただせば私のお陰なんですからねっ! そこのところ分かってますっ!?」
『感謝感謝』
「心が籠ってないですよっ!」
『センキュ☆』
「ム、ムカツクゥゥゥーッ! なんですかこの星マークはっ! くそぉーっ、くそぉーっ!」
威嚇するゴリラみたいな動きで怒りを露わにする彼女。その打てば響くリアクションの良さに、人知れず目を細める。
最後の一口を平らげ、口元をナプキンで拭う。そして不満げな視線を受け流しつつ、入り口で貰ったパンフレットを広げた。
「あ、次はどこ行きますー? 私、コーヒーカップとか地味に好きなんですよねー。こう、限界までハンドルを回してからのけ反ると、遠心力で吹っ飛ばされそうになるんですよ。けどそれがまた面白くってっ! あとは、メリーゴーランドとかもいいですよねー、如何にもデートって感じで。あ、お化け屋敷いいなー。『きゃっ! 翔太くーんっ、怖いよーっ!』『大丈夫、僕がついてるから』『……手、握ってもいいかな?』『しょうがないな……ほら』みたいなみたいなっ! うわっ、すんごいデートっぽくないですかっ! ねぇねぇ翔太くん、次はお化け屋敷行きましょうよっ!」
妄想女のたわ言は一切無視し、僕は園内で販売されているフードをチェックする。
ブルリンサンデーは絶対食べるとして、パッションゼリーはどうしようかな。ホット“ブル”ドッグは熱いだろうし、あんまり食欲が湧かない……いや、でも夕方頃だったら食べる気起きるかもしれない。
「そうそう、私達にはお揃いの指輪を買うという重大なミッションがあるんだった。お土産コーナーもチェックしないといけませんねー。えーと……ブルリンキーホルダー。ブルリンTシャツ。あっ、ブルリンがぶりんちょキャップですってっ! 被るとブルリンに頭噛み付かれてるみたいになるらしいですよ。翔太くんこれ買ったらどうですか?」
……おにぎりサンドってなんだ。
いや、米で具を挟んでるってことは分かるんだけど、その肝心の具が焼きイモって可笑しいだろう。いくらブルリンの好物だからって、チャレンジし過ぎた感が否めない。
だが生憎、こういう品、僕は決して嫌いじゃない。
「……翔太くん。翔太くーん。お願いですから食べもの以外のところも見ましょうよー。折角のデートなんですからー」
パンフレットを遮るように、目の前で手を振られる。
邪魔だなと手の根元まで視線をずらせば、不貞腐れた様子の彼女が頬を膨らませていた。
「これじゃあただの食べ歩きですよー。デートしましょうよー、デートー。あーぁ、このままじゃー、私ー、目標達成ならずでー、成仏出来ないかもしれないなー」
彼女はそっぽを向いて、わざとらしく嘆いて見せる。
当て付けか、と呆れた一瞥を食らわせ、溜め息とともにスマホを弄った。
『どこ行きたいんだ』
「はいっ! えっとですねー、じゃあ次はー、お化け屋敷に行きましょうっ! で、そこから時計回りにアトラクションを巡ってー、途中でお土産コーナーに寄ってー、お揃いの指輪を買ってー、あ、夕陽が一番綺麗な時に観覧車に乗りたいですっ! それからもう一回スピード三兄弟に乗ってー、最後には中央広場でやるパレードを見ましょうっ! 勿論、合間にはお菓子とか軽食とかを食べますからご安心あれっ!」
実に生き生きと計画を立てる彼女を、なんとなしに眺める。
「よしっ! そうと決まれば早速行きますよっ!」
そのまま飛んでいきそうなほど勢い良く立ち上がった。つられて僕も腰を上げる。
しかし、歩き出そうとした彼女は突如動きを止め、ある一点を凝視した。
「……しょ、翔太くん。すいませんが、ちょーっと待ってて下さいねっ」
そう言うや否や、隅に置いてあった観葉植物目指し駆けていく。
「……ちょ、ちょっと、なんでここにいるのさっ。……いや、私達はただ遊びに来たわけじゃ……だからぁ……だからっ、デ、デートだよデートッ! デートなんだからっ、ヘップ連れて行くわけないじゃんっ! ……はぁー? なら逆に聞くけどさ、もしヘップが超絶タイプのイケメンプードルとデートする時、私も一緒についてっていいわけ? ……でしょー? ほら、じゃあヘップ帰ってくれるよね? ……なんでさっ! やだじゃないでしょぉっ!」
植物相手に口喧嘩する彼女を視界から追い出し、僕は着席し直す。メニュー表に目を滑らして、通り掛かりの店員さんに手を挙げてみせた。
「すいません。ブルリンのもちもちほっぺパンケーキ、追加でお願いします」
◆ ◆
「……くそぉー……折角のデートなのにぃー……」
流れてくる鬱々とした空気が、非常に鬱陶しい。
「絶対こうなるって分かってたから置いてきたのになぁー……」
時折後ろを振り返っては、恨みがましくぶつくさ言っている。
