第六章
1
『もしもし、田中?』
「なに」
『お前、十五日って暇?』
「多分」
『学校の近くにさ、神社あるだろ? その日、あそこで祭りがあるんだけど、よかったら俺達と一緒に行かねー?』
「行かない」
『屋台出るぞ? あんず飴とか、じゃがバターとか』
「……わたあめは」
『おー、出る出る』
「行く」
『じゃあ十五日の午後四時に、校門前集合なー』
そんなわけで僕は今、橋本達と夏祭りに来ている。目の前には沢山の夜店が並んでおり、みんな至るところで小銭を落としていった。
かくいう僕も、その一人なのだが。
「……なぁ田中」
「なに」
「お前、買い過ぎじゃね?」
「そんなことないよ」
「いやいや、その格好で言われても説得力ねーよ」
橋本の一言で、確かに、と笑いが起こった。
言うほどだろうか、と改めて自分の姿を顧みる。
まず左腕には、焼きそば、たこ焼き、今川焼の入ったビニール袋をぶら下げ、左手にはあんず飴が乗っている。
右腕では、リンゴ飴、ラムネ、ベビーカステラの入ったビニール袋とわたあめの袋がぶつかり合い、右手にはチョコバナナが二本握られている。
……確かに、満喫し過ぎたかもしれない。
「まぁいいんじゃねー? 折角来たんだから、パーっと楽しまねーとなっ!」
それからまたブラブラ歩く。
途中射的をやったり金魚を掬ったりしていると、不意に橋本がこう言い出した。
「みんなで花火やろーぜっ!」
次々に賛成の声が上がる。僕も普段ならこういったイベントなど参加しないのだが、祭りの雰囲気に飲まれたのか、気が付けばコンビニに向かい、ロケット花火と手持ちの花火を数本、あと、最近よく使うチャッカマンを購入していた。
早速とばかりに近くの公園へ移動する。
黄昏時に、賑やかな男子の声が響く。僕はあんずを齧りながら、それを一番後ろで眺めた。
「ん?」
隣を歩いていた橋本が、ふと唸る。自分の尻を触り、徐にズボンのポケットからスマホを取り出した。
「もしもし、なに? ……は? え、ちょっと待ってくれよ親父。手伝えって、俺、今友達と祭りに……いや、それは分かるけどさ……」
なにやら揉めている様子。どうしたのかと横目で眺めていれば、
唐突に、僕の体は動かなくなった。
次いで、自分の意思とは関係なく、足が動き出す。
なんでこのタイミングなんだ。
皆とは反対方向へ連れていかれる体に、思わず舌打ちが零れる。
「いや、だから河村さんとこはさ……ん? あ、え? 田中? おーい、田中ーっ?」
後ろから橋本の声が聞こえてくる。
「ごめんっ。用事思い出したから帰るっ!」
振り返ることもままならない状態で、どうにかそれだけを伝えた。その間も手足はどんどん動いていく。
最初は歩く程度だったのに、少しずつ回転が増していき、最終的には走ると言っても過言ではない速度になっていった。自分ではまず出せないであろうスピードに顔が引き攣る。凄く、気持ち悪い。
兎に角早く止まってくれと念じつつ、盛大にシェイクされる両手の食べ物を一つたりとも落とさないよう、固く握りしめた。
◆ ◆
急激に体を酷使したせいか、三分を過ぎた辺りで吐き気を催し、今は吐く一歩手前まできている。
それでも走りゲロは回避したい、なんて考えていれば、ふと体が解放された。
直後、押し寄せる倦怠感。その場に座り込み、でもあんず飴とチョコバナナは断固死守した。
「……翔太くん?」
眩暈に襲われる僕の中に、聞き覚えのある声が入ってきた。
息を荒げて顔を上げれば、公園のベンチの上で、彼女が膝を抱えていた。
「なんで、翔太くんが……ヘップ……なによ、あんたの仕業なの? ……もう、ダメでしょ」
困ったような笑みを浮かべて、足元の空間を撫でる仕草をする。それを一瞥し、僕は彼女の座っているベンチの端に腰掛けた。二人の間に、提げていた荷物を全部置く。
「……あの、翔太くん、大丈夫ですか? すいません。なんか、ヘップが連れてきちゃったみたいで」
様子を窺う彼女など気にする余裕はなく、只管息を整え、汗を拭いた。
「ほらヘップ、翔太くんに謝って。……やだじゃないでしょ。……うん……うん……ありがとう。でもね、それでも謝って欲しいの。……ヘップ。…………はい、よく出来ました」
