【5話】反撃のキラリ!

 目の前で起こった事がにわかかには信じられなかった。


 星園キラリの放ったパンチ一発で、巨大な「豚人間オーク」の身体が内側から爆発し、血と臓物をに飛び散らせたのだ。


 つい10秒前まで喚き散らしていた豚人間オークは完全に事切れて、サラサラと砂のようになって消えつつあった。身体に巻いていた汚いボロ布と両足だけが僅かに残るばかりだ。


「僕が……やった……のか?」


 キラリが自分の掌を眺め、そしてギュッと握り締めた。


「……キ……ラリ?」


 爆発に驚き、ぺたんと尻餅をついていたミュウが、キラリを見上げている。その表情には驚きと同時に、希望を見出した光が輝き始めていた。


 ミュウの目の前で起こっている出来事は、到底彼女に理解できる事ではなかったが、ひとつだけ確かなことがあった。


 黒髪の少年キラリは、必死で自分を守ろうとしてくれたのだ、ということ――。


 身を挺して恐ろしい相手に立ち向かい、決して抗うことなど不可能だと思われていた「偉大なる種族」をキラリはついに粉砕したのだ。


 乱れた素直な赤毛を気にもせず、ミュウは腕を伸ばすと、希望を捕まえたとばかりにキラリに飛びついた。


「ミュウ、無事? よかっ――」

「キラリ……!」

「ちょ!?」


 ミュウがキラリを抱擁する。

 二人だけが世界から切り離されたのように、時間が止まる。


 だが、それは長くは続かなかった。

 嵐のような叫び声が沸き起こったかと思うと、爆発に驚き動きを止めていた豚人間オーク達が再び襲い掛かってきた。


『ブッギャァアア!? よくもダチコーをおおお!』

『八つ裂きにすんぞ人間のガキガァアアアア!』


 激高し地響きを響かせながらキラリたちに迫る。距離はわずか15メートル。その勢いと速度ならキラリの肉体を殴り砕くのに5秒とかからない距離だ。


「――キラリ……!」

「大丈夫」


 キラリはもう一度試してみよう、と冷静に考えていた。

 もし、自分に与えられていた力が――元の世界で特殊部隊に殺される直前に聞いた事が本当なら――この力はきっと。


『家畜は家畜らしくゥウウッ!』

『エサになってりゃいいんだァアアアアッ!』


 二匹のブタが地面をけって猛然と跳んだ。上空からのパンチを叩き込もうと、キラリに狙いを定めて放物線を描く。


 ――ダメ元、だけどッ!


