【22話】べイラ・リュウガイン、篭城戦線異常あり!①

 ◇


 ――大陸最大の都市国家ベイラ・リュウガイン。


 人口規模10万を擁する、この世界では指折りの都市国家である。


 統治機構は王政を敷いているが、行政執行機関である中央政府や軍関係の施設を中心として同心円状に広がる都市が形成されている。

 石とレンガを組み合わせた砂色の都市は、人の営みを象徴するかのように苛酷な自然環境から人間が勝ち取って広げてきた版図そのものだ。


 貴族や豊かな市民の暮らすエリアは直径5キロ程度に集中し、石と土で固められた堅牢な「壁」で守られている。

 その高さは最大で8メートル、厚さ2メールにも及ぶ重厚なものだ。その総延長距離は全長20キロメールにも及ぶという。これは、およそ100年の時間をかけて、荒れ狂う自然の猛威である河川の氾濫による洪水に対処しようと築かれたもので、通称「箱舟」と呼ばれている。

 壁で守られた都市の周囲には、巨大河川メリコニアが運んだ肥沃な土地が広がっていて、豊かな実りをもらたしてくれる。


 その合間を縫うように、農民たちの暮らす小さな村々が点在し、実に牧歌的な風景が広がっている――はずだった。


 天から星が降り注いだ、あの「悪夢の始まりの日」までは。


「申し上げます! 現在わが国を包囲している敵の総数は2万を超え、現在も増え続けております。近隣の村や都市を食いつ尽くし集まってきたものと推測されます……」

 憔悴しきった老兵が一人執務室で書類を読み上げた。


「ぬ……!」

 知らせを聞き、ベイラ・リュウガインの現在の首長であるブレーゲンツ大公は言葉を失った。


 完全に包囲されてはや2ヶ月。

 門をすべて閉ざし、篭城戦を開始してから既に60日あまりが経過していた。


 有事の際には招集をかけ、村々から集めるはずの民兵も傭兵もすべて連絡が途絶。点在する村々は文字通り「食い尽くされて」しまっていた。


 それに対し、都市を守る正規軍は僅か5千。

 既に半数の兵力が失われ、持ちこたえるのにも限界が見え始めていた。

 市民の犠牲も2万を超え、破壊された門周辺の地区は壊滅的な被害を蒙っている。


 正規軍と民兵の総力を挙げて門の外に追い返したものの、小規模な襲撃は毎日のように繰り返されていた。

 

 少し前、篭城に業を煮やした血気盛んな将校が率いる一個大隊約800名が、脱出路を確保せんと敵の群れに突入した事があった。

 結果は連中に「生きの良いエサ」を提供したに過ぎなかった。

 

 幸いにしてこの都市は地下水が豊富であり、食糧の備蓄も潤沢にある。だが、散発的に繰り返される侵入と「人間狩り」と称される恐怖の襲撃に市民は怯え、絶望感と疲労、そして諦めが広がりつつあった。


 高い尖塔になっている王政府庁舎の執務室の窓から、ブレーゲンツは双眼鏡で壁外を眺めた。


 豊穣な実りを約束するはずの土地は、2万にも及ぶ豚人間オークや狼人間などの――「偉大なる種族」と名乗る不死の怪物たち――が蹂躙し我が物顔で歩き回っているのが見える。


「おのれ……化け物どもが……!」


 壮年の白髪、深いシワ刻まれた精悍な顔立ちのブレーゲンツは歯軋りをする。


 連中は急いでは居なかった。

 目の前の城塞都市の中には連中のエサとなる人間が豊富にいる。

 腹が空けば破壊した門から侵入し、好きなだけ狩ればよい。そう考えているのだろう。あるいは本能ままに行動し、何も考えていないかだ。


 あちこちに豚人間オークの集落のようなキャンプが作られ、焚き火でグルグルとローストされているのは、人間の肉だ。

 踊るオークに寝そべるオーク。頭蓋骨の舐めている豚もいる。


 黒く焦げた手足が見えて、思わずブレーゲンスは双眼鏡から顔を離す。


 ――このままでは、我々もいずれああなってしまう。


 中央政府の執務室では、次々寄せられる情報の集約と指示に慌しい動きが続いていた。床には書類が散乱し、足の踏み場もないほどだ。


「現在、可能な限りの難民を収容しておりますが、受け入れ施設ではもはや食料も底を付き、不満と不安を口にする者も出始めております。……貴族や市民達が食料を隠しているとの噂まで流れ、このままでは暴動に発展しかねません」

