【14話】初めての水中戦
異変にいち早く気がついたのは木に繋がれて眠っていた「馬くん」だった。
「……な、何だ?」
「…………キラリ…………?」
アークリートとミュウが何事かと身を起こすと、キラリの悲鳴が響いた。
「うわぁあああああっ!?」
キラリの足を掴んだのは、ヌメヌメとした緑色の鱗に覆われた「
目鼻は人間のそれとはかけ離れていて、魚を正面から潰したような醜さだ。耳からアゴにかけて生えているのは髭ではなく、外に突き出した「エラ」だと判る。
緑色で毛の無い頭頂部から背中にかけて、あるいは手の甲から腕に至るまで、魚のヒレにそっくりな器官が飛び出し、呼吸と共に開いたり閉じたりを繰り返している。
『血の臭いを辿って来てみれば、オマエ……まだ……生きてるッギョ?』
怪物が逆に驚いたように唸った。耳障りな湿った声だ。
「血……!」
キラリはハッとした。
昼間にミュウとアークリートの
――僕のせい!?
そして、眠っていたキラリを死体と勘違いしたのだろう。驚き具合で言えばキラリのほうが上なのだが。
『生きてるッギョか……』
すこし残念そうにエラを膨らませる。
「いっ、生きてるよ! てか……、生きてたら食べないの?」
キラリは
『まぁ、水に沈めて息を止めれば同じギョッ』
「やっぱりィ!?」
体温を感じさせない半漁人の冷たい手が、キラリの足を掴んだまま凄まじい力で引っ張りはじめた。
抵抗しようにも石の上を引き摺られ、背中が痛くて悲鳴を上げる。
「い、痛たた! ちょっ! 離せこのっ……ッ!」
ジタバタと暴れて、掴んでいる手を蹴りつけてもビクともしない。『偉大なる種族』と呼ばれる怪物たちは、その気になればキラリの足を引き抜くことさえ可能だろう。
それをしないのは、彼らにとっての
見ると川面からは同属と思われる怪物が数体、前傾姿勢で立ち上がっていた。
――川に引き摺り込まれたら終わりだ!
ゾクリと本能が警鐘を鳴らす。
水の中では呼吸はおろか身動きすらもままならない。ましてや、唯一の対抗手段ともいえるビームを、水は減衰させてしまうだろう。
川まではあと1メートルも無いほどにキラリは引っぱられていた。
「キラリを離せこの化け物がああっ!」
見れば寝起きそのままで青い髪は下ろされている。上はタンクトップ、下半身は紐で止めるタイプの下着が丸見えだ。ちなみにパンツは腰の左右で蝶々結びされている。
「――って、それよりアークリートさんっ! 他にも仲間が居るッ!」
「なっ!?」
キラリが叫んだ事により、間一髪。川の中から不意の奇襲に対処することが出来た。
『ギョッギョーッ!』
ギィン! と鋭い爪の一撃を剣で弾き返し、後方に飛んで間合いを取る。しかし半漁人3体が新たにジャバジャバと水中から現れ、アークリートの行く手を阻んだ。
『ギョッ!?』
『メス人間ギョ!』
『卵を産んでくれるギョ!』
「産むか! 近づくな貴ッ様らぁあああッ!」
勝手なことを抜かしつつ、手とヒレをワサワサさせながらにじり寄る半漁人に、アークリートが半ギレで剣を振り回すと、その気迫に押され半漁人たちが後ずさる。
『マリッジブルーッギョ!?』
と、馬の
「ん――ッ!」
ミュウが「馬くん」の背中にしがみ付き、アークリートを狙う三匹に突進、ブヒュルルル! と激しく嘶いて巨体で半漁人たちを川へと追い散らした。
「ミュウ! 助かったぞ!」
「……ん! んんっ!」
ミュウが大ピンチのキラリを必死で指差す。
「わかっている、キラリを助ける!」
「んっ!」
ミュウの後ろに飛び乗ると、アークリートは馬の手綱を取りキラリの元へと急ぐ。だが、キラリは既に水の中にザブザブと引き込まれていた。
「うごっ! ゴポポッ!?」
遂に全身が水の中に沈む。川はさほど深くない筈だが、倒れてしまえばそれは溺れるほどに危険な状態になる。
だが、その時。
「キラリーッ! 遅くなったっプル! 戦闘合体キラリ!」
「プルッ!」
ビターン! と水色クラゲがキラリの顔面に張りつく。前回のように耳ではなく、顔全体を覆うバイザーのように広がり顔の前に空間を作る。
――息が出来る! そうか!
