【19話】|慟哭(どうこく)


『――レェエッツ! 超融合コンバインドォオ――!』


 ハーグヴァーグが高らかに叫ぶと、真っ赤な光を全身から発し、7匹の豚人間オーク達を次々と吸い寄せてゆくのが見えた。


「な、なんだ!?」

「融合……合体するっプル!」

「合体!? んなアホな!」


『『『我らは……ひとつブギュル!』』』

『ブキュルル! 皆でひとつ! 我らは偉大なるッ……種族ゥウウ!』


 豚人間たちは恍惚とした表情を浮かべながら赤い光に包まれると、ブチュルブチュルと粘着質な音を立てて、肉体が融合しはじめた。溶けた肉が接合し、肩、胸、腹、股間、両膝に「豚の顔」を幾つも持つ、異形の怪物へと成長を遂げる。


 それは、もはやオークとしての原型を留めない「融合体」だった。

 例えるなら、肉で出来たカマキリのようにも見えなくもない。豚の手足がワサワサと全身から生えたでたらめで巨大な怪物は、割れたステンドグラスからの西日を浴びて、禍々しい異様なシルエットを玉座の間へと落とした。


『気ィ分ンンン! 爽快ィイイイイ! ブギギ! 逃がさぬ……ブギュルウ!?』


 8つの顔がグギュリ……と一斉にキラリ達を睨みつけた。


「な、なんだかヤバくない!?」

「ひとまず退却っプル!」


「アークリート! ミュウを僕の背中に!」

「あ、あぁ!」

 キラリはアークリートからミュウを背中で受け取る。

「ん……キラ……り……」

 苦しそうに眉を寄せるミュウの額には汗が浮かんでいる。


 ――ミュウの体内のドロップスが共鳴しているっプル


 先ほどのプルの言葉が脳裏をよぎる。だが今はそれを詮索している場合ではなかった。


 豚の赤い光に呼応するように苦しみ、唇を噛んで耐えているミュウを背負うと、キラリは玉座の間を飛び出して、廊下へと躍り出た。

 

 ――あの豚の怪物から距離をとるんだ!

 

