【6話】粒子ビーム、無双!


 キラリの左目を覆うバイザーには、赤い逆三角形のターゲットマーカが映し出されていた。

 土煙を上げながら前傾姿勢で突撃してくる「豚人間オーク」、つまり危険なをホイップルが判別して教えてくれる仕組みのようだ。

 頭上には「豚01」という識別コード(?)と共に、数字が目まぐるしく動いている。それはキラリとの距離を意味し、最も近いもので8メートルまで接近していることを示していた。


『切り刻んでやるブギャァア! 食材・・がぁあああ!』


 物凄い形相の豚面ぶたづらの怪物が、黄ばんだキバを剥き出しにして突っ込んできた。手には血の付いた大型の斧を持っている。


「――キラリ! 今の戦闘力・・・での白兵戦クロスコンバットは危険っプル! 間合いを十分に取りアウトレンジ射撃戦闘を推奨するっプル!」


 可愛い声で戦闘ナビゲートを気取るホイップルだが、何故か難解だ。本人の趣味でも入っているかのような熱の入りよう。


「ごめん短く」

「……近づかれる前にるっプル!」


「ぶっちゃけすぎだ!?」


 けれど、今のキラリにはそれでも十分に有り難かった。

 右も左もわからない異世界で、恐怖に震えて豚のエサになるくらいなら、女の子を守るために思い切り戦ってみるのも悪くない。諦めるのは、それからだって遅くはないはずだ。


 キラリは迷いの吹っ切れた表情で、正面から迫る怪物を睨み返した。


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「ミュウ、少し離れていて!」

「……ん!」


 素直に頷くと、ミュウはキラリの背後へと二歩下がる。


 一歩では近すぎてぶつかりそうだし、三歩では咄嗟に手が届かない。だから「二歩」なのだが、今のキラリには知る由も無い。


 左腕を開放され動きの軽くなったキラリは、両手を胸の高さまで持ち上げると拳を握り「ふぁあああ!」と気合いを入れた。

「!?」

 ミュウが背後でビクッとする。


 以前、動画サイトで見た格闘技を真似て、足を肩幅ほどに開いてから軸となる左足を前に右足を下げる。そして腰を僅かに落として身構えた。

 自然と出来た構えは素人丸出しではあるが、涙目で逃げ腰になっていた時に比べれば大分マシだ。


「来るっプル! 接敵まで2秒!」

「やってみる!」


 キラリは右手を肩の位置まで引き絞ると、思い切り水平方向のパンチを放ってみた。


「たらぁあッ!」

 拳にまとわせた「光の塊」を撃ち出すようなイメージだ。

 身体の中にいまだ蓄積・・しているような熱い感覚。これこそが目の前の化け物に対抗しうる唯一の「力」なのだと本能が理解していた。


『ブヒャハ!? 何のマネ……ッ!? ギブミ……ガボッ!?』


 目前まで迫っていた豚人間オークは、見えないパンチに弾かれたように突如その進行方向を変えた。

 おそらく本人の意思とは無関係に、肉体の神経系に異常が生じ、直進できなかったのだ。

『ひぎゅうううう!?』

 斜め方向に走る巨大な身体が、ボコボコと内側から膨らんでゆく。そのままの勢いで家の壁に激突すると、血の詰った水風船のように破裂--。鮮やかな赤い大輪の花を咲かせた。