頭の眩みも大分和らいだ。ベンチの背に凭れ掛かり、大きく息を吐き出す。
「……あの、翔太くん。本当にすいませんでした」
再度頭を下げる彼女。向けられた左巻きの旋毛を、ちらと見やる。
「……別に。もういい」
「でも、お祭りかなにかに行ってたんですよね?」
赤縁眼鏡の奥が、屋台で買った食べ物達を捉えた。
「……帰るところだったから、別にいい」
「……そうですか」
そう言うと、彼女は頬を、少しだけ緩ませた。
……なんだか今日は、妙に大人しい。
調子が狂う。
無言が続き、辺りには蝉の声だけが響き渡った。
「……この食べ物って」
彼女がぽつりと呟いた。
「新和神社のお祭りで買った奴ですか?」
「そう」
「あそこって、毎年八月十五日はお祭りやってますよね」
「僕は初めて行った」
「そうなんですか? 私は毎年行ってましたよ」
「ふーん」
「大体同じメンバーで行くんで、もうパターンが決まってるんですよ」
つま先を交互に動かし、彼女は抱えた膝に顎を乗せる。
「まず夕方の五時に、新和台駅の改札で待ち合わせをします。みんなで浴衣着て、ヨーヨー釣りとか輪投げとかやる度に、誰が一番多く取れるか勝負したりして。それから、私は毎年チョコバナナを買うんです。あそこはジャンケンに勝つともう一本貰えるから、勝ったらマミに、あ、私の幼馴染なんですけど、マミに一本あげて、負けたら、『今年はついてないねー』とか言って、一本を二人で半分こするんですよ。それで最後にはコンビニで花火を買って、一番家の近い子のお家にお邪魔して、みんなでわいわい花火をやるんです」
懐かしむように、楽しそうに、彼女は話し続けた。
「知ってます? 浴衣で花火やるのって、結構難しいんですよ。油断すると袖の、この、垂れてる部分あるじゃないですか? そこに火が点いちゃうんですよ。なんか熱いなーって思ってたら、『麻美っ! 麻美そこっ!』とか言われて。そこってどこよーって言いながら下見たら、袖の角の部分がメラメラ燃えてるもんだから、もう慌てて消火活動ですよ。でも周りの友達みんな笑ってるんですよ? ヒドくないですか? で、結局半分くらい焦げちゃったもんだから、『浴衣なんて二度と着るかっ! 来年は甚平にするっ!』って宣言して、そしたらまたみんなに笑われて……っ」
語尾を少し震わせると、彼女は膝に額を擦り付け、黙り込んだ。
薄闇の中、蝉の鳴き声が静かに木霊する。
僕は徐にビニール袋を漁り、中からラムネを取り出した。キャップを外し、付属の玉押しを飲み口に押し込む。
途端、勢い良く噴き出した泡。ラムネ塗れの瓶と左手に、一つ溜め息を零す。
「……今日って、お盆じゃないですか」
彼女がまた、ぽつりと呟いた。
「……私、家には帰らなかったんですけど、マミにはどうしても会いたくて、マミの家の近くに行ったんです。そしたら突然、『麻美っ!』って呼ばれて、驚いて振り返ったら、中学の時に死んだおじいちゃんが血相変えて走ってきて……私の名前を呼びながら、良かったって言って、泣き始めちゃったんですよ」
彼女は膝に顔を埋めたまま、淡々と語る。
「なんか、お盆だからって帰ってきたら、仏壇に私の遺影が飾ってあって、でも向こうの世界で私を見たことなかったから心配になったみたいで、必死に探してくれたんですって」
僕はそれを、薄っすら見え始めた月を眺めつつ聞いた。
「……それから色々話して、向こうの世界の話とか、おじいちゃんが知ってる成仏の仕方とか色々聞いて、久しぶりだったから凄く楽しくって……それで、おじいちゃんがそろそろ帰るって言うから、お見送りにお墓まで一緒に行ったんです。そしたら、お父さんとお母さんに会っちゃって……」
彼女の言葉が、止まる。
でも、そんなこと気にしていないかのように、僕は温いラムネを飲み続けた。
「……二人とも、なんか疲れた顔してて、『麻美、絶対に犯人捕まえるからね。天国で見守っててね』って言うんですよ。私、すぐ横にいるんだけどなーとか思って、それで……帰っていくお父さんとお母さんの背中見てたら、なんか……なん、ですかねぇ」
