【3話】人間狩りの世界事情
キラリとミュウが互いの名前を、ぎこちなく呼び合っていると、突然ひゅんっ! と、窓から水色のゼリーのような物が飛び込んできた。
「――目を覚ましたっプルー?」
「うわ!?」
それはキラリの頭上にビチャリと着地すると、クラゲのように足を伸ばし、甲高いアニメ声で叫んだ。
大きさは20センチほどの饅頭型の頭(体?)に適当な目と口。そして6本ぐらい生えた半透明な触手。どうみてもクラゲのモンスターというイメージだ。
「お前は……ホイミス……」
「わー!? 違うップル! ボクは『ホイップル』っプル!」
きゅぴっ☆と、可愛らしくウィンクなどする。
「キラリ! んっー!?」
ピンク髪の少女ミュウが驚いた様子で、一生懸命キラリの頭上を指差す。どうやら「この生き物はキラリの友達?」と聞いているようだ。
「まぁ知り合いといえば……知り合いなんだけど……な!」
「プルッ!?」
ガッ! と、キラリはクラゲの足をワシ掴みにすると頭から引き剥がし、逃がさないように両手で押さえ込んだ。
「お……い」
ホイップルを血走った目で睨みながら、ギリギリギリギリ……と両側に引っ張っりはじめる。
みょーんと体はゴムのように伸びる。目と口も一緒に伸びる適当さだが。
「痛い痛い痛いっプルー!?」
「も ど せ ! 僕を……戻せっての……この!」
「戻せないップル! 無理なんだっプルー! せめてボクが親切に世界を案内……」
「いるかそんなもん! 帰せ! 元の世界に……ッ」
「戻ったら死んでるっプルよーっ!」
ホイップルの言葉にキラリは手を止めた。
「死んで……」
星園キラリは改めて自分の置かれている立場を思い知らされた。
ワケのわからない理由で射殺され、そしてこの世界を「代替」の居場所として送り込まれたのだ。
ホイップルはその隙にひゅっと拘束から抜け出して、ミュウの胸へとダイブした。
「……んんー!」
「痛かったップル~」
すりすりと顔を擦り付けると、ミュウが瞳を輝かせてぎゅっと水色クラゲを抱きしめた。どうやら気に入ったらしい。
「確かに
「はは……なんだよ、それ無料なの?」
笑えないが嘘ではないのだろう。キラリは直感で、あるいは魂の本質で事態を理解していたのかもしれない。だが、信じたくは無かったのだ。
「……キラリには使命があるっプル」
クラゲがシリアスな顔つきになる。
「使命って……」
「キラリの
ビシリとゼリーのような脚でキラリの鼻先をつく。
「は? 何でそんな……」
と、その時。表が俄かに騒がしくなった。
他に人が居ないのかと思っていたキラリは思わず立ちあがった。
通りで人影が逃げ惑ってるのが見えた。開け放しでドアも何も無い入り口から見える通りには、乾いた砂漠の中にあるような町並みが見えた。
日干しレンガを積んだだけで、屋根は藁葺き。それさえもあちこちボロボロと崩れている。家の前には割れた水がめが転がっていたりする。
どうやら退廃の雰囲気は、この小屋だけではなかったようだ。
人々が逃げ惑い、砂色の大地と乾いたほこりが風に舞っている。
と、小屋の中へ一人の老人が慌てた様子で駆け込んできた。しわだらけの顔にボロボロの衣服。だが、悪い人間には見えなかった。
「――ガキタ! ミュウ! コカカガ、ゲルゾ! ク、ハク!」
老人はミュウとキラリを見ながら何かを必死で叫んだ。隠れろ、というような身振りで二人を小屋のワラの中へ隠れろと言っているのだ。
「な、何て!?」
言葉がわからない。英語でもドイツ語でも、どこの言葉でもないのだ。
異世界にきて最初の壁が「言語」なのだと、何かの本で読んだ事が……。
「えへん! ボクの事を尊敬することになるっプルよー?」
ホイップルが突然そんな事を言うと、キラリの肩にペタンと飛び乗った。すると、途端に鮮明な老人の「言葉」が耳に届いた。
「奴らが来た! ミュウ! そこに隠れるんじゃ! はやく!」
「言葉が……判る!?」
「そうっプルー! ボクの
「今はいいよ!」
驚くことにこのホイップルには不思議で便利な力があるようだ。
けれど、ミュウは「言葉」を上手く発することが出来ないらしく、老人の言葉に慌てている様子だが、口から言葉を話していない。
「……キラリ……、あ、う……!」
