【7話】ぼくの|恥丘《ちきゅう》をこすって

 煤けた町の中心で、巨大で醜い三匹の豚人間オーク達がブギイイイ! と、耳障りな叫び声をあげた。

 埃っぽい風が吹き抜けて、聞き取りにくい人語を運ぶ。


『バーク・ハーグ様ぁああああ! 人間の反逆者・・・だブギイイイ! 我らに逆らう下等・・種族・・が、ここに居るブギイイイ!』


 不明瞭ではあるが明らかに何者かの名を叫んでいた。それは豚人間オークの一団を操る、更なる上位存在・・・・がいる事を示唆していた。


 だが――キラリはそれどころではなかった。


 ゲームキャラの「無敵状態」が終わった時と同じ、ピンチだという自覚はあった。

 転生前、暖かい部屋で寝転がって熱中していたゲームと違うのは、ゲームオーバーは即ち「死」を意味する本当のデス・ゲームということだ。


「エ、エネルギー切れたらどうなるのさ!?」


「ビームが出ないップル」


 しれっとした声で言う水色クラゲ。

 左目を覆うバイザーから見える視界の隅で、空の電池マークが点滅していた。


 キラリの快進撃の源、体内に蓄積していた蓄積型環状荷電粒子ルーティクル・チャージが切れたのだ。


「……コンセントは?」

「無いップル」


 星園キラリは薄々とは感ずいていた。だが、念のため――万が一の勘違いである事を願って――ホイップルに尋ねてみる。


「じゃあ……、どうやってエネルギーを充電するのさ?」


「女の子に身体をこすって貰うっプル! 体のどの部分でもいいプルよ!」


「はぁっ!?」


 それはキラリの本気の「はぁっ!?」だった。


「大声出さなくても聞こえるップル!」

「なんだよそれ!?」


「キラリの腕でも脚でも顔でもいいっプル。とにかくに身体を触ってもらうか、こんな風に……コシコシ擦ってもらうっプル」


 クラゲが卑猥に一本の腕をシュッシュと上下させる。


「ばっ……! バカじゃないの!?」


 キラリが顔を真っ赤にして叫ぶ。見事な青筋を額に浮かべながら。


 二歩下がった位置でミュウがビクっと、不安げな顔をしていた。

 相変わらず言葉こそ発さないが、キラリ、大丈夫かな? という色が浮かびつつあった。


「男はもちろん駄目っプル! 男の娘はギリセーフっプル!」

「セーフなのかよ!?」


「まぁ、基本女の子っプル! 理由は複雑ップルが……人間というこの次元の宇宙における『自己認識可能な粒子塊』は、自己と異なる存在との境界面接触によって励起し次元跳躍した空間の余剰エネルギーを一番効率よく量子トンネル効果でって……イテテテテ!?」


