【15話】ホイップルの世界事情

「で、何処で何をしていたんだよ?」

「……その、あのっプル」


 キラリはホイップルを優しく両手で掴み持ち上げた。

 別に痛くなどしていない。

 けれど水色クラゲは目を泳がせて、汗をダラダラと流している。


 ホイップルの真下には、先刻「半漁人」と死闘を演じたばかりの清流が何事も無かったかのように、サラサラと音を立てて流れている。


 朝日が川面を照らし、小鳥のさえずりも心地よい。


「下ろしてっプル! ボクは泳げないップルー!」

「はぁ!?」


 衝撃的な真実が告げられる。

 クラゲだとばかり思っていたが、それ以前の問題のようだ。もはや怪しさ120% 胡散臭いことこの上ない。


「確かプルさ、『振動センサーがあるから任せるップル!』とか言ってたよね? なんで奇襲を受けちゃうのさ?」


 キラリは半眼で、先刻の半漁人たちの襲撃のことを問い詰めた。


「そ、それは謝るップル……。地面の振動は検知できても、水中まではわからなかったっプルよ」

「……ふぅん?」

「わかってくれたっぷる?」


 きゅぴっと潤んだ瞳で見上げてくる。

 ちょっとイラッとするが、なんとなく筋の通った言い訳に聞こえるので、渋々納得する。それよりも聞きたいことが一つあるのだ。


 あの時、ホイップルは「神様と通信を試みて――」と言ったのだ。


 キラリは自分がこの世界に来た顛末、あまりにも明確な「前世」の記憶を持っていることに、疑問を持ち始めていた。

 先週・・見たアニメのこと、セーブしそこなったゲームの事。すべてが手に取るように思い出せる。

 生きるか死ぬかのこの過酷な状況とは無縁の……平和で幸せな世界。


「ねぇプル。そろそろ説明してくれてもいいんじゃない?」


 キラリはホイップルの脚を腕に巻きつけて、手乗りクラゲのようにして尋ねた。


「……わかったップル。実は……」

「実は?」

「ボクはこの世界に送り込まれた『端末』、キラリの脳内言語で翻訳すれば『多元宇宙対人類種情報端末パラレルターミナル・パッド』ップル」


「それは、前聞いた気がする」

 ホイップルは真剣な顔つきになると、キラリを真正面から見た。


「キラリの解るように話すから、よく聞いてほしいっプル。……ボクの使命は、宇宙衝突・・・・で生じた多元世界の『歪み』を補正することっプル。ボクは同時に、あちこちの時空、宇宙に同時に存在するっプル」


「はぁ……!? 宇宙……衝突?」


 キラリは首をかしげた。既に頭が付いていかない。宇宙が何と衝突するのだろう?

 それにホイップルが多元的に存在するって……。

 

 思わずポカンとする。

 

 頭上では小鳥がチチチ、と光の中を空へと舞い上がってゆく。


「キラリの概念でいうなら、『ゲーム』の世界同士が、信じられないほど沢山の世界が、宇宙という空間領域リソースを互いに消費して、一部分が壊れ混じり、歪んだっプル」


「わかるような、判らないような……」


 けれど概念としてはなんとなく解る。

 ファイルを強引に上書きして、データ領域を壊したとか、フォルダ名を変えてしまったとかそんなイメージなのだろうか?

 だが、自分が殺されて異世界に飛ばされたことに、どんな意味があるのだろう?


「その歪みの象徴概念が、この世界に『宝石』として物質に転化し降り注いだっプル」


 ――それが、ドロップス。あの不死の怪物を生み出す力の源!


「それを、僕という別の次元から送り込まれた存在が……打ち消す、とかそういう意味合い?」


 キラリはようやく察しがついた。

 

 たとえば邪悪な魔力の生じた世界に、対抗する聖なる力場が生じ、相対する。

 それは、キラリの生きてきた世界ではよく目にして耳にしてきた「物語」だ。


「キラリは、別の世界の『欠片カケラ』を身に宿した『回復鍵』っプル。そのビームの力は、数百兆ほど位相のずれた世界で使われていたものップル。それが衝突の衝撃で転移して、宿ったと思ってほしいっプル」


「ま、とにかく……歪みの元を取り除くしか無いってわけね」


 キラリはもう笑うしかなかった。

 

 うんっ……と背伸びをして、新鮮な空気を吸い込む。

 死んで謎の神様とクラゲに出会い、この殺伐とした異世界にやってきた時点で、もう頭のネジなど吹き飛んでいた。まともな概念で説明しようにも出来ない話なのだ。

 

 けれど、判っていることは唯一つ。

 

 ここで生きて、ミュウやアークリートさんを救うことが、結果、世界を救うのかもしれない。


「キラリ、実はもう一つあるっプル」

「? まだ何か、あ、プルの正体はもういいよ」

「ちがうっプル。ミュウの事……」


「キラリ!」


 と、

 そこへ食料を集めに行っていたアークリートとミュウが戻ってきた。

 二人で馬に乗り、これからの旅に備えようというのだ。


「ただいま、水筒・・を見つけたよ」

 アークリートは「ユーフォリア」という植物の葉をいくつも手に持っていた。

 それは食虫植物の一種で30センチほどの大きさもある補虫のための「袋」だった。それは中に消化液が入っているのだが、洗えば丈夫で便利な「水筒」代わりになるという。


「……キラリ! ん!」

 次にミュウが嬉しそうに見せてくれたのは、袋の中に詰まった沢山の木の実だった。


「これで、しばらくは旅を続けられるだろう。馬もあるんだ。とりあえず大きな町に向かってみようと思う」


 清流沿いに進めばやがて草原へと出て、街道へとつながり、そこを更に東へと進めば大きな街があるのだとか。


「ひとまず港町からの海外脱出はお預けだね」

「すまないが、そういうことになる。ここからは危険な旅になるぞ?」


「平気だよ。僕の力、見たでしょ?」


 キラリはひとさし指の先で、焚き火の残骸に火をつけて見せた。

 ボウッ! と音を立てて炎が燃え盛った。ビームの出力調整は、日を追うごとにコツを掴んできた気がする。


「おぉ……! キラリはまるで、伝説やおとぎ話に出てくる『魔法使い』みたいだな? アハハハ」

「魔法……使い?」


 アークリートはそう言うとニッと白い歯を見せて微笑んだ。


 ――はは、僕が魔法使い、ね。


 悪くないや、とキラリは微笑むと、ミュウと身支度を始めた。


「行こう! アークリートさんの友達を助けに!」

「あぁ!」

「んっ!」

「プル」


 そして――。キラリたちは次の町を目指し森を後にした。

 

 ◇

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