「ぷはっ……これ、水中戦闘用ってこと!?」
「そうっプル! ボクが酸素を取り込んでルップル!」
見ると脚の一本がピンと伸びて、水面にシュノーケルのようになっている。という事は対応できる水深はせいぜい1メートルだろうか。
なんとも中途半端だが、溺れるよりは遥かにマシだ。
「プル! それより何処に行ってたんだよ!?」
「そ、その……神様と交信を試み……、とにかくそれは後ップル!」
「神……」
何かやはりホイップルには秘密があるようだ。だが、今はそれどころではない。
キラリの脚は掴まれたままだ。身体は水流に呑まれながら流されている。そして半漁人が、いよいよキバの生えた口をカハァ! と開く。
「くそ! ホイップル!」
「これが……使えるップルー!」
そう言った途端、キュピ、キュピピン! と電子音がキラリの耳に響き、眼前の視界に重なるように半透明の図形が浮かび上がった。
それは人型の
肩から二本、赤い棒のようなものが延びてピコピコ赤く光っている。
「これ……!?」
「アークちゃんに貰ったエネルギーの波動が生み出した、新ビーム兵装ップル!」
「アークリート、さんに? 新ビーム……そうか!」
キラリは背中に手を伸ばした。手の先に熱いエネルギーを握ったかのような、不思議な感覚が伝わった。
次の瞬間、赤い光が背中から迸った。
それを引き抜くように振り出すと、一振りの「光の剣」が手に握られていた。長さは1メートルを越えるが重さなど感じない 、まばゆく輝く剣。
「光の剣……ビーム・ソード!?」
「そうとも言うップル! 正確には『循環型粒子ビーム収束帯』 ……ビームを極限まで湾曲し円環上に循環させて光の刃として形成し……」
「でぃやぁああああああああああッ!」
キラリはビームソードで足をつかんでいる半漁人を切りつけた。
『ギョベヘエエ!?』
袈裟斬りされた半漁人は、何が起こったかわからないという表情のまま真っ二つになり、水中で大爆発を起こした。
「って、説明が終わってないップルよ! プラズマコートされているので、空中や水中の粒子との衝突が少ない、つまり減衰しないっプル! 持続時間は二分が限界っプル!」
「わかる! 充分だ!」
キラリはプルが何を言おうとしているか、直感で理解できた。
水中から立ち上がると岸に上がり、馬で掛けてくるアークリートたちを目にする。
よかった――無事だった。
キラリはただ、ひたすら安堵している自分に気がついた。
自分のことよりも、ミュウとアークリートが居てくれることに感謝する。
だが、背後からは三匹の醜悪な半漁人が追いかけてきていた。
やっと見つけた大切な仲間を奪おうとする、敵。
「キラリ! 無事か! その光の剣は!?」
「……キラリ!」
瞳を輝かせるアークリートとミュウにキラリは、静かに、けれど力強く返事を返す。
「うん! あとは……まかせてッ!」
キラリはそういうと弾かれたように駆け出した。
「キラリ!」
顔のホイップルバイザーを外し、自らの感覚で手にした光の剣を構えて、アークリートとミュウの乗る馬と交差する。
『なんだっギョブ!』
『オレの卵ォオオオオ!』
『邪魔するなッギョォオオっ!』
そして、光の剣を振り上げる。
「――――たぁああああッ!」
一太刀、二太刀。二体の半漁人を縦に、横にとに分割する。
まるで紙を切り裂くような、驚くほどに少ない手ごたえ。悲鳴すら上げず爆発四散する敵を振り返りもせず、キラリは最後の一体に真っ直ぐに向かう。
その瞳には決意の光があふれていた。
僕が――
「守るんだ!」
『ギョ、ギョォオオオオオオ!?』
光の刃が、緑色の身体を貫き、一瞬で霧散させる。
「……必ず」
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