第5話 学校

 それはある日の授業中に突然訪れた。

 晴れていたはずなのに急に暗くなったので誰となく校庭の方を見ると、その光景に驚いて騒ぎ出す。

 学校の塀を境に外の景色がまったく見えなくなっていた。

 学校全体を覆うように結界が張られていたのだ。

 見ると何者か怪しい奴らが校庭で体育をしていた生徒達を襲っていた。

 敵のいきなりの大胆な行動に困惑する有菜達。

 すぐにでも変身して飛び出して行きたいが、みんなの見ている前でそれは出来ない。

 なんとか抜け出そうと様子をうかがっていると突然声が響き渡った。

「神界の戦士達に告ぐ。お前達がこの学校の生徒だという事は分かっている。他の生徒達に危害を加えられたく無ければ大人しく出て来い。さもなくばこの生徒達を一人ずつ殺していく」

 そう言って校庭の生徒達に銃が突き付けられる。

「早く出て来い、脅しでは無いぞ!」

 その言葉に生徒達がざわめき出す。

「なんだ?誰に出て来いって言ってんだ?」

「戦士とか言ってたからあれじゃない?時々目撃されるっていう謎の戦闘集団の噂。あれってウチの生徒だったんだ。」

 などと方々で憶測が飛び交う。

 ざわめきながら窓際に押し寄せる生徒達に囲まれてなかなか抜け出せないでいると、痺れを切らせた奴らが校舎に向かって銃を乱射した。

 威嚇射撃のため直撃は無かったものの、窓ガラスが飛び散り負傷した者が多数出た。


 騒然となる中、それでも戦士が出て来ないので校庭の生徒に再び銃が突きつけられる。

 それを見た有菜が窓から大声で

「やめて!」

 と叫ぶ。

「有菜?!」

 困惑するクラスメートをよそに、人ごみを掻き分け窓枠に上り、枠を蹴り飛び出しながら戦士に変身し、その勢いで銃を突き付けていた奴の前まで駆け寄る。

 しかし人質を取られているのでそれ以上動けないでいる。

「どけ!」

 そう言ってクラスメートを押しのけ、それに続く様に御影と裕美も飛び出しながら変身する。

「来たな、他の連中はどうした!」

 そう言われると有菜は一瞬後ろ振り返り、

「あの状態なんで、もう少し待って貰える?」

 とだけ言う。

 相手もチラリと校舎の方を見ると、野次馬達が窓辺を埋め、1階出入り口付近も生徒でごったがえしていた。

 しばしの沈黙の後、ようやく人垣を掻き分けて出て来る者が居た。

 有菜達がみんなの前で変身したのを見ていた他の四人も、何とか校舎前の人垣を抜け出した後、諦めて自分達も全校生徒の見つめる前で戦士の姿に変身した。

 後ろで生徒達が

「誰だあいつら?」

「今どうやって着替えたんだ?」

「あれアイドルの仲谷さんじゃない?」

「何かの撮影か?」

「成績学年トップの広川さんもいるみたいよ」

 などとざわめき出すが今は考えない事にする。


 出てきたは良いが、人質を取られているので此方からは手が出せない。

「ようやく出て来たか。今までは逃げられていたが、これ以上我々の計画を邪魔しない様に今日こそこの場で決着をつけてやる!!」

 そう言うと捕らえていた生徒達は律儀に放してくれた。

 奴らとて無用な殺生は好まない様で助かった。

「昼ん中にえらい堂々と攻めてくるやんけ」

 飛鳥が探りを入れる。

「何時もお前達はすぐに逃げ出すからな。逃げられない状況にしたまでだ。無益に殺す気は無いが、お前達が逃げ出したらどうなるか、分かっているな」

「それは、アレ以上の戦闘は街への被害が大きくなるのと、騒ぎを聞き付けた誰かに見られない様にしてるだけだよ」

 有菜がそう言うと、

「その言い分も分からなくは無いが、決着を付けられない所為で、何時もお前達に邪魔をされてばかりだ」

「だからと言って、こんなに騒ぎを大きくしてどうする気なの?」

「そこは俺達の部隊の独断だ、上からの抑圧も有るのでね。仮に世間に俺達の事がバレても、全ては俺達の責任。組織は関係無い」

「なるほど、そっちも必死なわけね」

 そこまで言葉を交わすと、互いにゆっくりと剣を抜き、戦闘が始まった。


 今までは適当な所でどちらかが退散していた所為もあるが、こんな長い戦闘は初めてだ。だが今回は下手に撤退すると他の生徒達に矛先が向くので此方から逃げる訳にもいかない。