 ミュウの体調悪化の原因が、豚が周囲に纏っている赤黒い光のせいなのだと、キラリは直感したからだ。

「走れるか? リーナ」

「うん、豚の着ぐるみだけど、なんとか」

 女戦士アークリートと、錬金博士リーナカインもそれに続く。


 逃げ出したキラリ達の背後で10本近い手足・・を百足のようにワサワサと動かしながら、怪物は物凄い勢いでこちらに向かってきた。


『待デゲエエエ! オノレラガァアアアア!』


 その姿に思わず怖気が走る。


「ひぇええ!?」

「走れっ!」


 が――。

『ギョギャブッ!?』

 巨大になった身体が「玉座の間」の扉につかえ、ブヨブヨとした身体から赤黒い汁を飛び散らせた。


「急ぐっプル! 今のうちっプル!」


「うぅ、うわわああああ!?」

 アークリートが叫びながら猛烈に走り出した。

 よほど生理的に受け付けないらしく、珍しく女の子のような涙目で。


 廊下を曲がり、すぐに距離を30メートルほど引き離したが、あの化け物の速度ならすぐに追いつかれてしまうだろう。


「城の外に出て、広い場所で距離をとって攻撃するしかないっプル!」


 キラリの頭部でクラゲ型に戻ったホイップルが、後ろを警戒しながら叫んだ。


「わかってる……よっ!」

 とはいったものの、背負ったミュウは女の子とはいえそれなりに重い。キラリの息が乱れ、歩みも必然的に遅くなる。

 見かねた錬金博士リーナカインは立ち止まると、金色のツンテールを翻してアークリートに向かって叫んだ。


「アークリート! 攻城弩砲ヴァリスタをここに置いて! 遅延射撃、10秒で!」

「ばっ!? これは私の命だ! 置いていけるか!」

「今は邪魔なだけ。後で取りに来ればいい! あの化け物をここで足止めするの!」

「――! わかった」


 女戦士は攻城弩砲ヴァリスタの三脚を引き出すと、素早く廊下に設置する。

 そして真正面に狙いを固定、PDB――毒化ポイズンドロップス弾頭バレットつきの矢をセットし、弓の弦をギリギリと引き絞る。

 そして最後にレバーを下げ、「遅延射撃」のスイッチを10秒の所に切り替える。


「えと……キラり君? だったよね。キミは先に! その子を安全な場所に!」

「う、うん!」


 リーナイカインがてきぱきと指示を出す。


 攻城弩砲ヴァリスタの遅延射撃装置は、バネ仕掛けのタイマーのようなもので最大で30秒、矢の発射を遅らせる事が出来る。

 これは森の中からの奇襲砲台として使うことを考慮した機能だが、発射した時点で射手は別の場所に移動しているという利点がある。


 この機能を使うとすれば、今なのだ。

 リーナカインは冷静に手持ちの武器の特性を判断し、アークリートに指示を下していた。

 その間にもキラリはミュウを背負い、ひたすらに階下を目指す。


「リーナ! 準備はいいぞ!」

「うん! これも念のため……っと」


 リーナカインは懐のカバンからワイヤーを取り出すと、矢の向けられた先の廊下にあった柱と、窓枠にひょいと、くくりつけた。


「それは?」

「ギロチンワイヤー。少しでも足止め」

「はは、さすがだな」

「どういたしまして」


 鉄製のワイヤーを結び終えると、リーナとアークリートは互いの手をとって再び走り出した。

『ブギギギ! まぁああテェエエエ』


 二人の背後からはワサワサワサと、多数の手足が這いずる異様な音が近づきつつあった。


 ◇


 キラリはなんとか城の前庭まで逃れてきた。

 あたり一面、豚人間オークの白い粉のような亡骸が散らばっている。


「はぁっ! はぁっ! 馬くん! 馬くんっ!」


 ――ヒィイイン!


 キラリの叫びに、城の外で隠れていた「馬くん」が城門をくぐり駆けつけてきた。


「ブヒュルルル……」

「ミュウをお願い! あとで……野菜をみつけてやるから」

「……ブヒュルル!」


 キラリは背負っていたミュウを馬の背に押し上げるようにして乗せた。


 ミュウは自力で這い上がり手綱を握る。その顔色は少し良くなり幾分回復しているようだった。やはりあの怪物から離れたのが良かったのだろう。


「共鳴範囲から外れたっプル……」

「……共鳴」


 キラリはプルのクラゲ顔を見据えた。


「キラリ! ……ん! まけ……ない」

「ミュウ……!」


 と、ミュウが弱弱しく手を伸ばし、キラリの頭を撫でた。

 そして頬や首筋、肩と、手の届く範囲でさわさわと触れて、一生懸命にキラリのエネルギーの回復を促そうというのだ。


 そのいじらしさに、キラリは思わず小さな手を握り、青い瞳を見つめた。


「ん? ……へい……き?」

 カタコトの言葉を必死で搾り出すミュウ。


「もう大丈夫。ありがとう、僕は負けないよ」


 エネルギー残量は4割。これだけあれば何とかなるだろう。


「……ブヒュル!」

「頼んだよ!」


 馬くんは、鼻息を荒くして前足で地面を蹴ると、再び城門の外へと駆けていった。

 城の外は安全な木陰や隠れ場所には事欠かない。


 赤毛のミュウが馬と共に走り去るのを見送ったキラリは、ふわりと眼前に浮かんだホイップルと向き合う。

 キラリの仲に、ある疑問が渦巻き始めていた。

 ミュウの体内にあるドロップスが、もしかしたらこの力を生むのだろうか? だとすればアークリートに撫でられてもエネルギーが回復する事と矛盾する。


 つまり、宝石ドロップスはミュウの体内で別の目的で宿っているのだ。


「プル、どうして……ミュウの体内に奴らと同じ宝石があるんだよ?」


 ホイップルは一拍の間を置いて、静かに語り始めた。


「……ミュウは石の力で生きている、異界の……人間ップル」

「異界の……人間?」

「キラリの世界とも、こことも違う、別の世界。そこで暮らしていた、一人の女の子」


 ぐわんと一瞬、世界が、視界が歪む。


「宇宙衝突……次元の重なりによって生まれた『ユガみ』が、キラリやミュウを、この事象地平セカイに送り込んだっプル。……もちろんボクもその一人だプル」


「ま、まってよ! なんだかおかしいよ!? 豚人間あいつらの中にある宝石ドロップスが……世界の歪みの象徴だって言ったじゃないか!? それをすべて破壊するか、集めてホイップルに渡さないと、世界は化け物に支配されたままだって……」

