【23話】ベイラ・リュウガイン、篭城戦線異常あり!②


 都市国家ベイラ・リュウガインの実質的な首長であるブレーゲンス大公は、自ら早馬を駆ると最前線である南門地区に程近い塔へと赴き、階段を駆け上がった。

 高さ15メートル程の石造りのこの塔からは南門地区全体と、街と外を隔てる壁、そして豚人間に蹂躙された街の周囲が見渡せる。


 ブレーゲンスは追い縋る部下達の報告を聞きながら、最上階の窓から身を乗り出して南門の方向に双眼鏡を向けた。

 装飾の施された「遠見の眼鏡」の視界の中、確かに「それ」は居た。


「ぬぅ!? 確かに……馬車じゃ! それも……一台じゃと!?」


 自分の目が俄かには信じられなかった。


 破壊された南門の先に続く荒れ果てた中央街道を、一台の馬車が比較的ゆっくりとした速度でこちらに向かってくるのが見えた。

 ここ々からの距離はおよそ500メートルも無いだろう。


 群がる豚人間オークを主力とする敵陣の中央を、まるで大海を割るがごとく道を切り開きながら、南門を目指して進んでくる一台の馬車がいるのだ。


「わ、ワシは夢でも見ているのか!?」


 黒い馬を先頭に、二匹の栗毛の馬を従えた三頭立ての馬車は、商人が使うような屋根の付いた何の変哲もない客室キャビンを引いていた。


 御者席には金髪の少女が座り、その横では青黒い髪の女戦士が弓を構えている。が、矢を射っている気配はない。その肩越しの客室からは避難民らしい赤毛の少女の顔も見えた。


 だが――何よりも注目すべきは、その客室キャビンの屋根の上だ。


 光り輝く後光のような太陽のような「球体」を頭上に浮かべた黒髪・・少年・・が、全身に風を浴びるような様子で、両腕を広げ立っているのだ。


 ここからでは遠く、表情までは見えないが少年は神々しい後光を背に、まるで微笑んでいるようにさえ感じられた。


「あ……あれは! 天使……か!?」


 頭上に浮かぶ球体は1メートルほど。馬車と共に移動しながら、四方八方にまばゆい「光の矢」を放っている。

 雨のように降りそそぐ光の矢は、寸分違わぬ正確さで、豚人間オーク狼人間ワーヴォルフの胸を射抜いている。

 化け物は矢が命中した瞬間、胸で光が炸裂し大穴が開き爆発四散、残った手足も灰となって崩れ去ってゆくのが見えた。


「ま、間違いない……神の……お力だ!」


 頭上の球体からは一秒間に数十発の「光の矢」が休むことなく放たれ、周囲20メートルの範囲を次々となぎ払ってゆく。

 そこには、見えない透明な壁が存在し、馬車の周りを守護しているかのようでもあった。

 それはまるで神の祝福、あるいは加護を受けた天使、あるいは同等の力を宿した救世主・・・の到来としか思えなかった。


 南門の周囲に一面の黒い絨毯のように殺到していた豚人間オーク達は、突然の背後からの襲撃に、明らかに動揺し始めていた。

 街へ侵入しようとしていた群れの動きが乱れ、逃げ出すものも出始めている。


「これは……好機じゃ! 皆の者に伝えよ、全力で……あの者たちをこの街へと迎え入れるのじゃ!」


 ◇


 南門防衛線では壁の上で矢を放ちながら、奇跡のような光景を兵士達が目撃し、やがて歓声をあげはじめていた。

 指差し叫び、その驚きと情報は兵士達の間にも瞬く間に伝わってゆく。


「なんだ……あの少年は!?」

「光の矢を放ちオークたちを倒しているぞ!」

「天使……いや、救世主だ!」

「天使でも悪魔でも構わぬ……! これは……チャンスだ! 隊を立て直せ! 街からオークどもを排除するのだ!」

「お、ォオオオッ!」


 思わぬ救援の知らせに、劣勢に立たされていた兵士達の目の色が変わり、軍隊が再び有機的に連携し動き始めた。


「――第一小隊、第二小隊と共に第5小隊の穴を埋めろ! 路地に誘い込み各個撃破、挟撃せよ!」

「長槍部隊、密集陣形を維持し門を塞げ! その他の小隊はワシに続け、きゃつらのボスを仕留め――――」


 若い部隊長が叫んだその時、巨大な影がその上半身を吹き飛ばした。


「たっ……隊長ぉあああっ!?」

 残った下半身を踏みつける巨大な脚、そして全長3メートルもあろうかという鉄の塊のような剣で、周囲の建物もろとも一個小隊を根こそぎなぎ払った。


 そこに現れたのは、全長10メートルを超える巨漢の怪物。

 市街地の二階の屋根まで届きそうな怪物は、かろうじて狼人間だという事がわかった。


『グルグルグルッ……、来たか、忌まわしき人間の……異種・・めガ……!』


