【28話】決着と空と

『奇麗な顔もその身体も! 溶けちまいなぁッ!』

『羽を生やしたぐらいで、いい気になるなぁッ!』


 蛇の王イグネーク、そして鳥怪人フラッズウルはドウッ! と、毒液・・をキラリに撃ち放った。


 十数匹の蛇頭から一斉に噴射された毒液は、超高圧で10メートルの距離を一瞬で薙ぎ払い、レーザーのような切れ味を持ってキラリに襲い掛かる。


「ぬぐぉ!?」

 流れ弾ならぬ「流れ毒」の照射に、将軍ブルグントの持っていた戦斧が真っ二つに切断された。兵士達とアークリートは悲鳴を上げて地面へと伏せる以外術がない。


 更にキラリを挟んで反対側から放たれたのは、羽を鋼鉄のように硬化させ、超高速で打ち出した機関砲のような刃の雨だ。


 ビシュアアア! ギュドドドド! と鼓膜が破れそうな衝撃音が天使少年キラリに襲いかかる。


「キラリィイイ!」

 アークリートが伏せたまま叫んだ。


『肉片すらも残さず……消えろォオオ!』


「――ふんッ!」

 キラリは冷静に左右の腕を広げると、瞬時に極薄のビームジャケットを展開した。


 直後、着弾と同時に激しい衝突と爆発が巻き起こった。しかし、キラリの身体は微動だにしない。その場に立ったまま、猛烈な挟撃を受けても尚平然と立っているのだ。


 毒液レーザの波状攻撃を受け止め、弾丸の雨を防いでいるのは、伸ばされた腕の先に展開された「光のヴェール」だった。

 毒液は命中した瞬間に霧散し、羽の弾丸は中空で見えない壁に阻まれる。弾丸は暫く空中に留まるが、やがてボタボタと落下し足元に転がってゆく。


「……これが……キラリのビーム・シールド!」


 リーナカインが馬車の陰から顔を覗かせて驚きの声を上げる。


『おっ……おのれぇああああああ!?』

『殺す、ころしてやっるぁあああ!』


 二匹の化け物は更に目玉を飛び出さんばかりに見開くと、ドグォッ! と地面を蹴った。


 その場に居た誰もがその「動き」を目で追えなかった。


 まるで消えたと思うほどの速さで仕掛け、キラリに肉薄する二匹の怪物。


 ――見える。


 キラリの心は明鏡止水、まるでなぎ水面みなものように澄み渡っていた。

 

 ビームジャケットによる肉体強化は、筋肉や皮膚は言うに及ばず、神経のシナプス伝達系、それら全てを光の波動で包み込むことで、反応速度の向上や超感覚とも言える効果を発揮していた。


 時間が何倍にも引き延ばされたような感覚の中で、矢のような速度で襲ってくる化け物達の動きがハッキリと見えた。

 それはまるでスローモーションのように感じられた。


 右からは十数本の蛇の頭が鉄球のように襲いかかり、左からは鋭いカギ爪による殴打と共に、何十と言う「羽の刃」がきらりを狙って飛翔していた。


全弾・・……迎撃・・するッ!」


 キラリは小さく呟く。そして--


 ガッ! ゴッ……ガッ! ガカッ! ガギッ!

 キラリは冷静に左右の腕を動かしながら、次々と攻撃をはじき返す。


 ドッ! ガガッ! ズガガガガガガガガ! と、雨あられの様な猛烈な攻撃の雨を、キラリは二本の腕だけで裁き、軽く裁いてゆく。


 ――わかる、全部……見える!


 目を瞑っていても、見える。感じられる。


 ――光が、空間ここに存在する物質や粒子、すべての流れを教えてくれるんだ……!


 まるで「おふざけ」でゆっくりとパンチを打ち込んでくるかのような二匹の攻撃を、キラリは冷めた目で眺めていた。


 とはいえ、その一発一発が生身で喰らえば跡形もなく吹き飛ばされる程の超威力を秘めていることには違い無い。

 キラリが軽く手で受け流し打撃ベクトルを変えたことで、地面へと向かう衝撃波が、周囲の地面もろとも吹き飛ばし盛大な爆発を巻き起こした。


「うわぁああ!?」

「伏せろ巻き込まれるぞっ!」

 小高い丘の上で始まった激しい戦いに、兵士達が悲鳴を上げて祈るように地にひれ伏した。


 邪悪な姿の悪魔達二人を相手に、たった一人の、天使のごとき少年が戦っている。

 それはまるで、創生の神話に出てくる悪魔と天使による人智を超えた戦い――神話の再現だ。


 キラリを中心として、その周囲では爆発により地面がめくれ円形に地形が変わってゆく。

 兵士たちは待避しながら、その光景を見守るより他になかった。

 と、将軍ブルグントと部下達が一瞬の隙をついて、アークリートとリーナカイン、そしてミュウを盾で守りながら、ベイラ・リュウガインの城門へとたどり着くのが見えた。

 ミュウはしっかりとプルを抱いている。

 そして、僅かに遅れて他の兵士がウーマ君を救出してくれたらしく、門へと辿り着いた。

 馬車と結ばれた馬具を切断したことで、ウーマくんは自力で立ち上がり、血を流しながらも歩けたのだ。他の二頭の馬のうち一頭は助からなかったようだが、もう一匹もなんとか立ち上がると馬くんの後を追い始めた。