 キラリは左耳に取りいているホイップルの頭をむんずと掴む。


「じゃぁ何? あの化け物と戦うたびに、僕は女の子に……その……『お触り』してもらわなきゃならないの? ん?」


「端的に言えば、そうっプルね」

「バカなの死ぬの!? 誰だよ設定考えたヤツは!」


「バカとは何っプル!」

「お前か!」


「痛い痛いたた! 違うっプ……あっ!? 後ろに丁度……可愛い女の子が!」


 ホイップルが脚で強引にキラリの首を後ろに回す。そこにはキラリとホイップルのやりとりを困惑した顔で眺めながら、オロオロするミュウが立っていた。


 しかも、手を伸ばせば届きそうな絶妙な位置に。


「さぁ、ミュウに頼むっプル! 死にたくなければ……、触らせてとお願いするっプル!」


 こんな神がいてたまるかとキラリは心の中でツッこみつつも、自分を友達だと言ってくれたミュウの顔を見て、躊躇う。


「う……」


 背後からは地響きとブギョアア! という叫びと共に貴族服の豚ボスと、手下の二匹が急速に近づいていた。

 目の前の半透明のバイザーにも接近警報と共に『触ってもらってエネルギーチャージ♪』という、実に腹立たしい表示が繰り返しスクロールされていた。


 背に腹は変えられない。


 残る三体を倒さねば、この戦いに終止符が打てないのだ。


「ミュウ、あのさ……その」

「……? キラリ?」


 赤毛の少女は小首をかしげ、澄んだ青い瞳を瞬かせた。


 おそらくミュウはこの人間が易々と惨殺される世界で、孤独と恐怖に耐えながら生き抜いてきたのだろう。

 そして、ようやく見つけた希望と、キラリという友人。


 どれほど嬉しく、心強いことだろう。


 なのに、その友人はこう言うのだ。


 ――僕の恥ずかしいところを……こすって。


「って――言えるかぁあああっ!?」


 キラリが頭を抱えて悶絶する。


 だが、その時。


『死ねブギィイイイイイッ!』


 背後で空気を切り裂く音がした。ブゥオン! という音と共に、なんと貴族服の豚人間オークが仲間の一人をこちらに放り投げたのだ。


『兄貴飛んでるブギュルウウグ!』


「キラリ伏せるっプル!」


 ホイップルの叫びと共に、赤い矢印が、けたたましく警告音を鳴らす。


「うわぁああああ!?」

「……きゃ!」


 キラリは咄嗟にミュウに覆いかぶさるようにして地面に伏せた。頭上をかすめて、巨大な肉の弾丸が飛んでいき、背後で家の壁へと激突した。


『――ブギィ!?』

 崩れた日干し煉瓦の壁から土ぼこりが盛大に吹き上がり、家の中では隠れていた人が悲鳴を上げて逃げ惑っていた。


「あ、危なかったブル!」


「大丈夫!? ミュ…………うああっ、ごめ!?」

「……や……っ!」

 キラリは倒れた拍子にミュウのに片手をついてワシ掴みしていた。

 クッションになるほど肉感はないが、膨らみ始めた胸は、なんともよい感触で――。

 ミュウが手をどけてー! と、怒ったように頬を膨らませてキラリの腕を掴んだ、そして持ち上げようとしたその動きは「上下運動」そのものだった。


 瞬間、ビリリッ! と、キラリの全身に何かが漲った。


「くぉ……おぉ!? キタ、きたぁあああ!?」


 偶然か神の悪戯か、その動きがキラリのエネルギーを2割ほど回復させてくれたのだ。


「ラッキースケベチャージっプル!」

「名前付けんな!」


 キラリは勢いに任せてミュウの手を掴んで、立たせてやる。


「キ、ラリ……?」

「ごめんね、ミュウ。そして……ありがとう!」


「アリ……ガ……?」


 カタコト言葉を口にして、キラリの顔を見つめる。

『ブギュァアアアア!』

 凄まじい声と共に貴族服の豚人間オークが、もう一匹を抱えあげた。再び肉の砲弾として投擲するつもりなのだ。

 さっき壁に投げつけられたほうも立ち上がり、キラリたちに向けて牙をむき出して吼えた。


 だが、戦いの終わりはあっけないほど簡単にやってきた。


 キラリは既に左右に手のひらを突き出してエネルギーを放っていた。


 ゼロカンマ3秒の無音の後、バン! パァアアン! と激しい炸裂音が鳴り響く。化け物は捨て台詞を言い残す暇さえもなく、すべて粉みじんの肉片と化した。


「残敵……ゼロ。終わった……終わったっプル!」

「は、はは! やった……」


 キラリはその場にへたり込んだ。

 

 ミュウも倒れそうになるが、近くにあった何処かの家の水がめから、水を手桶に汲んでキラリに差し出した。


「ん……」


 水を受け取りガブガブと飲み干す。ミュウも次に飲む。

 この世界で初めての友達は、優しくてとても気の利く子のようだ。


「ありがとう、ミュウ……」

「アリガ……と?」


「言えたね」

「ん……」


 埃と血で汚れた顔のままだというのに、ミュウはとても嬉しそうな、眩しい程の笑顔を見せた。


<つづく!>

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