第10話 帰還

第十話「帰還」








 有菜が愛恵と優舞の奪還に一向に動かない神族に苛立っていた。

 仲間には二人の事は諦めろと止められていたが、有菜にはどうしても我慢が出来なかった。

 有菜が一人で魔界に行こうとしていたのを、それを見つけた夏姫がせめて自分だけでも一緒にとついて行く事にした。

 無理に引き止めても怪しまれる。

 ある意味二人と接触する良い機会かもしれない。

 有菜と夏姫の二人だけで魔界に乗り込む事にした。


 今度は見つかれば命は無いかも知れないが、それぐらい決死の覚悟で来た。

 しかしその割には拍子抜けするほどあっさり侵入できた。

 愛恵は以前と同じ部屋にいた。優舞は居ないようだ。

 今回は愛恵も素直に話を聞かせてくれて、そこでようやく事の真相を知る事になった。

 そして全てを教えてもらう。

 神族と魔族の事、闇の組織の事、ザイラスと会社の事故の事、そして愛恵と優舞の強さの秘密の事。

 今まで戦って来たのも有菜達が神族側の信用を失わない為にわざと追い返したのだという事も。


「そうだったの・・・・・・」

 有菜が、今までの出来事の全てに合点が行ったのと、不安が払拭された安堵にしゃがみ込んだ。

「だが、お前がそれを知った所で、現状は何も変わらんぞ」

 不意に扉が開き、ザイラスが入って来た。

「あなたは! でも、真相を知って何もしないなんて・・・・・・」

「慌てるな。何もしなくて良い訳じゃない。ただ、動く時を待てと言っている」

「動く・・・・・・時?」

「今知った事は、暫くお前の胸の中にしまっておけ」

「そんな・・・・・・」

「そら、お迎えが来たぞ」

 ザイラスがそう言うと、窓の外に時空転移の時に生じる光が現れた。

 その光の中からはエスカルと他の戦士達が現れた。

「有菜さん! 夏姫さん! ご無事ですか?!」

 そう言って窓からみんなが入って来る。

 そしてザイラスに気付いた瞬間全員が構える。

「そう硬くなるな、今お前達と戦う心算は無い。ちょうど良い、この娘も連れて帰ってくれ」

 そう言って傍らに居た愛恵の手を取る。

「え?! ザイラス様、そんな急に・・・・・・」

 愛恵が何か言いかけたのを無視して、魔法で眠らせる。

「この娘に掛けていた魔法は解いた。機密事項に関する記憶は封印させて貰ったが、それ以外は元の通りだ」

 ヒョイと愛恵を抱え上げ、エスカルの前まで連れて行く。

「貴方方はいったいどういう心算で・・・・・・」

 エスカルが言い掛けると、

「今此処で話し合う時間は無いな」

 割って入ったザイラスがそう言った瞬間警報が鳴り響く。

 遠くで「侵入者だ!急げ!」という声が聞こえる。

「もう一人は?!」

「ありゃあ駄目だ、俺の手に負えん」

「くっ・・・・・・」

 エスカルは言葉を飲み込むと愛恵を抱え、まだ開きっぱなしの時空転移の光へ向かい飛び込んだ。

 仕方無く残りの戦士も従う。


「んん・・・・・・」

「ようやく目が覚めましたか?」

 エスカルがそう声を掛ける

 気が付いて見ると、愛恵の部屋でみんなが心配そうに取り囲んでいた。

「ここは・・・・・・、そう戻って来たのね・・・・・・」

「そのご様子なら、私達の知っている愛恵さんで間違いありませんね。向こうでいったい何が有ったのですか?」

「向こう・・・・・・魔界で・・・・・・」

 愛恵が記憶をたどる。

 暫くの沈黙の後、

「アレ? 思い出せない?!」

 ガバッと起き上がり頭を抱え込む。

「どうしました!?」

 エスカルが心配して声を掛ける。

「向こうでの事を殆ど思い出せないの!」

「そう言えばあの男、機密に関する記憶は封印したと言っていましたね」

「それならそれでいいんじゃないか? 辛い記憶なんて忘れちまった方がいい」

 御影がそういう。

「なんにしても、これでもう元通りだね。もう敵対して戦ったりしなくていいんだね」

 有菜が半泣きになる。

「いえ、申し訳ありませんが、元通りでは無いです」

 そう言って懐から手錠を出すと、愛恵の両手に付ける。

「えぇ~!?」

 みんなの声がハモる。

「なんで? どうして?」

 有菜が講義する。

