【13話】焚き火を囲んで



「いやぁ、一時はどうなるかと思ったップルね!」

「どうもこうも、ここが地獄なのか天国なのかわからないよ」

「それは……生きる者が決めることっプル」


 鼻にテッシュを詰めたキラリが力なくツッ込むと、ホイップルがフッと遠い目をする。


「……キラリ?」

「だ、だいじょうぶだよ」

 ミュウが心配そうに覗き込むが、キラリは赤面し目をそらした。


 天真爛漫な一糸纏わぬミュウの「全裸解放」を真正面から見てしまったキラリは、身体の一部・・に集中しそうになる血流を気合で押さえ、紳士のようになんとか平静を装った。

 だが――。なんとか耐えていたキラリだったが、その後すぐに周囲の安全を確認し終えたアークリートが川原にやってくると、躊躇いもなく鎧を外し堂々と水浴びを始めたのだ。


 見事に割れた腹筋や、鍛え抜かれた上腕筋を惜しげもなくさらす、弾むように揺れるタンクトップのまま水に入り身体を洗い始めたのだ。

 下はかろうじてホットパンツを履いてはいるが、大胆極まりない姿になっていた。そして――、


「三人もいるんだし、互いに洗ったほうが早いな」

「――ブハッ!?」


 キラリの鼻腔内の毛細血管が破裂したのは、その瞬間だった。


 川が鮮血で染まり、キラリは白目状態のまま水死体のように流れていくところだったが、アークリートが慌てて引き上げてくれて事なきを得た。


 ちなみにテッシュは制服のポケットに少しだけ残っていたものを詰めている。


「僕さ、二次元なら慣れてたつもりだけど、リアルだと、どうしていいか……」

「一緒に洗えばいい、と思うっプルよ?」

 しれっという水色クラゲ。

 キラリが羞恥や規律に敏感すぎる世界で生きてきたからか、ミュウたちがあまりに開放的で寛容なのかは判らない。

 けれど文化や風習の違いは、異世界である以上慣れていくしか無さそうだ。


 ◇


 時刻は夕刻。

 夕闇が迫る川原で、キラリたちは焚き火で炙った魚にかぶりついていた。


 馬は近くの木に繋いでいるが、大人しく草を食べている。血肉を欲しがると思ったが、そうでもないらしい。顔つきも怪物じみたものから、毒気が抜け普通の馬のようになりつつあるようだ。


 ホイップルも美味い美味いと焼き魚を食べる。なんでも生だとお腹を壊すらしい。キラリはその様子を虚ろな瞳で眺めていた。

 そもそもホイップルはクラゲかどうかも怪しい生き物なのだが、ミュウもアークリートも、意外にもすんなり受け入れている。

 おそらく「ツッ込んだら負け」という暗黙の認識があるのかもしれない。


「ミュウ、美味しい?」

「ん!」

 魚を食べるキラリの横で、下着姿・・・のアークリートと、薄着一枚のミュウが、木の実や焼き魚を頬張っている。

 実に刺激的な姿の女戦士だが、どうやらキラリをかなり年下の、弟ぐらいの子供と勘違いしているようで、出会って半日足らずだというのに、まったく警戒するそぶりも無い。


 魚はアークリートとミュウと三人で、追い込み漁で捕らえたものだ。ウグイかコイに似た魚は思いのほか臭みも無く、アークリートの持っていた岩塩で味をつけると美味しかった。

 木の実はミュウと、日が暮れる前に周囲で集めたものだ。ドングリっぽい木の実とベリーのような甘い実が採れた。

 ドングリは生だと渋すぎて食べれなかったが、焼くとホクホクして甘くなった。


「で、さっきからキラリの話は一々難解だが、どこかで学んだのか? 王族なのか?」

「いや、そんなわけないけどね……」


 アークリートはあぐらをかき豪快にかぶりつきながら、キラリに興味がある様子で、いろいろと尋ねてくる。

 ミュウは女の子らしい「ぺたんこ座り」で、大人しくはぐはぐと食べている。


 ホッとする時間だった。こうして焚き火を囲み食事にありつけたことは、とても有難かった。

 敵の襲撃には警戒しなければならないが、ホイップルが地面に脚を一本突き刺して「振動センサーップル」と言ってくれている。接近してくるものがあれば周囲300メートル圏内で判るのだとか。


 アークリートは、久しぶりに気持ちが緩んだのか、いろいろと会話も弾む。もっぱらの話題は、恐ろしい敵の正体と対処法だが。


「――偉大なる種族は、この宝石『ドロップス』を一つ体内に宿すことで力を得ているらしいんだ」


 アークリートが鎧を磨きながら、憎憎しげに言った。


「種族とそれぞれの個体に特有な、活性化現象をひき起こしているっプルね……」

「活性化……現象」

 ホイップルが顔を腕で支えつつシリアスな顔つきになる。


「『ドロップス』が、身体強化や異常な回復、知能増長を、豚人間やオオカミ人間に与えているっプル。だけど、この宝石には……数には限りがあるはずっプル」


 ホイップルも、全てを知ってるわけでは無さそうだった。

 大まかに世界に何が起きているか、あるいはキラリの身に起きた「ビームを撃つ力」に関しては知っていても、敵の細かな能力や文化風習には詳しくなかったりと、どうも知識にムラがあるようだ。