「では、軍の食糧備蓄の半分を開放しろ。備蓄はどれ位持つ?」

「は……! 受け入れ難民たち全員に分配したとして、3日分かと」


「……構わぬ。その代わり動けるものはすべて戦闘に参加せよと伝えよ。立ち上がらねばブタのエサにのはお前たちだと言ってな」

「は!」

 疲れた様子の行政官が礼をして飛び出してゆく。


「ブルグント、軍の残存戦力の建て直しは?」

「現在壊滅した主力残存兵力と志願兵、傭兵を合わせ遊撃部隊3000を再編成しております。が……陣形の連携伝達には課題が多く」

「作戦のみを伝え、個別に戦闘判断は任せろ。全体を指揮しようと思うな」

「は、ハッ!」

 今は緊急時だ。なんとしても脱出路、ここから3キロ先メリコニア川の船着場までの安全を確保せねばならない。


「突破された南門周辺に3個中隊約300名の展開を終えました。目下、侵入してくる敵の撃破に全力を挙げておりますが、死傷者多数、更なる増援を求めております」

「市街地に雪崩れ込まれば終わりだ。さらに3個中隊を回せ」


「それでは脱出作戦の遂行戦力に支障が……」

「ここで持ちこたえねば終わりだ! 有効な『小隊戦闘プラトゥン』で個別撃破を徹底させろ」

「了解いたしました!」

 小隊戦闘とは、圧倒的な戦闘能力と不死に限りなく近い肉体を持つ「偉大なる種族」に対すべく編み出した戦法だ。


 大型の盾を装備した防御兵、相手の目や急所を狙う弓兵、大型剣を装備し直接戦闘で相手の首や心臓を狙う決戦兵。

 全部で3名から5名で一個小隊を編成し、一匹の豚人間オークに対処するのだ。


 化け物共の個々の戦闘力は確かに恐るべきものがあるが、相手は軍としての部隊編成・・・・も、連携もしはいない。

 いかな強敵であっても個別撃破は不可能ではない。戦術と作戦そして強固な相互連携の維持。

 これが、この都市国家ベイラ・リュウガインが2ヶ月もの間持ちこたえられた理由の一つだった。


 と、そこへ慌てた様子の兵士が駆け込んできた。


「も、申し上げます! 南門で戦闘中の我が部隊、既に……一個中隊が壊滅状態! 増援部隊も次々と撃破されております! このままでは防衛ライン突破されます!」

「ば、ばかな!? 早すぎる一体……何が!?」


 ブレーゲンス大公は思わず声を荒げた。名君と謳われ軍の戦術にも明るい彼であったが、想定を超えた事態に、傍らに置いてあった水入れの銀腕が床に落ち音を立てた。


「そ、それが……、敵を率いている怪物のおさがいるのです! 毒を吐きかける蛇のような怪人、人語と武器を操る強力な人狼! それに……翼を持つ空飛ぶフクロウ人間のような怪物です!」


「なん……じゃと!?」


 ――万毒の蛇人間、イグネーク

 ――人狼ワーウォルフの真祖、ルーフヴェンジ

 ――百の魔石ドロップスを持つ有翼人、フラッズウル


 それは、豚人間オークの王、ハーグ・ヴァーグを含め「四天王」と称される最上位の存在だった。


 尤も、その事実と名を聞いた人間は、次の瞬間にはエサと成り果て知るものすら居ないのだが。


「怯むな! 2個中隊を増援で差し向けろ! ブルグント! なんとしても食い止めるのだ」

「御意!」


 と、そこに別の兵士が行きも絶え絶えで駆け込んできた。


「今度は何だ!?」

 将軍であるブルグントは、忌々しげにその兵士を問いただした。


「そ、それが……馬車が……南門に向かって進んでまいります」


「は!? 何を言っている! あそこだけでも3000匹も群がっているのだぞ! 難民か!? エサになるだけだというのがわからんのか!?」


 巨漢の将軍の剣幕に、兵士がヒイ! と背筋を伸ばす。

  だが、伝えねばならない事がまだあるようだ。


「で、ですが……! その馬車の屋根に、光輝く戦士が一人……敵を蹴散らしながら進んできているのです!」


 ブレーゲンスはその言葉に、兵士がついにおかしくなり始めたか、と眩暈がした。


「夢でも見ておるのか貴様は! もういい持ち場に戻――」


 瞬間、南の方角で雷光のような眩い光が輝いた。

 

『ギョブベァエエエエ!?』『ヒデブァアア!?』

 そして、豚人間や亜人たちの断末魔の悲鳴が響き渡った。


「な、一体何が……!?」

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