思わず、と言った笑いが、彼女の口から零れ落ちる。
「……おじいちゃんが、私を呼ぶんです。両手で私のほっぺを挟んで、にこーって笑って……『麻美は若いんだから、未練があって当然だよ。だから思う存分この世を満喫して、ゆっくり成仏しなさい。じいちゃんはそれまで、向こうで待ってるからね』って言って、消えました。周りにはどんどん幽霊が集まって、どんどんいなくなって、その内お墓に立ってるのは私だけになって、そしたら……なんか……なんだろう……なんか、頭がグチャグチャです」
彼女は自分の額を、一層膝に押し付けた。
蝉の声しか聞こえぬ空間に、ラムネのビー玉が微かに音を立てた。
「……おい」
「……はい」
「幼馴染には会えたのか」
「……いいえ」
「会わなくていいのか」
「……はい」
空の瓶を足元に置いて、食べかけのあんず飴を手に取る。
「……お前の幼馴染、
彼女の頭が、のろりと動いた。
赤縁の眼鏡が、こちらを向く。
「……なんで……」
「……日本アマチュア料理大会お菓子部門、史上最年少優勝。パティシエルーク主催スイーツコンテスト中学生の部、三年連続優勝。全国高校生料理コンクール、三年連続最優秀賞受賞。去年の受賞作品は、全粒粉を使った『マンゴーとオレンジのタルトタタン』」
僕の知っている彼女の輝かしい経歴を、一つ一つ述べていく。
「……小、中、高と僕が超えられなかった壁だ。だから知ってる」
あんずを一口齧り、水飴を舐める。
「五ヶ月前、車に撥ねられて同級生と一緒に亡くなったことも、知ってる」
赤縁眼鏡が、僕から月に焦点をずらした。
「……一緒に撥ねられた同級生、お前だろ」
「……知ってたんですか」
「……たまたま」
「……そうですか」
口を閉じる僕らの代わりに、蝉が頻りに囁いた。
「……マミは、凄いんですよ」
「……そうだね」
「……昔っからお菓子作りが大好きで、数々のコンクールを荒らしてきたんです」
「知ってる」
お陰で僕は、彼女の在学中、一度も優勝を奪えなかった。
「部屋にはトロフィーがズラーッて並んでて、将来有望過ぎて、去年の今頃には色々なところからスカウトがきてたんですから」
「へー」
「でもマミは、スカウトのお話を全部蹴ったんですよ。『私は卒業後、海外留学するって決めてますから』とか言って」
「ふーん」
「本当……凄いんですよ、マミは」
隣で、つと彼女が身じろぐ。
「小さい頃から本気でパティシエになりたくって、その為の努力は決して惜しまないんです。プライドが高くて上から目線だけど、それは実力と実績の裏付けがあってこそなんです。凄いんですよマミは。本当に凄いんです」
それは心からの言葉だと容易に分かるほど、真っ直ぐ、淀みなく紡がれた。
「私も、本気で経営者を目指してました。マミが作ったお菓子を、私が日本中に広めるんです。だから大学入ったらバイトして、資格とって、マミとっ、十年以内には一緒にお店を開く約束をしていました……っ。その評判が口コミで広まってっ、ゆくゆくはテレビでも引っ張りだこのっ、超人気店のオーナーになってたはずなんです……っ」
すぐ横から、歯を噛み締める音が上がった。
「“はず”……っ、だったんですよぉ……っ」
「……ん」
「……っ、なんでっ、こうなっちゃったんですかねぇ…………人生って、上手くいかないもんですねぇ……っ」
彼女は空を見上げながら、ぐっとなにかを我慢した。
相変わらず、蝉は鳴き続けている。
僕は残りの水飴と最中を口に放り込むと、ビニール袋からチョコバナナを取り出した。一本は口に銜え、もう一本はラムネの空き瓶に挿した。持っていたチャッカマンで火を点ける。
次第に、苦く焦げた香りが、辺りに漂った。
「……おい」
瓶ごと掴み上げ、刺さった消し炭を隣に突き付ける。
「ん」
「……え?」
「やる」
「……いいんですか?」
「こんなゴミ、僕はいらない」
そのままの姿勢で待っていれば、視界の外れから彼女の手が伸びてきた。消し炭を掴み、成仏したチョコバナナを持ち上げる。
じっと見つめ、徐に一番先の尖った部分を、ほんの少しだけ齧った。
「……うん、チョコとバナナですね」