 燃えるような赤い瞳を南門の外に向け、鋭く並んだ牙を剥き出しにする。


 その胸には巨大な赤い宝石が露出し、赤黒く禍々しい光を放っていた。


 ◇


「ね、ねぇカイン! このポーズ、必要!?」


 キラリが御者席の錬金博士リーナカインに叫んだ。


「必要! 演出効果ってやつ!」


 金色のツンテールを振り払って、カインがニヒッと微笑む。

 その横ではアークリートが巨大な弓を構えているが、出番は当分なさそうだ。


「それは聞いたけどさ! 揺れるし……なんだか壁の上の兵士たち、僕を指差して笑ってない!?」

「笑ってない、笑ってない! あれは盛り上がってるの!」

「ホントかよっ!?」


 キラリの腰のベルトには、落下防止のヒモのようなものが結ばれていた。揺れる馬車の上で両手を広げ、さも「凄いパワー」を発揮している演出を見せ付けているのだ。


 そう、これは「天使のような救世主が来た!」と思わせる為の演出だ。そこまで考えたのはカインだが、かなりの効果はあったようだ。


「キラリ、プラズマ維持限界まであと10分……プル。けどこれなら大丈夫っプル」

「うん、僕も全然疲れてない。門まで後少し……!」


 キラリの左耳と目を覆うホイップルが、戦場の状況と押し寄せる敵の情報を逐一知らせてくれる。

 正面突破作戦の目的は、ビームが尽き果てる前に街に辿り着く事だ。 

 このままでいけば、目的は達せられそうだ。


 キラリは頭上に浮かぶ超高熱の人工太陽・・・・にビームを注ぎ込んだ。


 頭上に浮かんでいるのは「超高熱プラズマ球体」。


 一見すると凄まじいエネルギーの塊だが、実は維持にはさほどのエネルギーを必要としていない。

 そして、押し寄せる何百と言う数の敵に対して、キラリはプラズマの矢で敵を一匹づつ狙い撃ちしているわけではなかった。

 彼らの胸の中にある「ドロップス」目掛けて、超高温プラズマの矢がほぼ自動的・・・に放たれて誘導されているのだ。


 このカラクリの秘密は、薄い円盤状に広げた「ビームジャケット」と呼ばれる新たな力だった。

 リーナカインに身体を擦ってもらった事で発現した、キラリの新しい力の一端を応用したものだ。


 ――ビームジャケット。

 ビームを薄膜状に展開し、低温プラズマとして半物質状態で維持できる能力。

 これを最初、どう使うべきかキラリたちは頭を悩ませた。直接攻撃には使えないが、異常なまでの強度・・と、熱や衝撃などに対する絶縁性・・・を有する薄い膜をキラリは自在に操れるようになったのだ。


 キラリは今、数ナノメートルにまで薄く延ばした低エネルギービーム膜を、まるでピザの生地のように馬車の周囲およそ20メートルに展開していた。

 

 そこに足を踏み入れた豚人間オーク達の体内電位差は瞬時に変化し、雷を落とすような原理でプラズマの矢が向かってゆく、という仕組みを作り上げていた。


 いわば、ドロップスを持つ化け物だけに反応する、トラップ


 これならば難しい誘導も制御も不要。

 キラリは足元のビーム膜と、頭上のプラズマの固まりにビームエネルギーを振り分けるだけでよいのだ。

 

 これが、リーナカインの頭脳と、キラリの現代地球人としての知識、そしてホイップルの知識を合わせて生み出した戦術だった。

 

 ビームで狙い撃ちしていたのではエネルギーが持たない。

 どう計算しても1000匹も倒せば終わりなのだ。

 だが、熱プラズマとして物理事象を励起し、それを維持・・するだけならば、ごく僅かなエネルギー消費で済むことを発見したのだ。


 ちなみに、馬車自体を二重のビームジャケットで包んでいるので、中にいるミュウはもちろん、リーナカインやアークリート、そして馬くんズにも攻撃の手は及ばない。


「南門まであと100メートル!」


 アークリートが叫ぶ。

 この間も殺到する豚人間数百匹が既に灰となり、通り道に白い舗装路を生み出していた。


「待つっプル! 高エネルギー反応……巨大なドロップス反応が、門の内側から……急速接近中ップル!」

 プルの情報表示バイザーに、真っ赤な光点が三つ、現れた。


「まさか……ボス的なヤツ?」

「ップルね。しかも3体ップル!」

「ま、予想はしてたけど……ここからが本番ってコトね」

「っプル!」


 キラリは腰の安全ベルトを外すと、揺れる馬車の屋根の上で片膝をつき、真正面の南門を鋭く睨みつけた。

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