【2話】異世界美少女、ミュウとの出会い

 ◆◆◆


 星園キラリのぼやけた視界に映ったのは、見知らぬ天井だった。


 はりは粗末な木で雑に作られていて曲がっている。目線を転じると土色の壁はボロボロとあちこちが崩れていた。

 薄暗い部屋には窓が一つだけ。ガラスは無く、申し訳程度に四角い木の板が斜めに付いているのが見えた。


 ――どこだ、ここ?


 床は土がむき出して、自分が寝ていたのは乾いたワラの中だと言う事に気が付く。そしてすえたような獣臭が鼻を突く。まるで家畜を飼っているような小屋の中だ。


 それはさておき、自分は生きているのだろうか?


 身体に銃弾の穴は……空いていない。


 自分は……星園キラリ。


 記憶もある。


 キラリはゆっくりと自分の事と記憶を反芻してみる。


 高校に入学してまだ数ヶ月、一人暮らしを謳歌して、けれど突然乱入してきた「特殊部隊」みたいな怖い人たちに銃で撃たれて……死んだ。

 次に気がついたらピンク色の変な世界で胡散臭いクラゲと話し――。


「――って!? もしかしてこれが異世界の再スタート!? 嘘だろ!」


 思わずガバッと飛び起きる。


 自分の身体を見れば学校の制服用の白いシャツ姿だ。部屋を見回すと窓の近くに紺色の見覚えのあるブレザーが掛けてあった。おまけに赤いネクタイもある。

 何故? という疑問も沸くが仕組んだ「神様」がそうしたのだろう。

 

 ――ボクも責任・・を感じてるプル! だから……せめて他の世界で余生を――

 

 あの青色クラゲのホイップルとかいう怪しい生き物の言葉が思い出された。


「余生って……。なんだよこれ……?」


 キラリは渋面で呻く。

 これが自分に与えられた『新世界』という事なのだろうか?


 どうやら人生の再スタートは、あまり良くない状態から始まるらしい。


「痛ッ……!?」


 ズキリと左腕に痛みが走った。見ると何かにぶつけたのか、赤く晴れ上がっている。痛む腕を押さえ、しばし途方に暮れるキラリの背後で、ギィ……と扉が開く音がした。


 振り返ってみると、そこには一人の女の子が立っていた。


 女の子はキラリが起きていることに少し驚いた様子で、身を硬くしている。


 卵形の輪郭にまなじりの下がった大きな目、瞳は空のような青色。けれど肌の色はキラリと同じように黄味がかった肌色だ。


 ――外国……人? ていうか……見たことの無い人種?


 均整の取れた顔立ちにちょこんと突き出た小さな鼻、きゅっと結ばれた口元と、それはつまり人種が違えども、一目で「可愛い」と思える子だった。


 髪の毛はピンクがかった赤毛で、形の良いあごの下ぐらいまでの長さで揃えられている。アニメでしか見たことのない現実離れした髪色と瞳の輝きにキラリの鼓動が早くなる。


 フィギュアみたいで可愛いなぁ……、とキラリは自分の身の上も忘れ、しばし目が釘付けになっていた。



 年齢は見たところ13歳かそこらだろうか。全体的に痩せていて、埃っぽい。以前テレビで見た途上国のスラム街に住んでいる子のようだ。

 女の子は、あまり見慣れない刺繍入りの――インディアンが身に着けているような――小さな衣装を身に着けていた。

 胸の部分を隠すビキニ風の下着とパレオ風の上着、下はホットパンツの上にフレアスカートのようなもの。素材は木綿か麻か、あまり質は良く無さそうだ。


 そもそも、誰からか貰ったものなのか、生育途中であろう身体には合っていない。

 つまり小さすぎて胸部分と腰まわりだけを隠すのが精一杯で、あとは丸見えなのだ。


 なだらかなラインを描く首筋に鎖骨、膨らみ始めた胸、そしてほっそりとしたお腹と、ちょこんと窪んだヘソ。

 そして、スラリとした細い太腿から足首にいたるまで、まるで夏のビーチでみるような格好だ。目のやり場に……困る。


 あまり観察しすぎたのか、女の子が真っ赤になって、恥ずかしそうにうつむく。

 キラリも気まずくなり思わず目線を下げる。


「…………」

「…………」


 互いに声を発することもなく過ぎる数秒の、間。


「……あ…………」

「え?」


 永遠に感じた沈黙が唐突に終わりを告げる。

 キラリは危険な人ではない、と思ってくれたのか、女の子は意を決したように声を出すと、キラリの傍へ慎重な足取りで近づいてきた。


 見れば足元には粗末な皮の靴を履いている。靴とは言っても皮の袋を足に被せ、足首の部分を紐で結んだだけのような、とても粗末なものだ。

 

 ――ものすごく貧しいの? いや……こういう世界なのか?