「……チョコバナナだからな」
「かなりバナナが若いです」
「チョコもテンパリングしてない」
「改めて食べると、凄く美味しいものでもないですね」
「……じゃあお前、なんで毎年買ってたんだよ」
「その場のノリというものでしょうか」
「ふーん」
ビニール袋から買ったものを全て出し、空いたビニールにゴミを突っ込む。
「……ねぇ翔太くん」
「なに」
「流石にこれは買い過ぎなんじゃないですか?」
「……そんなことない」
「いやいや、この量を前に言われても説得力ないですよ」
「いいんだよ、別に」
焼きそばとたこ焼きの容器を開け、半分ずつ中身をトレードした。片方は自分の膝に、もう片方は地面に置いて火を点ける。
「……おぉー、懐かしい。いただきまーす。……うーん、ちょっと冷めててちょっとベチョッとしてて、正に屋台の焼きそばですねー。私、前から思ってたんですけど、屋台の焼きそばって、どうしてこうも買いたくなってしまうんでしょうねー? 家で作った方が安上がりで沢山食べられるのに」
「さぁ」
「たこ焼きしかり、お好み焼きしかり……うーん、不思議だ」
手掴みで焼きそばを啜る彼女を横目に、ベビーカステラも半量燃やした。
「……ん? なーにヘップ。……たこ焼き食べたいの? もー、しょうがないなー。はい、あーんぁあぁぁぁぁーっ! ヘ、ヘップちゃんっ! そっちじゃなくてこっちでしょっ! なんで全部食べちゃうのさぁぁぁーっ!」
突如奇声を発したかと思えば、ベンチの上で四つん這いになりながら、地面に向かって嘆き始めた。
「ちょっ、あ、あぁぁぁー……あーぁ……いや、イマイチじゃないでしょ。イマイチなら全部食べないでよぉ、もー……え? ……あー、はいはい。分かった分かった……あの、翔太くん。ヘップが、わたあめを食べたいと」
「駄目だ」
「……ダメだって。諦めなよヘップ……ヘップ? え、なにやって……かっ、かぁぁぁわいぃぃぃーっ! しょ、翔太くん見て下さいよっ! あ、あのヘップが、わたあめ食べたさにお腹見せてゴロンゴロンしてますよっ!」
いや、見えてないから。
「うひゃーっ、触りたいっ! そのプリプリボディを撫で回したいっ! ……えっ! ヘ、ヘップ……そんなサービスまで……っ! いいないいなーっ! 翔太くんにばっかりずるーいっ! 私にもやってよーっ! ……即答しなくたっていいじゃん」
どうやら幽霊目線では、あの意地汚いブルドッグがそれはそれは可愛いことになっているらしい。
「くぅ……っ、ヘップ、あんたそこまでして……っ! 翔太くんっ。ほんの、ほんの少しでいいんです。ヘップにもわたあめを分けてあげて下さいっ。私、乙女のプライドを投げ打ってまでアピールするヘップを、もう見てられなくって……っ!」
なにやったんだこの犬。
「お願いします翔太くんっ。ほら見て下さい。つぶらな瞳を潤ませて、子犬のようにキャウンキャウン鳴いてます。こんなヘップを前にしても、あなたはわたあめをあげないんですかっ!」
そんな力説されたところで、一切心に響いてこない。
だがまぁ、少しくらいならいいかとわたあめの袋を開ける。白い柔らかなそれを拳大に引き千切り、
思いっきり、握り潰す。
「嘘でしょ翔太くん。え、なに普通の顔してやってんですか。それは嫌がらせですか? ほどがありますよ」
外野の声は聞き流し、濡れたティッシュの塊みたいな物体に点火してやった。
「……翔太くん翔太くん。ヘップがめっちゃ唸ってます」
「ほっとけ」
「こんなのわたあめじゃないって怒り心頭ですよ」
「嫌なら食うな」
「……これはこれで食べるそうですが、慰謝料としてその今川焼を要求しています」
「断る」
全く。人間様の食べものを取ろうなんざ、本当に躾のなってない犬だ。
罰として、これ見よがしにわたあめを食ってやる。
「……翔太くん、ヘップを煽るのは止めて下さいよ」
「煽ってない。僕はただ食べてるだけだ。あー、フワフワして美味しい」
「ドエスですね翔太くん。……はいはい、ヘップもそんなことしたってどうにもならないんだから止めなさいって。ほら、ベビーカステラあげるから諦めな」
