第8話 予想外

 ある日、昨日潰した敵のアジトの様子を1人で見に来た飛鳥は、何にも残っていない事を確かめると『無駄骨やったか』と内心溜息を付く。

 当面の目的が無くなった為、どうするかなぁと思いながらふらりと立ち寄った隣の食堂の入り口で立ち尽くしてしまった。

「いらっしゃいませぇ!」

 そう声を発したのは愛恵だった。

 食堂だからか髪を後ろに纏めていて微妙に雰囲気は違うが間違い無い。

 これが何かの任務中に立ち尽くしてしまったのなら大失態だが、今はそんな思考がかすめるのがやっとだった。

 だが向こうは何事も無いかの如く此方を見つめている。

 入り口から動こうとしない客に、

「こちらの席へどうぞ」

 と案内される。

 が、そこで愛恵の肩を掴んで、

「愛恵! あんたこんなとこで何やってんねん!」

と思いっきり直球で聞く。

 実に飛鳥らしい所だ。

 ところが、その返答は以外にも

「は、はい? なんですか?」

 と言って飛鳥の方を不安げに見つめるばかりであった。

「おい、とぼけんでもええやろう。ウチが分からん訳でもあるまいて!」

 飛鳥の手にグッと力が入る。

 その時、

「中森さん、どうかしたの?」

 と、店のオバチャンが声をかけてきた。

「・・・・・・なかもり・・・・・・?」

 飛鳥がそう呟くと

「はい、私中森です」

 と、目の前の人物が口元を指差しながら言う。

「下の名前は?」

「中森あかりって言います」

 見た目や雰囲気は愛恵だが、違う人物だという。

 偶然出会ったソックリさん。そんな可能性が有るとでもいうのか?

