【20話】穏かな晩餐

 ◇


 太陽は地平との距離を徐々に縮めていた。

 淡く黄色い光の中で、キラリたちは今夜の野営場所を探していた。


 豚の王ハーグ・ヴァーグを倒し城を開放したとはいっても、歓喜の声は聞こえない。

 何故なら、ヒールブリューヘン城の周囲にひろがっている城下町には、生きた人間は誰一人として居なかったからだ。


 新たなる仲間、錬金博士リーナカインの話によると、商業都市として栄えたヒールブリューヘンには、華麗絢爛な城下町が広がっていたらしい。

 しかし今、そのほとんどが焼け落ち、見る影もなく破壊され半ば廃墟と化していた。


 半年前、突然として森から湧き出すように襲撃してきたという豚人間オークの群れは、瞬く間に市街地を蹂躙し、城内へと雪崩れ込んだ。

 その数はおよそ、1万。

 500名ほどしか居なかった守備隊は成す術なく全滅、街も城も炎に包まれ、あとは阿鼻叫喚の人間狩りが始まったのだという。


 人口三万を擁した街に響くのは、カラスの鳴き声ばかりだ。


「誰も居ないっプルね……」

「連中が全部食べたわけじゃないってのが、せめてもの救いだけどね」

「そうっプルね」


 豚の王との戦いの後に聞いた、アークリートと友人リーナカインとの会話を纏めると、突然の襲撃に混乱しながらも、街を逃げ出した住民が大勢居たようだ。


 その殆どは隣国である大陸最大の都市国家、ベイラ・リュウガインへと逃れたらしく、キラリ達の「次の目的地」もそこになりそうだ。

 キラリが倒した豚人間オークは、城や周囲に潜んでいたものを合わせても500匹ほどで、リーナカインのいう1万匹とは数が合わないのだ。

 となれば、それ以外の「主力部隊」は、人間という食料を求め、隣国ベイラ・リュウガインを攻めに向かったと考えるのが自然だろう。


 すぐにでも向かいたかったが、キラリたち一行には休息が必要だった。


 キラリとホイップル、そして馬に乗ったままのミュウは、城下町の中を慎重に探索した。

 食料や何か役に立ちそうなものを見つけては拾い集めてゆく。

 平時なら窃盗だろうが、今はそんな事は言っていられない。衣服や残されたビン詰めなどの食料、兎に角手当たり次第に燃え残った廃墟から拝借してゆく。


 そして、とある一軒の建物が目に付いた。

 それは町の中心に程近い場所にある「宿屋」の廃墟だった。廃墟とはいえ半年前までは普通に営業していたはずだ。


「ミュウ、そこで待ってて」

「ん……!」


 ミュウが馬の背に乗ったまま頷く。

 すっかり相棒となった「馬くん」には、拾い集めた日用品を入れた袋が二つくくりつけられていた。


 城の豚人間オークは壊滅させたとはいえ、食料狩りの別働隊や、最悪本体が戻ってくるかもしれない。そう考えると警戒を解くわけにはいかなかった。


 キラリは辺りを警戒したあと、宿屋のドアを押し開けた。ドアは黒く焼け焦げていて、あえなく音を立てて倒れ落ちた。

 中を覗き込むと、意外にも原形をとどめていた。


 床にさまざまな物が散乱していたが、目ぼしい物は何もなく、豚人間オークの仕業というよりは、混乱の後に略奪にあったのだろうと想像が付く。

 中に入り、並んでいたドアを開けてゆくと、幸いにもベットが使えそうな部屋が二つ、燃え残っていた。


「やった! 屋根もベットもある! 久しぶりに地面以外で寝られそうだよ」

「そうっプルね! 家畜小屋の寝台ベッド以来ップルね!」


 ホイップルはそこまで言い掛けてハッと口を押さえた。


「……ミュウと出会った、始まりの場所ね」


 キラリは部屋の閉ざされていた雨戸を開けた。

 途端に、赤々とした夕日が部屋に差し込んで、キラリの横顔を照らす。


 ずっと先を見るような眼差しで、遥か彼方の山脈に目線を向ける。


「キラリ……その、ミュウの事っプルが」


 ホイップルが窓枠に腰掛けて、クラゲの身体を揺らし、言い難そうにキラリを覗き込んだ。


 世界の歪みを正すには全ての元凶である結晶体「ドロップス」を破壊、あるいはホイップルに渡さなければならない。

 それは体内にドロップスを宿す異世界人、ミュウとて例外でない――。


 ギリッ、とキラリは奥歯をかみ締めると、窓枠に乗せた指先に力を込めた。


「それでも、僕は……決めたんだ」


 まるで自分に言い聞かせるかのような小さな、けれど強い口調。

 深い憂いを帯びた少年の瞳は、その奥底に、強い決意を秘めた光を宿していた。


 ――ミュウを守るって。


「ドロップスを持つ魔物を全て駆逐して全滅させる。……それなら、いいよね? たとえ一粒・・ぐらい残っていても」


「キラリ……それは……」


 キラリはホイップルの返事を待たず、唇を固く結ぶと何かを飲み下したように、険しかった表情を一変させた。


「プル、野営の準備をしよう! ミュウを休ませなきゃ。馬くんにも野菜をみつけなきゃなんないし」


 馬も乾いた大地の隙間で見つけ僅かな草だけでは、身体が持たないだろう。


「わかったプル……! って、中庭に何か植物が生えてるップルね?」

「植物?」


 窓から中庭を覗き込むと、そこは小さな畑になっていた。

 耕された畑には野菜が育っていた。どうやら火事と略奪の混乱から運よく残ったものが、自由奔放に育ったものらしい。

 それはベロベロに広がったキャベツやほうれん草、それに赤く熟したトマトのような野菜だった。