なにもない空間を叩いて、宥める仕草をする彼女。地面に転がるベビーカステラが、凄い早さで消えていった。
「……あ、それって花火ですか?」
彼女の視線の先にあるのは、僕が雰囲気に流されて買った数本の花火。
「いいですねー、花火。ねぇねぇ、ちょっとやりましょうよー」
彼女は、心躍る、と言った面持ちで僕を見た。その子供みたいな態度に小さく溜め息を吐くと、一旦食べていたわたあめの袋を閉じ、花火が入った袋へ手を伸ばす。中から手持ちの花火を出して、先の赤い紙の部分にチャッカマンで点火した。
火が燃え移り、数秒後、先端から勢い良く火花が噴出する。
「おぉーっ、綺麗ですねー。ほらヘップ、見てごらんよー。……そっかー、無視かー」
苦笑いの彼女を一瞥し、すぐに視線を手元に戻した。独特の匂いを上げて、光り輝く花が爆ぜる。
だがそれも徐々に元気を失くしていき、辺りはまた薄闇に包まれた。
「……お前もやるか」
花火だったものを彼女に突き付ける。
「あ、いえ。これ貰っても火がないから出来ませんし」
「……あっそ」
そのまま手を離して地面へ落とす。入念に踏んでから、新たな花火に火を点けた。
「いやー、いいですねー。やっぱり花火をやらないと、夏が来たっ! って感じしませんもんねー」
「ふーん」
「あ、そうだ翔太くん。ヘビ花火はありますか?」
「……なにそれ」
「え、知らないんですか? これくらいの小さい塊なんですけど、火を点けるとヘビみたいにニョロニョロ伸びるんです。私それが大好き過ぎて、毎年三個は買ってましたよー」
「へー、伸びながら光るのか」
「いえ、光りません」
「じゃあネズミ花火みたく動き回るのか」
「いえ、ただ燃えカスがニョロニョロ伸びるだけです」
「……それのどこが面白いんだ」
「面白いですよっ! こーんなに小っちゃいのに、こーんなに長くなるんですよっ? 終わりかと思えばまだまだ伸びるし、たまに意志があるかのようにこっちへ這い寄ってくるんですからっ! 派手なだけが花火じゃないんですよ翔太くんっ!」
「…………ふーん」
彼女のよく分からない説明を聞き流しながら、三本、四本と点火していく。
数本しかなかった花火は、あっという間になくなってしまった。
「……終わっちゃいましたかぁ」
寂しそうな呟きが、小さくこの場に転がった。
「……まだある」
ロケット花火を掴み、彼女に見えるよう封を開ける。
「ロケットですかー、いいですねー。これ、マミも毎年買ってましたよー」
「……そう」
「……あ、ロケット花火と言えば、私達前に的当てゲームをしたんですよ」
「へー」
「壁に適当な的を作って、それに向かってロケットを発射するんです。真ん中に当たったら十点ーとか点数を決めて、合計得点が一番高い人が優勝ってゲームでして。いやー、あれが中々盛り上がるんですよねー」
「ふーん」
ラムネの瓶に花火をセットし、着火。すぐにその場を離れると、少し間をおいてから空へ向かって飛んでいった。
「おぉっ、たーまやーっ! ほら、見てみなよヘップ。花火飛んでったよー。……無視かー。可笑しいなー、友達の犬はロケット花火と一緒に走り出したりしたんだけど……いや、追い掛けるのにバカもアホも関係ないでしょ」
隣にいるであろうなにがしを突く彼女。僕はそれをちらと見やり、次の花火を設置した。導火線に火を点ける。
瓶の口を、彼女の隣に向けながら。
「うわぁぁぁっ! ヘェェェップゥゥゥゥーッ! しょ、翔太くんっ! 今、ロケット花火がヘップの口からお尻を貫通していったのですがっ!」
「的当てゲームだよ」
「こんな物騒な遊びじゃないですからねっ!」
「というのは建前で、本当は、そいつに憑依された恨みをまだ晴らしてなかったと思い出したから」
「そ、それなら、さっきわたあめ握り潰したじゃないですかっ!」
「それはそれ」
僕は淡々と次のロケット花火に点火して、
「これはこれだ」
彼女の横に、標準を合わせる。
「ヘ、ヘップ逃げてぇぇぇぇぇぇぇーっ!」
彼女の叫びとロケットの発射音が、薄闇の中に響き渡った。
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