 ――よかった。


 キラリは猛攻を受けながら、その様子を目にしホッと胸をなでおろした。


「なら……遠慮・・はいらない、か」


『――なっ……なにぃいいいっ!?』

『こっ、こいつ……! ばかなぁああ!?』


 まったく攻撃が通じない、届かない。そう悟ったイグネークとフラッズウルの顔が、見る間に驚愕に青ざめてゆく。既に下等なエサと罵りあざ笑う余裕さえも消えている。


「はぁっ!」


 キラリは蛇人間と鳥人間に、バッ! と手のひらを向けると光を収斂。一気にビームを浴びせかけた。

 それは高エネルギービームの、ゼロ距離直接射撃だった。


『ぐぎゃぁああ!?』

『ごぶああああっ!』


 ドッシャァアア! と二匹の化け物が10数メートルも吹き飛んだ。

 地面を盛大に転がりながらも、すぐに血反吐を吐いて起き上がる。


 直撃を受けた胸の中央は、ブスブスと沸騰し崩れはじめていた。だが、見る間に周囲の肉が猛烈な勢いで再生し、傷を塞いでゆく。

 

 その再生力は、まさに「不死」とさえ呼べるものだった。


 キラリは背中の白い翼を広げると大空へと舞い上がった。桜吹雪のように羽が散る光景は美しく幻想的でさえあった。


「飛んだぞ!」

「おぉ…………!」


 ベイラ・リュウガインの城壁の上や、塔の上から戦いの光景を見ていたのは、兵士だけではなかった。生き残った住人達に、ブルグント将軍や将兵、そしてブレーゲンツ大公もだ。

 

 アークリートとミュウ、そしてリーナカインが城壁の上の物見櫓へと駆け上った。兵士達を押しのけ叫ぶ。

「「「いっけぇええええ! キラリィイイイイイイッ!」」」


 その声は確かに届いた。

「うんっ!」

 次の瞬間、空に舞う天使キラリは七色に輝く「ラーピラー」を出現させた。

 天まで延びる光の柱は二匹の魔物を包み込んだ。


『ぬぅわぁああにぃいい!?』

『これは……光の壁……!?』


 蛇人間イグネークと鳥人間フラッズウルは光の中で狂ったように暴れるが、見えない壁がそれを阻む。


「お前達を空間ごと隔離した」


 上空から事も無げに言うキラリ。


 空から見下ろす大地は見渡す限り黒ずみ、森も茶枯れて荒れ果てていた。


 麦の畑も、緑あふれる森も、偉大なる種族により蹂躙され踏みにじられ、今は痛々しいまでに荒廃した風景が果てしなく続いている。


 絶望の中で多くの村や町が滅び、人々は死んでいった。


 ホイップルは、ドロップスを「歪み」といった。


「……お前達を倒しても終わりじゃないことぐらいわかってる。けど……これは僕の役目なんだ」


 ――この世界の……「み」であるの。


 ドロップスが世界の歪みの象徴であるように、自分自身もまた「歪み」であることを、光に包まれたキラリは静かに悟っていた。


 ――そういう事なんだね、ミュウ。


 遥か眼下に望む城壁の片隅で、キラリを見上げるミュウを静かに感じ取る。

 赤毛の少女は祈るような眼差しで空を見上げていた。


 怪物たちは人間をエサとして殺し尽くしてきた。そして、それと同じようにキラリの手も既に血で汚れていた。


 キラリは悲しげに自分の手を眺めると、目を細めた。そして、光の壁の中でもがく化け物にさえ憐憫の情を感じずにはいられなかった。

 けれど、キラリは迷いを振り払うかのように首を振り、醜悪な二体の化け物を見据える。


『おのれぇええ! たかが、たかが人間が!』

『我らこそがぁあ、崇高なる存在ィイイイ!』


「さよなら」


 キラリは両手をすっと天に向けて上げた。

 瞬間、二匹の化け物を包み込んだ光の柱が、一層まばゆく輝いた。


『――ギッ……!?』

『ィアァアア――!』


 数億度・・・に達した光の内部では、あらゆる再生能力は意味を成さなかった。全てが分子に原子へと分解し、やがて光の粒子へと還元されてゆく。

 二筋の光の柱は螺旋を描きながら絡み合うと一筋の光になり、天空を覆う黒雲に突き刺さった。

 そして、パッ……! と、まるで油膜に石鹸水をたらしたかのうように暗雲を振り払うと、円形に果てしない空が広がってゆく。


 暖かな太陽の光が地上を照らし始めた。


「お……ぉおおおおッ!」

「空だ……!」


 そして、ベイラ・リュウガインの全ての人々は見た。

 

 晴れ渡った蒼穹の空に舞う、白き翼を。

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