「野菜だ! 食料だよ! それに井戸もある!」


 キラリは飛び上がらんばかりに喜ぶと、部屋を飛び出して宿屋の前の広場で待っていたミュウと「馬くん」を中庭へと導いた。


 すると程なくして、アークリートとリーナカインが戻ってきた。

 見ると、二人で指先を絡めるように手を握っている。仲良し女の子同士の友人、といった風に。


「よかった、大丈夫だった?」

「あぁ! いろいろと武器の補充が出来たぞ!」

「キラリ君たちのほうも、かなり収穫があったみたいだね?」


 二人は、城内の探索と物資の調達、それと攻城弩砲ヴァリスタの回収に行っていたのだ。キラリの宿と食料調達の知らせを聞くと、青い髪の女戦士と金髪の少女博士はとても喜んだ様子だった。


「うん! 今夜は楽しいよ、きっと」


 キラリは明るく笑って見せた。

 その笑顔は、食料と寝床を見つけたことの嬉しさで、ミュウに関する辛い真実を少しでも忘れようとしているかのようだった。


 ◇


「はい、これ」

「んっ!」

 ミュウと二人、宿屋の台所を使い野菜を煮てスープを作っていると、水浴びを終えたアークリートとリーナカインがやってきた。


「おぉ!? スープか! まともな食事がまた食べれるなんて!」

「わ、美味しそう! いつ振りだろう……懐かしい」


 二人に自然な笑みがこぼれた。

 アークリートは青い髪を下ろし、身体に密着したタンクトップとホットパンツ姿だ。まだ濡れている髪を指先で気にしていると、リーナカインが櫛をとりだして、アークリートの髪を指先で触る。


「アーク、座って」

「カイン……」

 愛称で呼び合うと、カインが後ろからアークリートの髪を梳いてやる。

 キッチンの椅子にアークを座らせて、カインが後ろから髪を梳かすという光景に、キラリは少しドキリとした。

 金色の髪のリーナカインも薄手のキャミソールのような緩やかな衣服をまとっているだけで、胸元やスラリとした脚が大胆に覗いている。


「私が居ない間、手入れもしてなかったでしょ?」

「そ、そんなことは無いぞ! それなりに……ちゃんと」

 赤面し大人しくなったアークリートの耳元で、カインがささやく。


「ふぅん? あとで点検するからいいわ」


 ――ちょ……え? なんか友達って雰囲気じゃないような……


 そもそも、今まで二人で水浴びをしていたわけで、つまりは「洗いっこ」ぐらいはしたということだ。

 思い返せばさっきも二人、手を繋いでいたような……。


 キラリは二人の様子に、ごきゅりとつばを飲み込んだ。


「いい匂いだね」

 妖艶とさえ言える笑みを浮かべて、カインがキラリの方を見た。

「ぼッ……! 僕とミュウの手製だから、あ、味は保障しないけどね!?」


 キラリはダダダと慌てて最後の野菜を刻んでなべに入れた。


「ていうかキラリは料理、できるのか!?」

 アークリートが凄く驚いた様子を見せた。

「男の子がお料理って、キミはどこでそんな特殊訓練・・・・を受けたんだい?」

 リーナカインも驚いた様子だが、この世界では珍しい事なのだろうか?


「いや、出来ないけど……味付けも何も、トマトと塩しかないから適当だよ」

「いい奥さんになれそうだね」

「なんでだよ!」

 その横ではミュウが、楽しそうに鍋をかき混ぜながら味見をしている。

「ん、……いい」

 ミュウが「おいしい」とばかりにこくこくと頷く。


 やがてテーブルには野菜たっぷりの暖かいスープと、隣家で見つけてきた穀物の粥が並んだ。

 ここ一週間の野宿で食べた木の実や干した魚、木の根に比べればかなりのご馳走だ。こんな荒れ果ててしまった世界で、またこんな食事にありつけることが無性に嬉しかった。


 蝋燭の炎が、壁に二つ三つと揺れる夜の食卓を4人は囲んでいる。


 キラリもミュウも、アークもカインも「いただきます」の合唱のあとは凄い勢いで食べまくった。

 戦いと緊張の連続だったけれど、こんなひと時が来るなんて、とキラリは少しだけ未来に希望を見た気がした。


 傍らでトマトの野菜スープを美味しそうに食べるミュウの横顔に目線を向ける。

「キラリ、おいし……ね」

「そうだね」

 ミュウの小さな微笑みに、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


 中庭では、馬くんが野菜をたらふく食べ終えて眠りについていた。その背中には、水色クラゲのホイップルも、ぐったりと伸びてくつろいでいる。

 敵の気配を察知したらすぐに知らせるプル! と息巻いていたが、どれほど役に立つかは怪しいものだ。


 ひとしきり食べ終えると、リーナカインが乾いた髪を結いながら、キラリをじっと見つめ、指先で形の良い顎を支える。

 そして、


「今夜、君の身体を知りたいんだ」


「なんんあなな!?」

 キラリは目を白黒させてブゥ! とスープの残りを噴いた。


 ミュウが「?」と小首を傾げ、アークリートが「んなっ!?」と口を半開きにした。


「――くすくす、キラリくん! 可愛いねぇ君は。言い方が悪かったかな? 身体検査させてくれといっているだけさ。君の特殊体質、たぶん――まだ全部力を引き出していないよ?」


「力を……?」

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