 戸惑うキラリと同じように、少女の瞳にも恐れと戸惑いが浮かんでいる。それでも年頃の女の子らしい好奇心と、期待と、いろいろな物が混ざり合って青い瞳に光が瞬いていた。


 気がつくと手には、粗末な木の椀をもっていた。そこからスプーンのようなものが突き出ていて、つまり食事なのだろう。


「…………ん」


「これを、僕に?」


「ん……」


 女の子がコクリ、とうなずく。口元は硬く結ばれているが、揺れる前髪の向こう側で、瞳が僅かに細めらたようにも見えた。


「口が、利けないの? それとも言葉が違う?」

「…………」


 小さな手が僅かに震えながら、椀を差し出す。

 皿の中身は、麦か何かの穀物を潰して湯で溶かしだけの「かゆ」のような、ドロリとした茶色いものだった。匂いも何も無いが美味しそうには見えなかった。


 キラリは両手で椀を受け取ったが、左腕に痛が走った。思わず顔をしかめると、女の子が心配そうに左腕に手を伸ばし、指先で触れた。


「あ……」


 恐る恐る、初めて他人に触れたかのように、指先で触れてはすぐに引っ込めて――。

 そんなことを何度か繰り返した後に、女の子はようやく手のひらを、キラリの左腕にそっと押し付けた。


 暖かく湿った手の感触が触れただけで、不思議と痛みが治まった。

 女の子からは、お日様の下の子猫のような、そんな匂いがした。


 トクン……と淡い何かが、身体の芯で灯った気がした。


 ――ん?


 身体に違和感を感じつつも、キラリは腕の傷を気遣ってくれた礼を言う。


「あ、あの……ありがと! ここっ、こんなのかすり傷だよ、平気だし」


 慣れない女の子のリアル会話に噛みまくる。けれどピンク髪の女の子は何も気にしていないようだった。真剣にキラリの発する「言葉」に耳を傾けている。

 

 それはまるで一字一句、聞き漏らすまいとするように。


「…………あ……と?」


 口ぶりを真似るようにして、唇を震わせる。


「ありがと、だよ」

「あり、と」


 そうそう! とキラリが微笑むと、女の子はようやくぎこちない笑みを浮かべた。


 それは、しばらく笑っていなかったかのような、まるで笑い方を忘れていたかのような硬い笑みだった。


 けれども、何かが変わった気がした。近づけたとは言えないまでも、血の通った普通の人間だとお互いに分かりあえたのかもしれない。


「いっ、いただきます」


 折角持ってきてくれたものを無下にも出来ないと、キラリは粥をかき混ぜてから、口に運んだ。

 小麦に塩を混ぜただけの味。


「……まず!?」


 少女はそんなキラリの横顔をじーっと見つめている。

 まるで、同い年ぐらいの「男の子」を見たことが無いかのようだ。


 他の人は誰かいないのだろうか? そんな疑問が浮かぶが、今は目の前の女の子だけがとても気になる。


「……あ、いや、美味しいよ。……ありがとう」

「…………ありが、と」

「そういえば君の名前は? 僕は…………キラリ。星園、キラリ」


 躊躇いがちにキラリは言った。

 いつも笑われてしまう「キラキラネーム」を言うには勇気がいる。キモイだの可愛そうだの、そんな心無い言葉が、嫌な思い出と共に脳裏をよぎる。

 

 けれど、女の子は真剣に耳を傾けると、青い瞳を輝かせた。そして、ちゃんと名前だと理解したらしかった。


「キ……ラリ……」


 まるで大切な何かを見つけたかのように胸の前で両手を合わせると、言葉をそっと優しく手のひらで包み込んだ。

「そう!」

「キラリ?」

「うんうん」

「キラリ!」


 おー! と思わず笑みがこぼれる。名前を告げただけで、こんな嬉しい反応をしてもらったのは初めてではないだろうか?


「で、君の名前はなんていうの?」


 キラリの問いに、小首をかしげてしばらくの間。それでも今度は自分の名前を告げる。


「ミ……、ミュウ?」

「ミュウ? わ、やば、可愛い名前……」


「キラリ、ミュウ?」

「そう、僕がキラリで、君が……ミュウ!」


 ぽん! とミュウが楽しそうに手を打ち鳴らした。

 その時、自分は本当に異世界に来たんだなぁ、とキラリは妙な感慨を覚えていた。

 

<つづく>

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