「理由はどうあれ、1度は魔族に付き、我々と敵対した者です。戻ってきたら元通り、という訳には行きません。愛恵さんを神界に連れて行き査問します」

「そんな・・・・・・」

「皆さんも来て下さい。愛恵さんが正常な常態か判断するには皆さんの意見も必要です」


「ここが神界・・・・・・」

 西洋風の大きなお城の周りは、木とレンガで作られた古風な建物が並び、中世ヨーロッパにでもタイムトラベルしたかの様な気分になる。

 だが、景色を楽しむ暇も無く城の中へ、と歩き出した瞬間、後ろから「うおぉぉぉ――!!!」という雄叫びが上がり、驚いて振り返ると、

武具を装備した兵士達が、城門目掛けて突進して来た。

「な、なに?! なんなの!」

 有菜が驚きの声を上げる。

「早く! 中へ!」

 エスカルに誘導され速やかに城内へ逃げ込む。

 するとそこにはこの状況を察知していた様に城の衛兵達が居並ぶ。

「来たぞ! 進め! 奴らを中に入れるな!」

 そう言って衛兵達が城門を固める。

 エスカル達は城門から離れ、城の入り口へと急いだ。

「ちょっと、エスカルさん、どうなっているの!?」

 有菜が問い詰める。

「それが・・・・・・御恥ずかしながら、内紛の真っ只中に来てしまった様です」

 頭をポリポリと掻きながら少し下を向く。

「そんな・・・・・・」

 愕然とする有菜達を他所に、愛恵がエスカルの袖を引っ張る。

「内紛なんかやってる場合じゃないですよ」

「確かにその通りなんですが、こればかりは私一人の力では・・・・・・」

 そのエスカルの言葉を遮って愛恵が言う。

「いえ、そうでなくて、あそこ」

 と、空を指差す。

「・・・・・・? なんですか?」

「まだ感じませんか? 魔族がすぐそこまで攻め入ってます」

「?!」

 そう言われて意識を集中してようやく魔力の反応を感じ取る。

「本当だ! まだ大分距離は有りますが、確かに内紛なんかやってる場合じゃ無いですね、みんなを止めないと!」

「よっしゃ! 止めるくらいならウチらがちょいと行ってくるか!」

「仕方ありませんね、お願い出来ますか」

 その言葉を合図に全員装備を纏い、戦いの中へ突っ込んで行く。

「せぇのでいくでぇ、お前らケンカ止めい!」

 6人全員で範囲魔法を掛ける、が、誰も特に動いた形跡は無いのに呪文が打ち消されてしまった。

「どうやら被害が大きくならない様に呪文封じが使われている様ですね」

 エスカルがそう言うと、

「なら、力ずくで止めればいい」

 そう言って御影と裕美が突っ込む。

 それに続いて飛鳥や夏姫、有菜と洋子も突入する。

「やめて! こんな事やってる場合じゃないの!」

 有菜達も今までの戦いで結構強くなった心算でいたが、この集団の前では子供の様にあしらわれた。

 ズタボロになるみんなを見て、

「もう、見てらんない!」

 と言って飛び出そうとした愛恵をエスカルが止める。

「貴女には戦わせられません!」

「・・・・・・じゃあ、力を貸すくらいなら良いよね、みんな! 集合! しゅーうーごーおー!」

 そう言ってみんなを呼ぶとすぐさま呪文を唱え始める。

「愛恵さん、貴女の手錠は魔法封じの錠なので魔法は使えません。それに力を貸すなんて無理です」

 エスカルの言葉を無視して呪文を続ける。

 すると、みんなが集まって来た頃に、愛恵の周りに魔方陣が現れた。

「まさか! 高レベルの魔法使いでも無効化する筈なのに、呪文が起動した! それほど強大な魔力なのか?!」

 そして腰の高さにもうひとつ魔方陣が浮かび上がる。

「みんな、この魔方陣に手を当てて、私の魔力を貸してあげるわ」

 そう言われて魔方陣に手をかざす。

 だが、愛恵とは敵対してしか会った事の無い洋子だけは躊躇する。

「ほら、洋子ちゃんだっけ、貴女も早く!」

 言われて勢いで手を伸ばす。

 呪文が発動した瞬間、みんなに力がみなぎるのが分かる。

 初めて魔法の武具を装着した時の様な、それでいてあの時よりも遥かに強い力を感じる。

「すごい、これならなんとかなるかも。もっかい行って来る!」

 そう言ってみんな飛び出して行った。

 エスカル一人だけ呆然としていた。

 魔法を封じられていても呪文を起動、それも、人に魔力を分け与えるという高等魔法を6個一度に発動させる。

 常識では考えられない程の魔力と技術を兼ね備えていなければこんな事は出来ない。