 キラリが詰め寄る。

「言ったプル」

 青い水色クラゲが首肯する。


 でも、それって、つまり――。


「歪みは……ドロップスという象徴として結晶したっプル。だから全て破壊しなければ、世界は元に戻らないっプル……」


「ふざけるなよ! そんな……そんなことって!」


 キラリは思わずホイップルを捕まえて叫んだ。


「――ミュウも……殺せっていうことなの!?」


「だ、黙っているつもりは無かったっプル! 君たちは……運命みたいに引き寄せられて、友達になってしまったっプル」

 プルが力なく頭をたれる。


「そんな……そんなのって」


 キラリはよろめいた。


 初めて出会った時から、ずっと傍に居て笑顔をくれたミュウ。

 自分が苦しくても、優しく名前を呼んでくれたミュウ。

 あの笑顔があったから、キラリはこのクソッタレな世界で、生きてやろうと決意したのだ。


 ――キラリ……、へいき?


「ミュウが……いてくれたから、僕は――」


 嫌だ……そんな、こんな事って……。

 思わず両膝を突いて倒れこみたい衝動に駆られる。けれど、ここは戦場なのだ。立たなければ、立ち向かわなければ、みんな殺されてしまう。

 頭では分かっていても、身体が震え、視界が狭窄する。


 と――、その時。

 

 アークリートとリーナカインが必死の形相で城の中から駆け出してきた。

「キラリ! 来たぞぉおおっ!」

「アークリート! 左右散開!」

 リーナカインが叫ぶと、アークリートは右、リーナカインは左へと息もぴったり、同じタイミングで分かれた。

 全力で走る青い髪のポニーテール戦士と、金色のツインテール。


 すぐに城の建物の奥から、ジュルドドド! と形容しがたい地響きが聞こえてきた。

 それは、8体の豚人間オークの集合体。

 豚人間の王、ハーグ・ヴァーグの成れの果てだった。

 毒の矢で射ぬかれ、ワイヤーで手足を切断され、それでも尚走り続ける盲目の怪物。 

 僅かに残っていた豚の知性すら吹き飛び、醜悪な存在――全身から出鱈目に手足を生やし、いくつもブタの顔が張り付いた――に変じていた。


『ブギュルァアアゴブギブジャヨオオオオーー!』


 ドウッ! と怪物が城の出入り口を破砕し広場へと躍り出た、瞬間。


「――――消えろ。消えろ! おまえぇはああああッ!」

 キラリの絶叫が響き渡った。

 そして、まばゆい太陽のような「光の束」が化け物を包み込んだ。

『ブッ――!?』

 真っ白な光は城門から廊下、壁をブチ抜き、背後の城壁にまで達すると、全てを一瞬で溶融させた。岩も煉瓦も蒸発させたエネルギーは、遥か彼方の、丘に立つ教会の建物を吹き飛ばした。


「ななな、なんというパワー!?」

「うそ、何なのよこれぇええ!?」

 アークリートとリーナカインが庭先の、石造の影に伏せながら叫んだ。

 

 やがて、静寂が訪れた。

 城の中央には大穴が開き、向こう側の景色が見えた。1キロ先の丘がえぐれ、地形が変わっている。


 そこには化け物など、跡形もなかった。


「はあっ……、はあっ……」

 夕日がキラリの長い影を地面に描き、荒い息遣いと共に揺れる。

 やがて、慟哭が響きわたった。


「うっ、ぅぁあ! ああああああああああっ!」


<つづく>

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