「……翔太くーん。翔太くんだって、デートに友達同伴なんて嫌ですよねー?」
『見えてないから別に』
「私は見えてるんですよぉー……はぁー……あっ、コラッ! こっち来ないのっ!」
木の陰を指差して、ゴリラそっくりな顔で歯を剥き出しにしている。久しぶりに、こいつ本当に女かと疑問に思った。
「全くもう……あっ、ほら翔太くんっ! 次は私達の番ですよっ! ほらほらーっ!」
「ようこそ亡霊の館へ。何名様ですか?」
係の人に向かって指を一本立てて見せれば、
「一名様ご案内でーす」
と、出来れば言って欲しくない情報を高らかに宣告された。通路の奥へ誘導される。
中は薄暗く、ありがちなヒュ~ドロドロ~みたいなBGMもない。ほんのり寒くて、無音だった。
「おー、雰囲気ありますねー。あ、翔太くぅーん。私ぃー、こういうのちょっと苦手なのでぇー、もし抱き付いちゃったらごめんなさぁーい、てへ」
お前が抱き付いたところですり抜けるだけだろう。
心の中で白けていれば、係の人がこの館の説明を始めた。それを右から左に聞き流し、さっさと暗がりの中を突き進んでいく。
「しょ、翔太くーん、もうちょっとゆっくり行きましょうよー。ほら、こういうのはキャイキャイしながらイチャイチャやるのが楽しいんですからー。ねぇ翔太くーん、聞いてますー?」
後ろから聞こえてくる声には耳を傾けず、只管足を動かす。
「……あ、もしかしてー、翔太くん怖いんですかー?」
ふと投げ掛けられた戯言に、思わず体の動きを止めた。
「ははぁーん、やっぱりそうなんだー。だから急いでたんですねー。なーんだ、それならそうと言ってくれればいいのにー、むふふー」
妙に楽しそうな笑みを浮かべて、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですよー。もし翔太くんが恐怖のあまり動けなくなったとしてもー、私がちゃーんと出口まで連れて行ってあげますからねー」
鼻歌でも歌うかのようなリズムで、彼女は言葉を紡いだ。
その腹立たしい程に弓なりとなった目を睨み付け、僕は歩みを再開する。
「いやー、でも意外ですねー。翔太くんって、お化けとかそういうのに全く動じない人なんだと思ってましたよー。案外可愛いところもあるんですねー、ふふーん」
馬鹿にしたような口調に、苛立ちが募る。
「あ、もしなんでしたらー、手ぇ繋いであげましょうかー? 今なら特別に抱き付いてもいいですよー?」
へらへら締まりのない顔を晒し、僕に両手を広げてみせる。余計なお世話だし、そもそもお前に抱き付いたところですり抜けるだけだろう。
大きな溜め息とともに、視線を前方へと戻した。
同時に、横から亡霊らしき人物が、叫びながら飛び出してくる。
「うおぉぉぉぉぉっ! ……あ、あははー。いやー、びっくりしましたねー、翔太くーん」
無視して、さっさと先を行く。
「本物の幽霊を驚かせるなんて、このお化け屋敷のスタッフさん、かなりやりますよふおぉぉあぁぁぁっ! え、なに、ちょ、ちょっうおぉぉぉーっ! ……そ、そう来るかー……」
先程から一人で楽しそうな彼女に、ちらと視線を投げ付ける。
すると彼女は、なに事もありませんよ、みたいな風を装っているけど全然取り繕えてない動きで、僕に説明を始めた。
「あ、あのですね。本物の幽霊は、もっとこう、堂々としてるものなんですよ。わざわざ隠れたりとか、ましてや飛び付いたりなんてしないから、その……あれですよねぇー……」
あれってなんだ、と思いつつ、視線を逸らしてさっさと先を行く。
「……あ……しょ、翔太くん、翔太くんっ。絶対あそこ、なにかいますよ。私達が前を通ったところを見計らって、『ぐあーっ』とか言いながらこっちに手を伸ばしてきますよ……ほらっ! ほーらやっぱりそうだったぐあぁぁぁぁーっ! えっ、嘘でしょっ! ちょっ、その不意打ちはなしでしょぐあぁぁぁぁぁーっ!」
“自分より怖がってる人がいると冷静になれる”という言葉を実感しながら、僕はさっさと先を行く。
「…………そ、そういえば、翔太くん、さっきからやけに静かですね。もしかして、怖過ぎて声も出ない感じですか? そのポーカーフェイスの下では、本当はてんやわんやのお祭り騒ぎなんですよね? ね?」
そうであってくれと言わんばかりに同意を求められるも、放っといてさっさと先を行く。途中何度かメスゴリラの雄叫びが上がったが、特に気にすることもなく進んだ。
開始からおよそ十分後、目の前に階段が現れる。それを登れば、如何にもなにかが起こります、という雰囲気漂う長い廊下に辿り着いた。