 どちらかが全滅するか、適当な所で退いてくれるのを待つしかないだろう。

 あちこちで敵戦闘員の血飛沫が飛び、その度に生徒達の悲鳴や歓声が上がる。校庭は凄い惨状だ。

 しかし、いくら倒してもキリが無い程数がいる。魔法で身体能力が上がっているのにもかかわらずみんな肩で息をしだす。


 ようやく敵の数も減って来た頃、校舎の脇で爆発が起こった。

 その一瞬の隙を逃さず残った敵の大半を倒す。

 校舎脇の方からはエスカルとザイラスが戦いながら出て来た。

「あの人は!?」

 有菜と愛恵、そして御影が同時に声を上げる。

「御影も知ってるの?」

 有菜が聞くと、

「あたし達を施設から連れ出したのはあの人だ」

 と言う。

「え!?」

 意外な事実に驚く有菜達。

「あの人は会社を襲撃し、お父さん達を殺した犯人かもしれないのよ。少なくとも神界とは敵対してる、魔族のはずよ」

「なんだって!?」

 その言葉に御影と裕美が驚く。


 校庭の奴らは粗方倒したのに今だ結界が消えない所を見ると、奴の手引きなのだろうか。

 校庭の真ん中でエスカルと戦士達がザイラスを取り囲む。

「エスカルさん、どうして?」

「街中に大きな結界が張られたので様子を見に来れば、どうやってかこいつが中に入るのを見つけたので、割り込んでみればこの有り様ですよ」

「それじゃやっぱりあの人は、敵の上官!?」

 親の仇と思われる人物を前にして有菜と愛恵が先走りそうになるのを飛鳥と優舞がなんとか抑えている。

 それを横目に御影と裕美は、助け出してくれた恩人と敵対することに戸惑っている。

 夏姫にとっても仇のはずだが意外と冷静に事を見守っている様だ。


 そしてついに有菜と愛恵がザイラスに斬りかかる。

 流石に敵の上官だけあって強い。二人がかりでも傷一つ付けられない。

 しかしこちらも見事なコンビネーションで反撃の隙を与えない。

 今までの戦いの中で二人も強くなり息も合っている様だ。

 飛鳥や優舞達が後方支援したくても動きの速さで隙が無く迂闊に手が出せない。

 エスカルも手を出せないでいる。

 さっきまで二人とも息が上がっていたはずなのに良く頑張る。


 しばらくそんな攻防が続いたが均衡が破れる時が来た。

 攻め疲れか愛恵の気が一瞬緩んだ瞬間、それを逃さずザイラスが襲い掛かる。

 しかしそこに優舞が飛び込みその一撃は空を切る。

 と同時に優舞の一撃がザイラスを襲う。

 剣が体に触れた瞬間何かが割れる音と同時にあたりが光に包まれる。

 その一撃は服の下にあった魔界と行き来するための空間転移に使う水晶球に当たったのだ。

 水晶球は大爆発を起こし、爆煙の中から有菜が吹き飛ばされるのが見えた。


 しばらくして有菜の傷を治しているうちに煙もはれるが、そこに愛恵・優舞・ザイラスの姿は無かった。

 残った者には事情がハッキリしなかったが、あたりに何も残っていない事からおそらくどこか違う次元に飛ばされたのだと推察する。

 何時の間にか残っていた敵もエスカルもみな姿を消し、結界も解かれたようだ。


 そして一部始終を見ていた生徒達がどっと押し寄せて有菜達を取り囲み揉みくちゃにする。

「お前ら凄かったぜ!」

「何であんな事出来るの?」

 などといった事を騒ぎ立てる。

「おい! なんだよ! やめろよ! こら!」

 みんながまとわりついてくるので御影が抗議するが収まる筈も無い。

「少しはアイドルの気持ちが分かったかしら?」

 有菜が少しおどけて言う。

 愛恵と優舞の事は気がかりだが、この状況ではどうしようも無いので、一騒ぎ収まるまでは諦めた。

「こらかなわんな」

 呆れ顔の飛鳥。

 ここまで来ると誤魔化しも効かないし、一人一人に説明するわけにもいかず、このままでは埒が開かないなと思っていると、

「有菜!」

 そう言って現れたのはクラスメートの彩子(さいこ)達だった。

「彩子!」

「凄かったよー有菜達! 私達にまで内緒で何やってるのよー!」