「なんだか……コツが判った気がする」

 キラリが正拳突きのような構えを解く。

 きがつくと、飛び散ったばかりの豚の血はサラサラと風化しはじめていた。


「次は6体来るップル! 右前方3体! 左2体! そして背後から1体っプル!」

「……あぁ!」


『ブギュルァアアアアアッ!』

『一斉にヤルブッヒィイイイイイ!』


 ホイップルの音声案内の言う通り、周囲からは一斉に地響きと豚の鳴き声が迫っていた。豚人間オークたちは手に手に錆びた剣や棍棒を持ち、血眼となって襲ってくる。


 だが、キラリの心は意外なほどに静かだった。


 さっきまでの恐怖、絶望、そして諦め。

 それらを乗り越えた者だけが至れる、静寂のなかの水面のような明鏡止水の境地……とまでは行かないが、勝てるという自信が満ち始めていた。


「ホイップル! 右手だけじゃなく、左手からも出せる?」

「荷電粒子体内加速、粒子放射……キラリの『ビーム』は理論上、全身どの部分からだって出せるップル!」


「全身……どこからでも!?」


「そうっプル。慣れは必要だと思うップルが……って、来た来た来たップルー!」

「キラリ!」

 ホイップルと同時に背後でミュウが小さな悲鳴を上げた。


 赤い光点と矢印が左右にいくつも点灯し警告を発する。だが、ホイップルに言われるまでも無く、目で見て肌で感じる豚人間達の迫力は凄まじいものがある。


「ミュウ! 伏せて!」


 身振りで頭を下げてと伝えると、ミュウが「ひゃっ」という様子で頭を抱えてしゃがみこんだ。

 キラリはそれを見届けると、左右の手に力をこめて、ぐっ…………と腰の位置で固定。エネルギーを両手に溜めるイメージを思い描く。


 四方から一斉に「死」を運ぶ怪物の群れが襲い掛かってきた


『こいつさっきから何をしてやがるブギイイイ!??』

『知るかぁああああ! 殺し、殺せば、殺すすゥウウ!』

『そして、食らうのみギュウウウウアアアア!』


「はぁ……あああああッ!」

 一斉に左右に手を突き出して、そのまま薙ぎ払うように腕を振るう。

 自分の放つ見えないエネルギーの照射時間は、おそらくゼロカンマ3秒ぐらいだろうとキラリは感覚をつかんでいた。

 直進するビームは一点照射ではなく、そこから更に「切り裂く」ように動かすことで、複数の敵を同時に粉砕出来るはずなのだ。


 ――出来なきゃ、終わりだけどね。


 キラリは目をつぶった。


 圧殺するかのごとく殺到する6匹もの豚顔の怪物たちの絶叫は――しかし、己の身に起きた事への疑問と悲鳴にかき消された。

 

 バチュバチュ……ブシャアアッ! という破裂音から僅かに遅れ、生暖かい雨が降り注いだ。キラリは静寂が訪れるのを願った。


「……キラリ……!」

「やった、やったっプル!」

 恐る恐る目を開けると、目の前に迫っていたはずの化け物の姿はなく、原形を留めないほどに崩れ、地面に飛び散った臓腑と血が威力を物語っていた。


「す……すごい……。僕は……いったい」


 自分の手から出る、不可視のビーム。

 戸惑いこそすれ、これがあれば自分は少なくとも殺されることは無い、とキラリの心には確信が生まれ始めていた。


 醜く醜悪な化け物とはいえ、軽々しく命を奪うことへの罪悪感と後悔の念が無いといえば嘘になる。だが、無残にも惨殺されてしまった名も知らぬ村人たちの血肉を見て、その思いを断ち切った。


 ――僕が……守らなきゃいけないんだ。


 よろよろと立ち上がるミュウに手を差し伸べて、強い眼差しを残る敵に向ける。


「キラリ! まだ、最後がいるっプル!」

『ブフユルルルルウルル! よぐも……ワシの可愛い……部下達をぉおお』


 一層巨大な豚人間が二匹の手下と共に正面に立ちふさがった。最後の三匹は似合わない貴族服を着た連中のボスだ。


 キラリは躊躇うことも無く、手を水平にかざす。


 だが――。


「あれ?」


 何も起こらない。

 自分の手の感覚がおかしかった。迸る「熱い感覚」が無いのだ。

 まるでそれは、すべてのエネルギーを撃ち尽くしたかのような、空虚な感覚だ。


 と、視界の隅で、赤い何かが点滅していた。

 それは見覚えのある「電池マーク」だった。

 スマホでよく見る記号の示す残量はほぼゼロ。丁寧に斜めの線まで重なっている。


 嫌な予感しかしない。


「……ホイップル、あのさ」


 引きつった顔をなんとか動かして、耳にへばり付いた水色クラゲに問いかける。


「キラリ、言いにくいっ事ップルが……」

「……まさか、だよね?」


「エネルギー切れ、っプル」


「は、はぁああああッ!?」


 キラリの悲鳴は、ブギョガアアアアアア! と恐ろしい豚人間オークの叫び声にかき消された。


<つづく>

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