【26話】逆転のスーパージェリーローション・改!


「怯むなぁあああッ! 『光の少年』達をお守りしろ!」


 ベイラ・リュウガイン公国の将軍ブルグントが叫ぶ。これは、国の実質的指導者であるブレーゲンツ大公直々の命だった。


「おぉおおッ!」

 一番に駆けつけた十数人の長槍を持った兵達は、密集陣形をとったまま気合もろとも突進すると、巨大な蛇人間イグネークに次々と槍を突き立てた。


 ズッ! スシュッ! と重々しい打突音が鳴り響く。


 象ほどの大きさのもあろうかという蛇の王イグネークは、僅かに残った人間らしい顔の部分に驚きの表情を浮かべるが、ダメージを受けた様子は無い。


『小ざかしい虫けらどもが……! こんなモノがぁああ! 効くかぁアアッ!』


 ビュゥッ! と何本もの毒蛇がムチのようにしなり、槍兵たちに襲い掛かる。

 だが、百戦練磨のブルグント将軍は、他の兵たちに既に次の指示を出していた。


防御兵デイフェンダ! 左右、側面防御!」

「おおっ!」


 大型の盾を持った兵たちが素早く左右に展開、側面を狙う蛇の打撃を受け止めた。激しい衝撃で吹き飛ばされるものもいるが、損害は軽微だ。

 