「ごめんねー彩子。でもこの騒ぎどうしよう・・・・・・、話をしようにもこれじゃどうにもならないよ」

「なにか手伝えるといいんだけど・・・・・・」

 そう言ってしばらく考え込む。

「そうだ、校内放送用のマイクを用意してくれない? ボク達はなんとか朝礼台に向かうわ」

「分かった、すぐに準備するね」

 そう言って人垣をかき分けて行く彩子達。

 夏姫達にも朝礼台へ向かうように伝え少しずつ移動してゆく。


 なんとか辿り着いた頃にはマイクの準備も出来たようだ。

 戦士のみんなが台の上にのぼり有菜がマイクを握る。

 有菜が片手を上げて

「みんなー! ボクの歌を・・・・・・じゃなかった、ボクの話をきいてー!」

 そう言うと更に歓声が高まる。

 それに応える様に両手を上げ手を振る有菜。

 さすがにこういう事には慣れているようだ。

 他の者はその後ろで有菜に任せるようにして見守っている。

 有菜が振っていた手を下ろしマイクを口に当てると皆のトーンが下がり、歓声が収まって来た頃に話し出す。


「今日はみんなを巻き込んじゃってごめんなさい」

 そう言って深々とお辞儀をする。

「今みんなが見た通り、ボク達はある一団と戦っています。これはテレビや映画の撮影なんかじゃありません! 本当に戦っているんです! 最近世間を騒がせている不思議な事件は奴等の仕業で、新聞やニュースで騒がれている謎の戦闘集団とは奴等とボク達の事です。

奴等はこの世界を支配しようとしている悪魔達で、ボク達は神界から力を借りて戦っているんです」

 そこまで話すと「悪魔ってどういう事だ?」などとまたざわつき出す生徒達。

「とっても危険な奴等なのでみんなは興味本位や面白半分でボク達に関わらないようにお願いします。もしまた何かあった場合は危険なので、無理せずに相手の言う通りにして下さい。ボク達の事を話してくれてもかまいません。

でも、マスコミなどには知らせないで下さい。話が大きくなると奴等はまた強硬な手段に出てくるかもしれませんから。幸い学校の外までは騒ぎが伝わって無かった様なので、今日の事はボク達だけの秘密でお願いします!」

 そう言ってまた大きくお辞儀をする。

 今度は

「おぉー!」

「わかったぞー!」

「がんばれー!」

 といった声援が上がる。

 それに手を振って応える有菜。

「それじゃあここでお詫びのしるしに一曲歌っ・・・・・・うわぷ」

 調子に乗って有菜が歌い出そうとしたのを御影達が押さえつけ、夏姫がマイクを取り上げると、

「説明はこれで終わりだ。みんな授業の邪魔をして悪かった。そろそろ教室へ戻ってくれ。それから怪我をした者は保健室で待っていてくれ。私達が治療をする」

 とアナウンスする。

 そこにようやく先生達も加わり渋々と教室へ戻り出す生徒達。


 有菜達は保健室へ行こうとした所、当然のごとく職員室に呼び出しがかかる。

「お前達こんな事をしてどういうつもりだ! あんなに窓ガラスを割って怪我人だって多数出ているんだぞ!」

 生徒指導の先生が怖い顔でそう言い放つ。

「さっきの説明を聞いていなかったんですか?! ボク達は奴等に襲われたから戦ったんです!遊びでやっているんじゃありません。奴等は本気で襲って来ているんです。それに怪我人だって治療するって言ったじゃないですか! 早くみんなの所へ行かないと!」

 有菜が大声を上げる。

「怪我をしたら手当てをすればいいってもんじゃないだろう! お前達がこんな事をしなければ最初から怪我なんてしなかったんだ! まったく、成績優秀・品行方正だった広川までが一緒になりおって・・・・・・」

 その言葉を聞いて夏姫の顔色が変わる。

 大人達はいまだにあれが映画の撮影か遊びの見世物の類いだったと思っている様だ。

「まだ分からないんですか! 最近いろんな施設が襲撃・破壊されているのをニュースでやっているでしょう! その襲撃が今回はこの学校で起こって、私達はそれを食い止めたんです!」