「貴女を戦わせなくて良かった。やはり昔のままの貴女では無いのですね・・・・・・」

「それを調べる為の査問会でしょ」

 そう言った後の愛恵は大人しくエスカルの指示に従った。


 魔族は神界の兵と有菜達の活躍で、すぐに撤退して行った。

 そして愛恵の査問会が始まる。

 総じて、

 魔力が高まった経緯。

 記憶が封じられて、魔界での事は殆ど憶えていない。

 有菜達の証言により、昔の愛恵と変わらない、神族と敵対する心算は全く無い。

 これらの事から、特に罰せられる事は無かった。

 だが、その高い魔力ゆえの危険性や、魔族が何か細工を施していないかなどの疑惑も残る為、人間界への帰還は禁止。

 様子見に神界で護衛兵の下っ端に付く事になった。

 今回の様に魔族が攻めて来る事もある。

 その高い魔力と剣術を神界の為に使いたいという事であった。

 なにより、もし記憶が蘇った場合、知られたくない秘密を握っていたりはしないかという懸念が有った。


「そっか、愛恵は帰れないのか・・・・・・。でも、面会に来るくらいは良いよね?」

 エスカルにそう訊ねる。

「そうですね、すぐには結論を出せませんが、その辺りの事は私の方から交渉してみます」

「ところでさ、愛恵に分けて貰ったっていう魔力、これ、いつまで有効なんだ?」

 夏姫が少々落ち着かない様子で訊ねる。

「あー、それ解除するまでずっとだよ」

 笑顔で答える愛恵。

「ずっと!? なんだか頭も体もふわふわして落ち着かないんだが・・・・・・」

「あれは1個の魔法と言うより、愛恵さん自身との契約ですからね。契約を解除するまで有効です。愛恵さんの魔力が低下すれば供給も低下しますが、見た限りその心配は無さそうですね」

 そうエスカルが説明する。

「本当は神界では禁呪に近いので、あまり使って欲しくは無いのですが・・・・・・」

「禁呪?」

「本来は魔力が弱くなりすぎて危険な人に対して使う物なので、厳密に言うと禁止では無いのですが、例えば逆に6人分の魔力を1人に集めると凄い力になりますし、逆に分け与えた方の魔力が低減してしまいます。

そんなパワーバランスの乱れた状態が良いとは思わないでしょう? つまりはそういう事です」

「なるほど、そうやって強くなり過ぎると、さっきの様に内紛などが起こった場合に圧倒的に優位な人材が出来てしまうという事か」

「その通りです。まぁ今回の場合は魔力の強い者から弱い者への供給なので、理論的には許される類いですが」

 夏姫とエスカルのやりとりで、みんな状況は呑み込めた様だ。

「で、そのふわふわ感だけど、このまま続けてそれで普通の状態までコントロール出来る様になればそれだけでも魔力の集中力が上がる筈なんだけど、どうする?」

 愛恵にそう言われて皆一瞬考える。

「それは契約を解除しても、自分の魔力のコントロールが上手くなるという事か?」 

 御影から質問が上がる。

「コントロールする技術自体は自分自身の物だからね。1発の威力は上がるよ。その分魔力消費も大きいから解除の前後は気を付けないといけないけど」

「なるほど、いいだろう。私は続ける」

 御影と裕美が続行。

「強くなれるんならやったるか」

 飛鳥も続く。

「なら私もやってみるか」

「みんなやるならボクも頑張ってみるよ」

 夏姫と有菜も続いた。

「・・・・・・洋子さんはどうしますか? 別にみんながやるからと言って無理しなくても・・・・・・」

「やります! 強くなるんだったらやってみせます!」

 妙に気合を入れた後、愛恵をキッと睨む。

「でも、私はこの人を信用した訳じゃ有りません。操られていたのかどうか分かりませんが、私はこの人と敵対した事しか有りませんから」

「洋子・・・・・・」

 有菜がオロオロしている。

「何か事件でも起こしたら貴女の力を使ってでも止めに行きますから、契約解除しないで下さい!」

 その言葉に有菜とエスカルが何か言いかけたが、

「いいよ、それで。私が何か間違いをおかしたなら止めて。私達が戦士になったのって、そういう事の為でしょ。その力になれるのなら、貴女に預けても後悔はしない」

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