「何? いったい何が来るってのさ!?」
突然の騒ぎに何がなんだかわからないキラリの視界の先で、何人かの男や女たちが慌てて通りを走り去っていく様子が見えた。
そして、絶叫にも似た悲鳴が響き渡った。
「ぎゃぁあああああ!」
「そんなっ! あぁああああ、まだ……二週間じゃありませんかぁああ!」
『黙れ! 家畜どもが! 我々が貴様らをどうしようと……自由だ!』
『ギヒヒ! 収穫だぁああ!』
ブッギヤァアアアアア! という獣とも人間とも付かない叫び。そして悲鳴。
キラリの腕を、ミュウがぎゅっと掴んだ。
あまり表情を変えない顔には明らかな恐怖が浮かんでいた。
「ミュウ?」
「……あ…………や……!」
「お前さんたち! 兎に角そこに身を隠すのじゃ! 奴らに見つ――――」
老人の顔を、巨大な何かが捉えた。
「お、おじいさん!?」
それが「手」だと気が付いたとき、老人の姿は通りへと一瞬で引きずられた後だった。
直後に悲鳴が響き渡り、地面に真っ赤な血が飛び散る。
老人が立っていた入り口に代わりに姿を見せたのは、醜い、とにかく醜悪なブタのような人型の生き物だった。
入り口の高さからみて背丈は二メートル。
目は空ろで暗く、口は耳まで裂け、赤い舌がダラリと垂れ下がっている。ブタ特有のたれ耳とヒクヒクと動く鼻腔。
でっぷりと太った腹には、袈裟懸けにボロ布をまとっていた。
いわゆるファンタジー世界なら「オーク」というブタの化け物そっくりだ。
キラリとてゲームの中では何度も経験地稼ぎの
だが――。
目の前の化け物はそんな生易しいものではなかった。
呼吸と共に上下する肩は筋肉の塊で、丸太のような太さの右腕の先には、老人だったであろう血まみれの肉塊を持っていた。
化け物は、クンクンとブタ鼻を鳴らしなが薄暗い室内を覗き込んだ。
「美味そうな……若い、メスとオスの匂いがするらぁあ……?」
人語を操るブタの怪物は、バギバギと入り口を破壊して、巨体を小屋の中に滑り込ませてきた。
同時に、異様な臭いが押し寄せる。
その間、キラリもミュウも一歩も動けなかった。
ただ、唖然として、恐怖に身体を縛られたかのように身動きが取れないのだ。
「あ……!」
心臓だけがドクドクと脈動しているのがわかった。口の中がカラカラに乾き、吐き気さえこみ上げてくる。
だが、自分を頼るように、ぎゅっと手を握り締めたミュウの指先の冷たさが、キラリを一瞬で正気に戻してくれた。
「逃げろッ!」
叫ぶや否や、キラリはミュウの手を取って走り出した。
入り口は一つしかないが、低い位置に窓がある。そこから逃げ出そうと考えたのだ。
「みぃいいつぅううけぇえブヒィイイイ!」
二人に気が付いたブタ人間は、口の両端を持ち上げて気味の悪い笑いを浮かべると、入り口を砕き小屋の中に侵入してきた。
――逃げられない!
キラリがそう思ったその時。
「二人とも、にげるっプル!」
果敢にもポイップルがブタ人間の顔面に体当たりを食らわせた。ビチャッとへばりつき視界を奪う。
「ブギィイ!?」
不意打ちで足が止まったが瞬間、キラリはミュウの手を掴んでターン。ブタ人間のわき腹を素早くすり抜けると、壊れた入り口から通りへと飛びだした。
と――。
そこには凄惨な光景が広がっていた。
道の中央に止められた馬車に、次々と真っ赤な「肉」が投げ込まれてゆく。
『ヒャッハー!』
『収穫ぅうう! 急げブヒィイイ!』
『ハーグ様がお待ちかねダブヒィイイイ!』
肉を投げ込んでいるのは、すべて「ブタ人間」たちだった。みな一様に醜く、前傾姿勢の肥え太った体型の、オークのような……化け物。
その数は4、5人だが、人々は戦おうとするものさえおらず、ただ逃げ惑うばかりだった。
「おた、お助けぇええ!?」
『お前もフレェエエエエッシュ、ミィイイト!』
「グッギャアアアアアア!」
人々は隠れた家のなから引きずり出されては捕まり、その場で力任せに引き裂かれてしまう。あっけないほどに簡単な、死。
肉はすべてほんの少し前まで生きていた
「な……んだ……よ、これ!?」
キラりは愕然として呻いた。
そこにあるのは、血と、悲鳴と、絶望だった。
<つづく>
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