 珍しく夏姫が声を上げてそう言う。

「分かって無いのはお前達の方だ! 理由は何であれ他の人を巻き込んで怪我までさせているんだぞ!それを・・・・・・」

「ああ! うるせーなあ!」

 先生の話にキレかけた御影が言葉をさえぎるように大声を出す。

「なにぃ!」

「この剣はな、おもちゃじゃねぇんだ! 本物なんだよ!」

 そう言って片手で剣を振りかざすともう一方の自分の腕を切り落とした!

「!?・・・・・・な・・・・・・?」

 驚き言葉も出ない先生達。

「御影!」

 有菜達も御影の意図を掴みかねている。

 御影は落ちた腕を拾うと先生に向かって投げつける。

「! っひぃ!?」

 腕から吹き出る血で真っ赤に染まる先生。

「あたしらはこの剣で本当の殺し合いをしてるんだ。怪我ぐらいで済んだら御の字なんだよ。怪我ならまだ治せるからな。むしろ死人が出なかった事に感謝するんだな!戦うっていう事はそういう事だ!」

 そう言いながら先生の方へ歩み寄り、先生の足元に落ちた腕を拾うと元の位置にくっ付ける。

 すると見る間に傷口が塞がり元通りに繋がる腕。

 そして指や手首を動かして見せる。

「そんな訳だからあたし達は保健室で怪我人の治療に行ってくる。まだ文句は?」

「・・・・・・い・・・・・・いえ・・・・・・」

 腰を抜かした先生がなんとかそれだけ答える。


「御影・・・・・・大丈夫なの?」

 有菜の当然の質問に

「イテェに決まってるだろ! まだズキズキしてるよ」

 不機嫌そうに答える御影。

 効果が抜群だった分代償も大きかった様だ。

「そのおかげで良い物見させてもらったよ、あの間抜けな顔ときたら・・・・・・。サンキューな、御影」

 夏姫がクスリと笑いながら言う。

「ちょっとやりすぎのような気もしたけどね・・・・・・。先生の顔真っ青だったよ」

「本当は近くの机でもぶった切ろうかと思ったんだが、それだとまた物を壊しやがってとか言われそうだったんでな・・・・・・すぐに治せる物にしただけだ」

 短気な様に見えても色々考えてはいる様だ。

 そしてこの日の残り半日は生徒達の治療に費やされた。




「未だに信じられ無いよ」

 開口一番、思っていた事を口にするのは瀬河彩子。

 学校では他の生徒達が騒ぎ立てて碌に話も出来なかったので、放課後親しい友達と有菜の家に集ったのだった。

 と言っても有菜の友達ばかりで、御影や飛鳥は勿論、夏姫にもそんな親しい友人は居なかった。

 本当はあまり話したくは無いのだが、ヘタに勝手に動き回られるよりは良いだろうと話す事にした。

 それに、しっかりした情報源が居れば、誤った認識が広がる事も少ないだろうという判断だ。

「あの学校の生徒や先生以外に話しちゃ駄目だからね!」

 一応の念押しをする。

 そこへ裕美が茶菓子を運んで来る。

「あ、ども。分かってるってば。しっかしホント、有菜達がねぇ・・・・・・」

 お茶を受け取りながら裕美や有菜の事を眺めるのは小波美奈子。

『高田さんは以外に家庭的なんだ』

 と、見かけとは少し違う印象を抱いた。

 実際此処へ来てからは御影の世話をするついで程度に愛恵の家事手伝いをしていた。

「神崎さんや高田さんなら分かる気もするけどね」

 そう言った太東莱亜や彩子・美奈子達はクラスメイトなのに御影や裕美を名前で呼ぶ程は親しく無かった。

 もちろん今此処に来ていない連中も皆同様だが。

「あ、変な意味じゃ無いよ、二人にはそういう強さみたいな物を感じるって事で・・・・・・」

 ちょっと言い方が不味かったかもと、そんな言葉を付け足す。

 だが二人はそんな事気にする様子も無い。

 何も言わずにお茶を啜る御影。

 裕美は御影の傍らでお盆を抱え直立不動のまま動かない。

 飛鳥は何気ない様子だが、正体を明かす相手がどんな人物かを備に観察していた。

 職業病みたいな物だろう。

 夏姫も、飛鳥とは違った意味で三人の事を気にしていた。

 有菜の友達といえど、夏姫にとっては知らない人も同然だ。

 向こうは少々こっちの事を知っている様だが。

 まぁ正体云々とか関係無くても、親しく無い人と接する時には同じ様にするだろう。

 そういう部分が成績とか以前に、夏姫に近づき難い雰囲気を醸し出す要因になっている。

 そんな事に気付く筈も無い三人は談笑を続ける。

「有菜はなんで戦士になったの?」

 当然の質問。

「あー、うん、ボクの場合はお父さんの会社の事故が有ったじゃない。ある時、あの事故は悪い奴らに仕組まれた物だったって教えてくれた人が居て、その人から不思議な力が使えるアイテムを授かったんだ。