「はぁ……あぁあああああッ!」


 気合と共に、キラリは右手を薙ぎ払うように振りぬいた。


 僅かゼロコンマ1秒の時間の中、手から発せられた「光の帯」が鞭のように空間を切り裂くのをキラリは確かに見た。それは淡いオーロラのような光だった。


 真横に扉を押し開くような軌跡を描いたキラリの腕が止まった、次の瞬間。

『――ぶべら!?』

『ばぼちゃッッ――!?』

 空中を飛んできた豚人間の顔と胴体が、突如二倍ほどに膨らんだかと思うと、バチュアッ! という湿った音と共に爆発が起こった。。

 地面や壁キラリの顔にも赤い飛沫が飛び散る。だがキラリは微動だにせず、そのままのポーズで血の雨が止むのを待った。


「やっぱり……! 手から……エネルギーのような何かが出るんだ」


 それも、相手にとっては致命的・・・なレベルの、強烈な波動として。


 キラリはそこで、ハッとして後ろを振り返った。

「ミュ……」

 こんな恐ろしい力を見せ付けられたミュウが自分を恐れるのではないか? と。血まみれの戦いの中、そんな思いが心を泡立てたからだ。


 だが、それは杞憂だった。


「キラリ……キラリッ!」

「あ、あぁ……!」


 赤毛の少女は飛びつくように左腕にしがみつくと、何度もその覚えたての友達の名前を口にした。


 きゅっと押し付けられる柔らかな身体の温かさに、ドキリとしながらも安堵したキラリだったが戦いは終わっていない。

 騒ぎを聞きつけて、村に散っていた豚人間オークがゾロゾロと集まってきたのだ。

 仲間が3匹もミンチにされたことを目の当たりにすると、身体をぶるぶると震わせながら怒りに燃えた瞳で、キラリとミュウを取り囲んだ。


 前後や四方の路地から、あるいは家の中から現れて牙をむく豚人間オークの数は、およそ10匹。


 血だらけの肉を満載した馬車の上でふんぞり返っていた豚人間オークのボスまでもが、目を血走らせてキラリとミュウの包囲網に加わっている。


「う……わ!? ま、まずい……よな、これ」


 どこを見ても逃げ道は無く、乾いた風が吹き抜ける。人気のない町、キラリは相も変わらず絶体絶命のピンチといった状況だ。


『ボケクソがぁあああ!』

『殺す! 殺す! 殺す! ブギイイイ!』

『我ら偉大なる種族に歯向かって、ただで済むと思うなよ、家畜の分際でぇええ!』

 ブギイイイイイイイイイ! と四方八方から猛烈な威嚇の声が鼓膜をつんざいた。

 すさまじい威圧感と声に、ビリビリと空気が震えている。


「……や……や!?」

 ミュウが怯えぎゅっとキラリに密着する。

 男というのは悲しい生き物だ。

 こんな場合だというのに、全身の神経がその柔らかく心地のよい感触を喜び打ち震える。肌の露出の多い赤毛の少女の感触といったら、それはもう夢にまで見たほどに素敵な感触なのだ。

「ちょっ……ダメ、は、離れ……」

 モニターの中の彼女・・など、一瞬で価値の無いものにさえ思える柔らかさと暖かさと、そして何とも言えない甘い香りと……。思わず男としてみなぎりそうになった、その時。


 キラリの身体が青白くスパークした。


 パリパリッ! と電光と雷のような青白い光が手や指先から放たれる。


「充電……!? なんだか充電した……みたいな!?」


「――そうだっプルー!」


 ひゅんっ! と窓から青い水くらげのような物体が飛んできて、キラリの頭にへばりついた。


「あ……ぁ!」

「ホイップル! 無事だった!?」


 ミュウがキラリの頭に載ったクラゲのような生き物に目を奪われる。

 自らを犠牲にキラリを逃がしてくれたのだが、上手く逃げおおせたらしい。


「当然ップルよー! キラリ覚醒! この時を……まっていたっプルー!」

「覚醒!? ……って」


れ! やつらを八つ裂きにしろグユァアア!』

『ブギャァアアアア!』

『肉ゥウウウ!』


 豚人間たちが四方八方から一斉に、キラリ目掛けて襲い掛かってきた。


「詳しい話は後ップル! 今はまず……!」

「わ!?」


 ホイップルはしゅるると水色の触手を伸ばすとキラリの左耳の部分に自らを固定した。

 そして腕の一本を瞬時に薄いガラスのような状態に変化させ、キラリの目の部分を「バイザー」のように覆う。


「ホ、ホイップル!?」

「これが……ボクのもう一つの能力っプルー!」


 そう言った途端、キュピ、キュピピン! と電子音に似た音がキラリの左耳から響き、眼前の視界に重なるように、半透明の赤いマーカが浮かび上がった。


 それは次々と拳を振り上げて向かってくる豚人間オークを指し示してゆく。


「ヘッドアップ……ディスプレイ!?」


「そう呼んでもいいし『多元宇宙対人類種情報端末パラレルターミナル・パッド戦術情報支援形態タクティクス・モード』と……」

「長いよ!」


 目線の動きに合わせ、三角の赤いマーカが「敵」の頭上に光り、赤い輪がその身体を捕らえているのが判る。

 映し出された数字が猛烈に減少しているのは、自分との距離を現しているからだ。距離が近くなり「脅威度の最も高い敵」に対しては、より強く点滅し警告を発する仕組みらしい。


 右方向を指し示す矢印が激しく脈動すると同時に、ホイップルが叫んだ。


「キラリ! 右3時方向ップル!」

「なる……ほどおっ!」


 現代人たるキラリにとっては、むしろこのほうがすんなりと飲み込める。

 キラリは瞬時に状況・・を理解すると、ミュウの手を離さずに身体を右方向にひねりながら、勢いよく右手を突き出した。


<つづく!>

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