 しかもアジトのすぐ隣なんて見つかりやすい場所に。

 裏をかいて・・・・・・、そんな事を考え出してもキリが無い。

 しばらくしてようやく肩を掴んだ手が離される。

「ほんまに愛恵やない言うんやな?」

「誰なんです?それ」

 そういうとしばらく黙り込む。

「そうか・・・・・・、冷やかして悪い、また来るわ」

 そう言って慌てて出てゆく。


 それから他のメンバーを連れて来るまでそう時間は掛からなかった。

 入り口の脇から大勢で覗き込んでいるのが丸分かりだ。

 見かねたあかりが入り口に近づくとみんな慌てて逃げ出そうとするが呼び止められる。

「あの、良かったら中へどうぞ。お茶くらい出しますんで」

 みんなで顔を見合うが、遅かれ早かれ話すしかないと思い誘いに乗る事にした。

 しかし皆出されたお茶を啜るばかりで話を切り出せないでいる。

「あの、それで、私に何の用なんでか?」

 焦れてあかりの方から聞くと、

「・・・・・・あなた、本当に愛恵じゃないの?」

 と、有菜が問う。

「私は、中森あかりっていいます。その、まなえさんって人と、そんなに似てるんですか?」

 想像通りの答えが返って来る。

「似てるも何もソックリや。本人としか思えん程にな」

「そうなんですか?」

 キョトンとした表情でそう返すと、またみんなで黙り込む。

 あかりが困った顔をしていると、

「あなた、これが出来る?」

 そう言いながら有菜が手を出し、表裏を見せて何も持っていない事を示すと、手をクルリと回した直後にトランプが一枚現れる。

「スゴーイ! どうやってやるんですか?」

「これはあなたに教えてもらった事よ」

「私こんな事出来ませんよぉ~」

 と、また困った顔になる。

 すると

「あ、そうだ、私もひとつ」

 そういうとストローを1本持ってきて、包み紙がしわくちゃになる様に引き抜いた。

「ちょっと失礼」

 そう言って有菜の湯飲みにストローを挿し、お茶を一滴包み紙に垂らす。

 すると包み紙がうにょうにょとうねりながら伸びて行く。

「これ面白いですよねぇ~♪」

 そう言ってクスクス笑うが、すぐにみんながシラケた目で見ているのに気付く。

「あれ? 面白くないですか?」

 しょんぼりしてしまうあかり。

 皆揃って深い溜息を付く。

「出るか」

 夏姫の一言で撤収する事にした。

「邪魔したな」

「またいらして下さいねぇ~」

 後ろからそんな声が聞こえる。


「どう思う?」

 帰路の途中で有菜が尋ねる。

「演技の可能性も捨てきれないが、あんな事をするメリットとは何かと考えると分からないな」

 腕組みをしながらそう答える夏姫。

「操られている可能性だってあるし、今まででも普段はああして生活していたのかも知れない。可能性を言い出したらキリがないな」

 御影は頭の後ろで手を組み、上を向いて歩いていた。

「なんにしろウチらの前に顔を出す意味が分からんよな。まぁ向こうから来た訳ちゃうけど」

「・・・・・・組織の活動資金調達とか?」

「・・・・・・セコーーーぃ!」

 珍しく裕美が発言するが、流石にその意見には皆の声がハモる。


 数日後、夏姫は知人から仕事を手伝ってくれとしつこく頼まれ、断りきれずに有菜の父親の系列会社へと向かった。

 事故のあった会社の研究・開発部門をなんとかこちらで再建しようというプロジェクトが動き出していたのだ。

 裕美達を作っていたプロジェクトの再建かもしれない、一抹の不安を覚えつつも参加する事に決めた。

「こちらが以前の部署である部門の責任者だった広川主任の娘さんであり、前の部署で唯一生き残った研究・開発員でもある夏姫さんだ。正社員では無かったし、プロジェクトの全てを知っている訳では無いが、重要な仕事をしていたので、貴重な知識・経験を持っている筈です。」

 スタッフ達に紹介されるが、部長のそんな説明も上の空で夏姫は目の前の女性を見つめていた。

「・・・・・・優舞?」

 その呟きには誰も反応せず説明は続く。

「こちらは私の助手の様に働いてもらっている主任の徳寺晴子くんだ。見た通り大学を出たばかりの若手だが、その知識と技術は大した物だ。夏姫さんは徳寺くんのもとに付いて、今までの研究の成果を教えてやってくれ。歳も近いし話しやすいだろう」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 晴子は眼鏡をかけているので若干雰囲気は違うが、間違う筈は無い、優舞だ。

 仕事中、他の人も大勢居る中で話を切り出す訳にもいかず、取り合えずは仕事にかかる。

 夏姫は全ての部署を自由に行き来出来るが、今の所は表向き通り医療用機器の研究・開発しか行なっておらず、秘密裏に何かをやっている気配は無い。

 無駄骨だったかもと思ったが、徳寺晴子と名乗った優舞ソックリの人が気になる。

 それだけでも来た甲斐はあった。

 夏姫の知っているおっとりとした優舞と違い、穏やかながらもキビキビと動き、笑顔も見せず真剣な表情で研究に没頭している所をみると、

 とても女子高生とは思えない。容姿はそっくりだが本当に少し年上にさえ見えて来る。

 なにより普通科で並みの成績だった筈なのに、この分野の知識や技術をしっかり習得している様だ。

 戦う力は魔法でなんとかなるにしても、こういう知識や経験は一朝一夕でどうにかなるものでも無い。

 働いている姿を見ていると、本当にただのソックリさんに思えてくる。


 今日の業務時間が終わり、みなが部屋を出て行く中、一人作業を続けている晴子に気付いた。

「終わらないんですか?」

「んー、もう少しなんだけど、ちょっとキリが悪くてね」

 手元を見たままそう答える。

「手伝いましょうか?」

「いいよ、すぐに終わるから」

 そしてしばらくの間の後

「よし、終わり。・・・・・・それで?」

 と、いきなり話を振られる。

「え?」

 突然で何の事か分からず聞き返す。

「何か話したい事が有るから待ってたんでしょ」

 そう言いながら眼鏡のズレをそっと直す。

 そういう仕草が板に付いている。

 優舞は眼鏡を使っていただろうか?