ほら、あの会社で何が行われていたのか?って悪い噂がたったじゃない。それを一緒に調べようって」

 へぇー、ふぅーんといった感嘆がもれる。

「って事は、あの事故でご両親を亡くされたっていう広川さんも同じ様に?」

 聞きにくい事をズバリと聞く。

「そんな所だ」

 若干違う気もするが、事細かく教えてやる義務も無い。適当に相槌を打つ。

「やっぱり頭の良い広川さんがリーダーですか?それとも神崎さん辺りかな?」

 何がそんなに楽しいのか、嬉々として色々聞いて来る。

「・・・・・・リーダーは有菜だ」

 若干の間のあと少し面倒臭そうに夏姫がそう言う。

 そういう所が夏姫の印象を悪くするのだろう。

 しかし、

「・・・・・・へ?」

 言葉の意味が理解出来ずに御影に視線を移し答えを求める。

「有菜だ」

 視線の意味を悟ってそう答える。

「有菜やねぇ~」

 と、様子を見て念を押したのか、聞かれてもいないのに横からやる気無さそうな飛鳥の声も響く。

「うっそーん!?」

 三人が声をハモらせる。

「失礼ね!」

 タン!と机を叩き抗議する有菜。

「麻宮さんの事はよく分からないけど、このメンバーの中で、有菜の何が勝っているってゆうの?!」

「っく・・・・・・」

 一瞬何か言いかけた有菜を横目に夏姫が答える。

「まぁあれだ、年功序列って訳じゃ無いけど、有菜が一番最初に戦士になって戦っていたんだ」

「戦士としては先輩になるってのも有るが、神界とのやり取りを主に有菜がやっていたからっていうのが一番の理由だな」

 御影が付け足す。

 なーる、という声が揃う。

「広川さんの成績や神崎さん達の運動能力には敵わないですよね」

「どーせボクなんか・・・・・・」

 少々いじける有菜。

『歌や踊りと人気(知名度)なら』

 とか一瞬脳裏を過ぎったが、戦いの中でそれらが何の役に立とう物か? と、口にするのは諦めた。

「まぁまぁ、ところで神界ってどんな所なの? 神様ってどんな人?」

 今度は神界という単語に興味を示した様だ。

「王様どころか神界にさえ行った事無いよ。ボク達の上役の人は至って普通な外人さんって感じだよね。日本語ペラペラで助かるけど」

「別に英語とかでもウチは困らへんでぇ」

「あたしも」

 御影が飛鳥に続けると裕美は無言で頷く。

「私も英語なら少々・・・・・・」

 夏姫もそれに続いた。

「あれ? みんな、なんで?」

 一番驚いたのは有菜の様だ。

「ウチは海外を転々としとったからなぁ、メジャーな言語なら大体分かるでぇ」

「あたしと裕美は実際に使う事は少なかったけど、色々無理矢理勉強させられたからな」

「私は学校や塾で勉強したぐらいだからあまり自信は無いが、専門書とか外国語しか無い事も有るから少しぐらいなら」

「・・・・・・」

 彩子達が突っ込むのも可愛そうなぐらいに落ち込む有菜。

「まぁ、今の所必要性は無いんだし、問題は無いだろう」

 夏姫のフォローが虚しく響く。

「えぇ~と、じゃあ敵ってどんな奴らなの?」

 話を逸らす為か、それを知ってどうするとも考えずに興味本位で聞く。

「影響力の大きい組織・企業・施設などを乗っ取って、世界を影から動かそうとしているの。

 ボク達みたいに、それを邪魔しようとする者には力ずくで排除しようとするわ、今日みたいにね」