 そして、今度はヘビの鞭が伸びきった隙を見逃さなかった。


決戦兵デスサイザ!」


「づぁあああああああッ!」

「だりゃぁああっ!」

 長剣ロングブレードを両手で構えた兵士達が、全体重を乗せた殴りつけるような斬撃を蛇に浴びせ、次々と切断する。


『ギッ……アァアアア!? おっ……のレラアァアア!?』


 さしもの怪物も、一気に数本の脚を切断されたことでグラリと体制を崩し、悲鳴を上げた。


「陣形を崩すな! 弓兵! 火矢を放て!」


 イグネークに向けて、今度は火のついた矢が放たれる。火矢は飛距離が短いが、この接近戦ならば外す筈も無かった。


『ギイッ!? あああ! キイイイ貴様らぁああああ!? 殺ス……一匹残らずゥウウウ……殺し……尽くシァアアア!』


 残った脚の先から強烈な毒液が噴射された。まともに浴びた槍兵が次々と悲鳴を上げて地面を転がる。


「距離をとり攻撃を続けろ! 第4小隊ワシに続け! 今のうちに……『光の少年』たちを救うのだ!」


 ◇


 巨漢の将軍率いる兵団が、蛇の化け物を相手にしてくれている間に、キラリは20メートル先の馬車に駆け寄っていた。


「ミュウ!」

「…………キラ……リ」

「よかった! 生きてる!?」

「ん……」


 その馬車の横では、地上に落下した鳥人間フラッズウルとアークリートが、激しい戦いを繰り広げていた。


 全身に魔石ドロップスを埋め込んだ持つ有翼人フラッズウルは、ミュウのドロップス強制干渉により、半ば身体が崩れかけていた。

 だが、それも徐々に元の状態に戻りつつあるようだ。いつまた上空へと飛び去ってもおかしくは無い。

 アークリートが剣で翼を狙いきりつける。

『キィエエエ!』

「くっ!」

 フラッズウルは鋭い「羽の刃」を放つが、アークリートは素早く回避する。威力はまさに銃弾のようで、急所に当たれば一撃で命を落とすだろう。


 撃たせない唯一の方法。それは、「偉大なる種族」との戦闘では最も危険とされる「接近戦」だった。


「キラリ! 後は……頼んだぞっ!」


 アークリートはそう言うと短剣を構えし、フラッズウルの懐へと突進をかけた。


「アークリート!」


 飛び出そうとするキラリの手を、リーナカインが掴み止める。


「やるべき事には順序がある! 今はまずミュウを馬車の荷台へ! この子はさっき、心臓が止まりかけたんだ!」


「う、うんっ!」

「はやく!」


 キラリとリーナカインは二人でミュウを抱きかかえて馬車の荷台へと乗せる。


「プルはここで休んでて」

「ボクも……戦うっプル」

「いいから!」


 身体の半分が毒で焼けてしまったホイップルをキラリは馬車の腰掛けにそっと乗せた。身体の半分が毒で焼けてしまって痛々しいが、水筒の水で毒を洗い流す。


「ありがとうっプル。……自己修復……に少しかかりそうだけど、……平気ップル」

 弱弱しく笑みを浮かべる水色クラゲ。

「わかった。あとは……任せて!」


 キラリは次に薄暗い馬車の荷台に横たわるミュウの傍らに寄った。カインが脈を測り、意識を途切れさせないようにと声をかけ続けている。


「この子、無茶しすぎよ……」

「ミュウ! しっかり!」


 キラリの声にミュウはハッと目を開けた。だが顔色も蒼白で辛そうに眉を曲げる。

 水で唇をぬらしてやると、意識もハッキリとしてきたようだ。


「……ん」


 ミュウは捨て身の「ドロップス共鳴現象」を体内で発動させ、怪物たちの動きを僅かだが止めてくれたのだ。

 もし、あの一瞬がなければ、キラリもアークリート達も確実にやられていた。


「ありがとう、ミュウ。おかげで助かったよ」

「…………ん」


 ぎゅっと手を握り締めるとミュウの頬に赤みがさし、僅かだが笑みをうかべた。


「――大丈夫、きっと……助かる」


「キラリ! 『えねるぎー』補充するよ!」

「う、うん!」


 リーナカインが背を叩き、強いまなざしでキラリを見据える。


 馬車の荷台から見える景色は前後二つ。


 御者席のある前方には「馬くん」ことウーマくんが傷つき横たわっている。死んではいないが、早く手当てをせねば命を落とすだろう。

 その先では巨大な蛇人間イグネークに果敢に立ち向かう兵士達が見えた。


 更に兵士達の相手はイグネークだけではなかった。血の臭いに反応した豚人間オーク達が集まり始め、徐々に乱戦になりつつあった。


 馬車の後方では、鳥人間フラッズウルとアークリートの一対一の死闘が続いていた。辛うじて互角に見えるのは、鳥人間はミュウの力の影響から完全に回復しきってはいないからだ。しかし、ドロップスの干渉が消えた今、肉体を再生し再び空に舞い上がってしまうかもしれない。

 そうなれば状況は振り出しに戻ってしまうだろう。


「勇敢な女戦士よ! 我らも加勢するぞ!」

「おぉ……! 恩に着るッ!」


 だがそこへ、ベイラ・リュガインの将軍と数名の兵士が駆けつけて鳥人間との戦いへと加わった。

 アークリートは加勢が現れたことで、すぐにやられてしまうことも無いだろう。


 僅かだが、時間が生まれていた。


「いい? 今この状況を打破できるのはキミだけなんだ」

「……わかってる」

 キラリはリーナカインと真正面で顔を合わせた。

 エメラルド色の瞳に金色の髪。それが息がかかるほどの目の前にある。


「だから……脱いで!」


「いやだ」

「迷ってる場合!? いいから脱ぐ!」

「ほほ、ホントに!?」

「勿論! はやく!」


 キラリの上着をビリビリと引き裂くような勢いでリーナカインは剥ぎ取った。

 そして馬車のキャビンの真ん中に正座をさせられてちょこんと座る。


「まぁ、きれいな鎖骨……」

「やっぱりなんかヤだ!?」


「ミュウ、立てる? 手伝える?」


 カインの言葉によろよろとミュウが上半身を起こす。フルフルと首を振ると、辛そうながらも気丈に頷く。


「……ん……」

「ミュウ……無理しないで!」


「無理は承知! 今から二人でキラリに『えねるぎー』を補充するの、いい?」

「ん……」


 そう言うとリーナカインはごそこそとカバンからビンを取り出した。

 それは中身は透明な液体の入ったガラス瓶だ。きゅぽん! と栓をあけると、カインはキラリの腕や上半身へ容赦なく中身を振りかけた。


「ひゃ!? ちょ……!」


 トロトロとした蜜のような甘い香り。そしてヌルリとした粘液質の液体がキラリの腕や肩、そして胸へと垂れてゆく。


「あの宿屋で見つけたスーパージェリー・ローション……改! キラリ君の為に更に改良してあるわ」


「かっ、改良て何を!?」

「私の錬金博士としてのスキルを甘く見ないでね」

 カインがぱちんと片目をつぶる。


「だからどんな改良を!?」

「より早く、より滑るように……ヌルヌル成分増強よ」

「錬金術の方向性間違えてるよね!?」

 上半身裸で正座をしたままキラリがツッこみを入れる。こんな場合じゃないのだが。


「人肌に暖めておけばよかったけど我慢してね、さ……、いくわよ」

「んっ!」

 リーナカインとミュウは同時に頷くと、左右からキラリの身体を掴み、ツルツルとマッサージを始めた。

 

 視界の向こうでは蛇に捕まった兵士が空中を投げられて、火矢が突き刺さる。そんな地獄のような戦いが繰り広げられている。


「いっ……ひゃ、ぁあああああああああっ!?」


 ヌメヌメのローションにまみれた少年キラリの身体を、カインとミュウが激しく攻め立てる。その速度はあっという間にトップスピードを記録、さらに高速へと変わってゆく。


「速い……これなら!」

「んっ! ……んっ!」


 その速度は、普段の3倍は速いだろうか。

 ツルツルヌルヌルと猛烈な勢いで、キラリの肌を二人の少女の白い指先が、無邪気に踊るように這い回る。首から鎖骨、そして上腕へと指先が滑ってはなぞってゆく。


「うっ……あ、あぁ……やめっ……!」


 キラリの体内のエネルギーゲージが急上昇するのがわかった。

 ――40……50……60……!


「これは人類を救う……た、ためなんだからねっ!」


 カインが速度を上げた。後ろから抱きつくような格好で、胸や首筋にヌルヌルと激しいマッサージを与えて行く。


「んっ、ん……んっ!」


 ミュウも負けじと精一杯、キラリの腕や指先をヌルヌルと撫で回してゆく。


 くちゅ、くちゅ、ちゅくちゅくちゅく……! と、湿った音が薄暗い馬車の荷台に響き渡った。


「あ……あっ、うっ……!」


 キラリは鼻息も荒く、上気した顔で苦しげな声を漏らした。


 と――、次の瞬間。


「あ、あぁああああああああああああッ!」

「わ!?」

「んっ!」


 まばゆい光が、キラリの全身から迸った。

 ビシュウ! と白く輝く圧倒的な光がキラリの全身を包んでいる。

 身体から放たれた目の眩むような光は、馬車の外をまるで太陽のように明るく照らし出してゆく。


「こっ……これは!?」


 ――エネルギー充填……120% ……130%


「臨界を……超えたっプル!」

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