 そんな事を思いつつも思考を元に戻す。

「どうしてそう思ったんですか?」

「他に待ってた理由が思い付かなかっただけよ。それに、仕事中もこっちをチラチラ見ていた様だったし」

 確かに話して見たい事は有る。だが返答も大体想像が付く。

「まぁ、そこまで見抜かれてるなら別に隠す事でもないかな。似てるんですよ、あなた」

 思い切って話し始める。

「誰に?」

 やはり予想通りの反応だ。

「私の友人にです」

「でもその人じゃ無いとはすぐに分かるんじゃない?」

「それが、その子今行方不明で、何処で何をしてるのか分からないんです」

「え?! 行方不明? あー、それで私かもって思った訳ね。でも残念ながら私は貴女と今日が初対面よ」

 一瞬驚いた表情を見せるが直ぐに落ち着きを取り戻す。

 知らない人が行方不明と言っても反応はこんな所か。演技だとしてもリアリティが有る。

 そういう仕草のひとつひとつを備に観察しながらも話を続ける。

「その様ですね。似ているのは外見だけで、言動は大分違う様です。あの子から今のあなたは想像が難しいです」

「見つかるといいわね、その子」

「はい。つまらない事に気を使わせてしまってすみません」

「気にしないで、私もあなたの事、ちょっと気になってたから、少しでもお話し出来て良かったと思ってる」

「どうして私と?」

「だってそうでしょう? 責任者の娘とはいえ、高校生のアルバイトなのにプロジェクトの中枢に居たんですもの。

 その年でそれだけの知識・技術が有るなんて、誰だって気になる存在だと思うわ。今だって私と同等以上の立場に居るのだし」

「そうかも知れませんね。私としてはただ両親の仕事を手伝っていただけの心算でしたけど、いつの間にかそんな所まで行ってしまって」

「凄いのね。私みたいな努力型と違って天才肌なのかもね。普通はなかなか出来ない事よ」

「徳寺さんの方が凄いですよ。言った事はすぐ理解出来るしその応用まで考え付く。流石です」

「晴子でいいよ。まぁ素人にゃ負けてらんないわよね。私だってそれなりに頑張ってきた実績が有るんですから」

 そこで初めて晴子の笑った顔を見た気がした。

 その笑顔はやはり優舞に似ている。

「何か目標でもあるんですか?」

「んー、別にそういうんじゃなくて、ただ自分が得意な事をやっていたらここまで来ちゃったって感じかな?

 とりあえずそれで生活して行けるのなら問題無いかなと。貴女は?」

 聞き返されるとは思わず、少し言葉に詰まる。

「私は・・・・・・、ただ両親の背中を追っていただけですね。何かをしたいとかでは無く、ただ両親の様になりたかった、それだけです」

「そう。・・・・・・過去形って事は今はどう思ってるの?」

「え?」

 何気なく発した言葉だったが、指摘された通りだと思い少し考え込む。

「・・・・・・今は、自分でも分かりません。以前はこの研究で救われる人達が居ると思っていまいたが・・・・・・」

 また、御影や裕美の様な戦闘員が作られるのかも知れない。

 そう思うと少し気が滅入って来た。

「今はそうじゃ無い、と。噂の所為かしら? 前の部署は妨害工作をされる様な事をしていたという」

「・・・・・・そうですね、それも有ります」

「他にも何か?」

「それは言えません」

「そう。噂だけじゃなく、何かを知っているのかしら」

「・・・・・・」

「まぁ、理由はどうあれ貴女が正しいと思った道を進むしかないんじゃないの? 研究の成果を悪い事に使われたとしても、貴女の責任じゃ無いわ。

それは火や包丁を恐れては今の生活が成り立たない様なものよ。電気だって人を殺せるわ。重要なのは貴女が何の為にそれを成し遂げるかよ」

「・・・・・・そうですね。分かっていた事の筈なのに、そう言ってもらえて少し楽になった気がします。」

「そう、良かったわね」

 そこまで話すとどちらからとも無く歩き出す。

 晴子の事を探っていた筈なのに、何時の間にか普通に話し込んでいた。

 それも、優舞と話しているとは全然思えない。

 やはりただ似ているだけなのだろうか?

 愛恵の事が無ければ本当にそう思ってしまいそうだった。

 別れ際、

「見つかるといいわね」

 もう一度そう言う晴子。

「え?」

「お友達」

「はい」

 何時に無く軽やかな気持ちで帰路につく。


「今度は優舞のソックリさんかぁ・・・・・・」

 腕組みをして考え込む飛鳥。

 他のみんなも考え込む。

「でも、結構話し込んだけど私の知ってる優舞とは全然違ったよ。優舞って私達の中で一番普通な娘だったろ。いくら魔法や洗脳を受けたとしても、あんな才女にはならないと思うよ」

 夏姫も飛鳥の様に腕組みをしながら考え込む。

「でも、愛恵に続いて優舞までとなると流石に偶然では片付けられないよね・・・・・・」

 有菜が本人であって欲しいと願いを込めて言う。

「それもあたしらのプロジェクトの再建かも知れないとなると愛恵以上に怪しく思えるな」

 御影はほぼ確信を得て、プロジェクトの方に関心を寄せる。

「まぁ今の所その心配は無さそうだけどな。前だってほとんどの人は知らずに働いていたんだし、本当に表の仕事の再建かもしれない」

 夏姫が憶測を立てる。

「でも研究が進めば分からないですよね? 上層部の人までみんな変わった訳じゃ無いんですから」

 洋子はプロジェクトの行く末を心配する。

「確かにその可能性は捨てきれないし、晴子さんが居ればそう遠い先の話しでは無いでしょうけど、今度は私の目が光ってるんだ。怪しい動きが有ったら直ぐに分かるでしょう」

「でもウチらは見てへんから分からんけど、その晴子さんって人はそんなに優舞とそっくりやのに雰囲気違たんか?」

 この辺り、流石に飛鳥は疑り深い。

「そうね、あかりさんは本当に愛恵じゃないのか? って気がしてならないけど、晴子さんは物腰から口調まで全然違ってたよ」

「うーん、まぁ何にしてもその晴子さんって人もあかりさんも、もう少し調べた方がええんちゃうか?」

「うん、それは明日にでも直ぐ調べようと思う。」

 夏姫がそう提案し、今日の所は考え過ぎない様にした。

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