「そういう戦いの影が『謎の戦闘集団』とかいって報道されてたのね」

「そうだ」

 夏姫が言葉短く答える。

「でも、立場的な物も有るかも知れないけど、あたし達にまで何の相談も無かったってのは寂しい所ね」

「そうよ水臭いよ」

「私達に出来る事なら協力するよ」

 それを聞いた夏姫は、

「じゃあ貴女達は何が出来て、何処が有菜に勝っていると言うの? 興味本位で踏み込んで良い領域では無いわ」

 と、声こそ平静だが棘の有る言い方をする。

「ちょっと夏姫!」

 言いかけた有菜の言葉を遮ったのは飛鳥だった。

「いやぁ、夏姫はんの言う通りや。ウチらの中では普通人の有菜はんかて、一人ででも戦う覚悟と勇気でやって来たんや。今日飛び出してったん見とったんやろ。それに生徒達の騒ぎを鎮め、統率を取る事までやった。今日みたいな騒ぎが起こったらあんたらどうするよ?」

「ぅ・・・・・・」

 流石に黙り込む。

「まぁ、マイクの準備など手伝って貰った部分も有るが、貴女達が出来るのはそれぐらいね」

 夏姫が更に追い打ちを言う。

「元々みんな一人ででも立ち向かうぐらいの気迫を持った連中の集りだ。お友達の悩み相談なんて甘い考えでは死ぬぞ」

 御影にそこまで言われて少々頭に来た。その頭ごなしの物言いにカチンと来た。

「みんな同じ高校生だってのに、何がそんなに違うのよ!」

 いきり立って話す彩子を流石に美奈子と莱亜もなだめようとする。

 でも気持ちは同じだった。

 みんな有菜達を心配しているからこその台詞だ。

 それに、同じ年頃の人間にそんな決定的な違いが有る物だろうか?

(実は年齢には少々バラツキが有るのだが)

 その疑問も簡単に打ち砕かれた。

「あたしと裕美は普通の人間じゃ無い」

 キッパリと言い放つ。

 だが、いきなりそんな事を言われたって何がどう普通じゃないのか分かる訳も無い。

 二人の醸し出す雰囲気が常人と違うぐらいの事は感じていたが。

「この二人程や無いけど、ウチもまぁ普通とは言えへんな。今みたいな生温い生活は初めてや。夏姫はんはその人並み外れた知識や技術が有るし、件の会社の関係者でも有るしな」

 飛鳥がそう言うと御影が付け足す。

「ああ。で、有菜はズバリ親父さんの事で会社と繋がりがある。それに一見頼り無さそうに見えるが、意外とイザという時の判断力・統率力も有る。案外アイドルなんて仕事も人を動かす事に向いているのかもしれないな」

 今ここに居ない者の説明は面倒なので省かれる。

 戦士として戦っていてもなお温いという飛鳥は今までどんな事をやっていたのか?

 夏姫の頭が良いと言っても、所詮は高校生レベルという思いが有った。

 三人とも自分達を基準にしか判断出来ない。

 まぁ仕方の無い事だろうが。

「そういう事は別にしても、ボク達はみんな事件と関係が有って集まったんだよ。だから関わりの無い人を巻き込みたく無いの。分かって」

 御影から思わぬ評価を受け少々戸惑いながらも、今回の事を除いて直接事件と関わりの無い友人達の事を心配する。

 事件との関係。そういう事を言うなら確かに三人とも部外者だ。

 でも、友達だからこそ力になりたいと思う、その気持ちが有るからこそ今此処に居るのだ。

 だが思う、逆の立場だったら自分は有菜達を巻き込むのか?