「しょ、翔太くん、一旦落ち着きましょう。ね、その方がいいことありますよ。深呼吸とか、心の準備とかってとっても大事ですから。はい、吸ってー、吐いてー、吸ってーちょちょちょっ! 待ってっ! お願いだからもうちょっと待って下さいっ!」
今まで通りさっさと先を行こうとしたら、彼女からの必死な静止が掛かった。
肩越しに見やれば、アウストラロピテクスみたいな体勢で両手を前に突き出している。早く行くぞ、と顎をしゃくる僕に、縋るような腕を伸ばしてきた。
「しょ、翔太くん……あのですね、ちょ、ちょっと今、足腰が不自由になりまして、も、申し訳ないのですが、まだ行かないで下さい……」
気持ち潤んだ目で見つめられ、寄せた眉を軽く揉む。
大きく一つ溜め息を吐いて、前を向きながら、手だけを彼女の方へ差し向けた。
「あ、ありがとうございます……っ」
少し嬉しそうな声が聞こえる。横目に彼女の手が重ねられたことを確認し、指先を軽く握ってやった。
なんてこともなく、僕はさっさと先を行く。
「え、あれっ!? 嘘でしょ翔太くんっ、しょ、翔太くぅーんっ! お願いだから置いて行かないでぎゃあぁぁぁーっ! な、なんか来たんですけどっ、ちょ、翔太くぅぅーんっ! 戻ってきてぇぇぇーっ! 怖いよぉぉぉぉーっ! うわぁぁぁぁんっ! 翔太くうあぁぁぁぁ助けてぇぇぇぇぇーっ! じょうだぐぅぅぅぅーんっ!」
廊下を渡り切ってから後ろを振り向けば、そりゃあもう面白いことになっていた。
◆ ◆
「……うぅ、ぐすっ……お、男なんて……いざという時には、ぐっ、うぅ、全然頼りにならないんだ……ふぐぅっ、最後に、し、信じられるのは、女の友情だけっ、なんだぁ……うぅ……こ、怖かったよぉ……ヘ、ヘップが来てくれなかったら、私、今頃どうなってたことか……っ! ありがとうねヘップ、ありがとうっ。私の元に颯爽とは程遠いけどやってきてくれてっ。あの時のヘップは、ちょっぴり太めの王子様に見えたよぉ……っ。ぐすっ……あ、はいはい。翔太くん、ヘップが次のスイートポテトをご所望です」
足元で咽び泣く彼女を見ることなく、先程大量に買ったスイートポテトを、天使から借りてきたという平べったい袋の中に入れる。
ノート大で、一見するとただの安っぽい集金袋。しかしこのチャックを閉め、五秒程待てばあら不思議。あっという間に消し炭の完成だ。
原理はどうなっているのか分からない。彼女に説明を求めても、
『簡単にお焚き上げが出来る魔法の袋ですっ!』
の一言で済まされた。そんなんで分かるか馬鹿。
「……ほーらヘップ、たんとお食べー。……美味しいかー、そうかそうかー。はあぁー……ヘップのお腹超気持ちいいー。傷付いた私の心を癒してくれるぅー……」
なにもない空間を抱きしめる彼女。幸せそうな顔を一瞥し、黙々とスイートポテトを消費する。
「……私、翔太くんとは二度とお化け屋敷に入りませんから」
下から送られる被害者面を、鼻で笑って一蹴した。
一緒に購入したパイナップルジュースを飲んでいれば、豚みたいな唸り声が聞こえてきた。スイートポテトをかっ食らうなにがしに顔を擦り付け、ぐずりにぐずっている。
「うぅー……私の予定じゃあ、こんな風にはならなかったのになぁ……イチャイチャは出来なくても、せめてキャイキャイくらいはさぁ……はぁー……大体、あの時差し出してくれた手はなんだったのさ。あれか、上げて落とすってゆーあれなのか。くっそぉー、ドエスめぇ。純情な乙女心を弄びおってからにぃ……あ、はいはい。翔太くん、スイートポテト追加です」
口にスイートポテトを咥えつつ、新たに数個を袋へ投入。
「……美味しいねー、良かったねー。ヘップはサツマイモ大好きだもんねー。このボディはサツマイモで出来てるんだもんねー。よーしよしよし、たらふくお食べー」
でれでれと締まりのない顔を晒しては、なにかを撫で回すパントマイムをする彼女。正直、かなり気持ち悪い。
でもまぁ、流石にさっきはやり過ぎたかと反省している僕は、広い心で見て見ぬフリを決め込んでやった。
別名、関わりたくないから放っておく。
「……お腹一杯になった? そーかそーか、それは良かった。よし、じゃあ気を取り直して行きましょうか。次は、うーんどうしようかなぁ」
ようやく気を持ち直したのか、彼女は立ち上がると腕を組んで考え始めた。僕はそれが決まるまで、大量の消し炭を飲み終わったカップに詰め込むという作業を繰り返す。
「んー……じゃあ、一旦アトラクションはお休みして、お土産コーナーでも見に行きましょうっ!」
両手を叩きそう言うや、彼女は入場ゲートの方に歩き出す。
その後を追いつつ、近くにあったゴミ箱に消し炭入りのカップを放り込んだ。
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