【15話】ホイップルの世界事情
「で、何処で何をしていたんだよ?」
「……その、あのっプル」
キラリはホイップルを優しく両手で掴み持ち上げた。
別に痛くなどしていない。
けれど水色クラゲは目を泳がせて、汗をダラダラと流している。
ホイップルの真下には、先刻「半漁人」と死闘を演じたばかりの清流が何事も無かったかのように、サラサラと音を立てて流れている。
朝日が川面を照らし、小鳥のさえずりも心地よい。
「下ろしてっプル! ボクは泳げないップルー!」
「はぁ!?」
衝撃的な真実が告げられる。
クラゲだとばかり思っていたが、それ以前の問題のようだ。もはや怪しさ120% 胡散臭いことこの上ない。
「確かプルさ、『振動センサーがあるから任せるップル!』とか言ってたよね? なんで奇襲を受けちゃうのさ?」
キラリは半眼で、先刻の半漁人たちの襲撃のことを問い詰めた。
「そ、それは謝るップル……。地面の振動は検知できても、水中まではわからなかったっプルよ」
「……ふぅん?」
「わかってくれたっぷる?」
きゅぴっと潤んだ瞳で見上げてくる。
ちょっとイラッとするが、なんとなく筋の通った言い訳に聞こえるので、渋々納得する。それよりも聞きたいことが一つあるのだ。
あの時、ホイップルは「神様と通信を試みて――」と言ったのだ。
キラリは自分がこの世界に来た顛末、あまりにも明確な「前世」の記憶を持っていることに、疑問を持ち始めていた。
生きるか死ぬかのこの過酷な状況とは無縁の……平和で幸せな世界。
「ねぇプル。そろそろ説明してくれてもいいんじゃない?」
キラリはホイップルの脚を腕に巻きつけて、手乗りクラゲのようにして尋ねた。
「……わかったップル。実は……」
「実は?」
「ボクはこの世界に送り込まれた『端末』、キラリの脳内言語で翻訳すれば『
「それは、前聞いた気がする」
ホイップルは真剣な顔つきになると、キラリを真正面から見た。
「キラリの解るように話すから、よく聞いてほしいっプル。……ボクの使命は、
「はぁ……!? 宇宙……衝突?」
キラリは首をかしげた。既に頭が付いていかない。宇宙が何と衝突するのだろう?
それにホイップルが多元的に存在するって……。
思わずポカンとする。
頭上では小鳥がチチチ、と光の中を空へと舞い上がってゆく。
「キラリの概念でいうなら、『ゲーム』の世界同士が、信じられないほど沢山の世界が、宇宙という
「わかるような、判らないような……」
けれど概念としてはなんとなく解る。
ファイルを強引に上書きして、データ領域を壊したとか、フォルダ名を変えてしまったとかそんなイメージなのだろうか?
だが、自分が殺されて異世界に飛ばされたことに、どんな意味があるのだろう?
「その歪みの象徴概念が、この世界に『宝石』として物質に転化し降り注いだっプル」
――それが、ドロップス。あの不死の怪物を生み出す力の源!
「それを、僕という別の次元から送り込まれた存在が……打ち消す、とかそういう意味合い?」
キラリはようやく察しがついた。
たとえば邪悪な魔力の生じた世界に、対抗する聖なる力場が生じ、相対する。
それは、キラリの生きてきた世界ではよく目にして耳にしてきた「物語」だ。
「キラリは、別の世界の『
「ま、とにかく……歪みの元を取り除くしか無いってわけね」
キラリはもう笑うしかなかった。
うんっ……と背伸びをして、新鮮な空気を吸い込む。
死んで謎の神様とクラゲに出会い、この殺伐とした異世界にやってきた時点で、もう頭のネジなど吹き飛んでいた。まともな概念で説明しようにも出来ない話なのだ。
けれど、判っていることは唯一つ。
ここで生きて、ミュウやアークリートさんを救うことが、結果、世界を救うのかもしれない。
「キラリ、実はもう一つあるっプル」
「? まだ何か、あ、プルの正体はもういいよ」
「ちがうっプル。ミュウの事……」
「キラリ!」
と、
そこへ食料を集めに行っていたアークリートとミュウが戻ってきた。
二人で馬に乗り、これからの旅に備えようというのだ。
「ただいま、
アークリートは「ユーフォリア」という植物の葉をいくつも手に持っていた。
それは食虫植物の一種で30センチほどの大きさもある補虫のための「袋」だった。それは中に消化液が入っているのだが、洗えば丈夫で便利な「水筒」代わりになるという。
「……キラリ! ん!」
次にミュウが嬉しそうに見せてくれたのは、袋の中に詰まった沢山の木の実だった。
「これで、しばらくは旅を続けられるだろう。馬もあるんだ。とりあえず大きな町に向かってみようと思う」
清流沿いに進めばやがて草原へと出て、街道へとつながり、そこを更に東へと進めば大きな街があるのだとか。
「ひとまず港町からの海外脱出はお預けだね」
「すまないが、そういうことになる。ここからは危険な旅になるぞ?」
「平気だよ。僕の力、見たでしょ?」
キラリはひとさし指の先で、焚き火の残骸に火をつけて見せた。
ボウッ! と音を立てて炎が燃え盛った。ビームの出力調整は、日を追うごとにコツを掴んできた気がする。
「おぉ……! キラリはまるで、伝説やおとぎ話に出てくる『魔法使い』みたいだな? アハハハ」
「魔法……使い?」
アークリートはそう言うとニッと白い歯を見せて微笑んだ。
――はは、僕が魔法使い、ね。
悪くないや、とキラリは微笑むと、ミュウと身支度を始めた。
「行こう! アークリートさんの友達を助けに!」
「あぁ!」
「んっ!」
「プル」
そして――。キラリたちは次の町を目指し森を後にした。
◇
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