「アークリートさんの凄い弓は、どうやってあの化け物を倒したの?」


「あぁ。PDB――毒化ポイズンドロップス弾頭バレット――な」


 アークリートがポーチから赤い宝石の付いた矢尻を取り出して、炎に掲げて見せた。不思議な光は、キラリが豚人間が消えた後から拾ったものとはまた違っていた。


「違う固有波形に変換した『ドロップス』を相手の体内に打ち込んで、免疫反応を極大化……まぁ、強力な超拒絶反応で内部崩壊させるっプルね」


「……? なんだかわからんが、まぁ……武器は武器だ。残り2発しかないのだがな」

「補充は出来ないの?」

「私の親友だった学者先生から託されたものでな、これしない」

「学者……?」


「あぁ。リーナカインという娘さ。隣国ヒールブリューヘン王国の魔道博士だったらしいが……、へんな研究ばかりして城を追放されて、私達傭兵団と行動を共にしていたんだ」


「魔道……リーナカイン博士!」

 キラリとホイップルは顔を見合わせた。


「けれど……あいつは、連れ去られてしまった」

 青い髪をポニーテールに纏めた女戦士は、表情を曇らせた。


「あの、豚人間たちに?」

「そうだ。食うためじゃない。となれば……生きていてもどんな目にあわせられているか……」

 重苦しい沈黙が漂う。

 パキ、と焚き火の小枝が燃え落ちて、火の粉を散らしながら天に昇ってゆく。


 気が付くと、あたりは深い闇に沈んでいた。そこでキラリが話題を変える。


「ね、魔道って言ったよね? この世界って魔法があるの?」

「はは? やはり子供だな。魔法なんておとぎ話だ。そんな物があったら、あんな化け物あっという間にやっつけられるさ」


「そうなんだ……」

「だけど、リーナカインは錬金術を転用して、この宝石をヤツらと戦う武器に変えてくれたんだ。だが、もう……それも終わりだ」


「じゃぁ! 助けに行こう!」

「キラリ……」


 キラリは立ち上がった。いい加減座りっぱなしでお尻が痛くなったせいでもあった。


「その博士ならいろいろ知ってるんじゃない? 対抗する術だって、こうして見つけたくらいの人なんでしょ?」


「だが、何処にいるかも判らないんだ」


「それなら、僕に考えがある。町を襲った豚人間たちは『バーグ様のところへ連れていく』って言っていたんだ」

「バーグ……! 聞いたことがあるぞ、豚の王とかいう噂を」


 アークリートが瞳を輝かせた。

 鼻血も止まり腹も膨れ、ようやくキラリも元気になったようだ。アークリートだけでなく、ミュウも青い瞳をキラリに向ける。


「だが、連中のアジト…………巣がわからんのだ」

「それは、このくんに聞けば、どうかな?」


 おぉ! と、アークリートとホイップルが手を打ち鳴らした。

 港町に行って船を見つけたとしても、安全な場所に行けるとも限らないのだ。


「どのみち逃げ場なんてないんだ。僕のこの力があれば、そう簡単には負けないってことが判ったし、今はアークリートさんもいる」


「……そうか、そう言ってくれるなら。だが……危険な旅になるぞ」

 それが、アークリートの本来の目的でもあるのだ。

 半ば諦めていたが、博士なら何か知恵を駆使して生きているかもしれない、という期待が再び膨れ上がった。


「構わない。どうせ僕は、もう……戻れないんだ」

 キラリは迷いを断ち切り、この世界で生きていくという覚悟を決める。

 初めて出来た友達ミュウと旅の仲間アークリート。自分ならばきっと守れるはずだと信じたかった。


 ――その為の『力』なんだよね? ホイップル。


「キラリ……。ん!」

 ミュウが手を差し出して、キラリと握手。そしてアークリートとも手を結ばせる。

「あぁ、よろしくな、キラリ」

「うん!」

「ん!」


「いいっプルね! 目的も出来たしボクも協力するっプル! どうせ……たくさん集めるまでは帰れないップルし……」

「え?」


「なな、何でもナイップル!きょ、今日はここらで休むっプル!」


 ◇


 そして、夜半も過ぎたころ。

 パシャッ……という何かの水音が寝ていたキラリの頭上で響いた。そして、何か湿ったものが動いているような気配がした。


「……ん?」


 周囲はまだ暗い。

 アークリートとミュウは、座っている馬に寄りかかるように眠っている。

 朝の4時前ぐらいだろうか? 空には青白い光がえた。


 ポタポタ、ピシャッ……。


 ――なんだ? ホイップル?


 生臭い臭いと気配に、キラリがハッとした。次の瞬間そm、冷たくヌルリとした手がキラリの脚をつかんだ。

「う、わぁああああっ!?」

ィイイイ! 新鮮な血の……匂ィギョオオオオッ!』


 それは――半漁人型の生物だった。


<つづく>

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