 多分今日の様に学校を襲撃される様な止むを得ない事でも無い限り、進んで巻き込みたいとは思わないだろう。

 三人とも少し考え込んだ後、目で確認し合う。

「分かった、もうあれこれ首を突っ込むのはやめる」

「でも、学校に居る時に普通に話すぐらいは良いよね?」

「うん、それは問題無いよ」

 そんな所で三人は帰る事にした。これ以上長居しても無意味だろうと判断した。


 三人を見送り、居間に戻った所で飛鳥が口を開いた。

「ふぅ、また仲間が増えるんかと思ってまったが、なんとか収まったな」

「そうだな、これ以上人が増えると動き辛くなるからな」

 御影が同意する。

「実際にはどうなのか、私には分かりかねるが、小部隊としては今でもちょっと多いぐらいなんだよな?」

 夏姫が実戦経験の有る飛鳥に聞く。

「そやな、場合にもよるけど、下は三人くらいからやからな」

 そんなやり取りを聞いて有菜が思った事を口にする。

「ちょっとみんな、あの三人の事よりも自分達の事を考えて反対していたの?」

 自分達の為にと協力を申し出てくれたのに、なんて言い草だと、少し感情的になっていた。

「いや、勘違いせんといてや。あの三人の為にもこの方が良かったのは間違いないで」

「そうだ、能力云々を別にしても、あの三人は関わらない方が身の為だ」

「そりゃボクだって巻き込みたいとか一緒に闘いたいなんて思った訳じゃ無いけど・・・・・・」

 飛鳥と御影の意図を察する事が出来ないでいると、夏姫がフォローする。

「有菜の言わんとする事も分るが、あの三人には決定的に足りない物が有るからな」

「足りない物?」

「それは・・・・・・」

 と言いかけた所で珍しく裕美から口を挟んで来た。

「それは決意、意志の力」

 そういう言葉が一番似つかわしく無いと思える者の口から聞かされ一瞬ポカンとする有菜。

 確かに感情表現が豊では無い裕美だが、一つだけ硬く誓った事が有る。

 それは『御影と共に、御影の為に生きる事』である。

 御影も同じだった。

 だから御影にとってはいつもの裕美としか感じない。

 御影が戦士を辞めるとか魔族側に行くと言えば従うだろう。だがそれが御影の為にならないと判断したなら反対もするだろう。

 そういう心の強さを感じた飛鳥と夏姫は、裕美の評価を少々改めた。

「決意・・・・・・意志の力・・・・・・」

 有菜が言葉を反芻し意味を考える。

「あの子達の言葉が本心から思ってくれている事だとは思う。でもそれだけでは弱い。物語の主人公じゃ無いんだ。誰かの為じゃなく、自分の意思で、自分の為に戦おうと思わないと、必ずどこかで壁に突き当たるだろう。

私達は生死を掛けた戦いをしているんだ。その時になってからでは遅いからな。仲間を増やすにしても、良く考えてからでないと。だからエスカルも出て来なかったんだ」

「その通りです」

 夏姫の声に応える様にエスカルが現れた。

「流石夏姫さん、察しが良い様で」

「エスカルさん! 聞いていたの?」

 有菜一人が驚くが、他は皆予想していた事だったのだろう。

「騒ぎの後もお話しする機会を覗っていたのですが、お友達の手前出そびれていただけです」

「しっかり様子を伺っていたんだろう?」

 御影が棘の有る言い方をする。

「もちろん、あなた方だけの問題では無くなる事でしたからね。まぁ案ずる事も無かった様ですが。夏姫さんの仰る通り、あの子達には足りない物が有ります。あなた方は皆、誰かの死を乗り越え、その死に酬いるべく此処に集まっています。

人の死がイコールでそういう物に繋がる訳では有りませんが、皆さんはそれ程強い思いを胸に抱いている筈です」

 その言葉に、皆思う所が有る様だが、御影がひとつツッコミを入れる。

「一人、例外が居る様だが?」

「優舞さんですね。あの娘だけ行き掛かり上止む無く巻き込んでしまった形ですが、これも仰られた通り、例外的に良く頑張ってくれていますね。深く追求はしていませんが、あの子にも何か思う所が有るのでしょう。ですが、今は兎に角お二人がどうしているかの方が気がかりです・・・・・・」


 そんな話をしている内にも日が暮れて外も真っ暗になり、人影もなくなりもう良い頃だろうと、エスカルの協力も受け、人影の無くなった校庭で、愛恵と優舞が消えた辺りを調べ始めた。

「空間転移の痕跡がありますね。爆発の後に消えたのなら空間転移に用いる制御球でも破壊してしまったのでしょう。強い衝撃を加えるとそのような事が起こる可能性がありますからね」

 そう語るエスカル。

「すると愛恵達は・・・・・・?」

「どこか別の空間へ飛ばされただけで無事だと思いますよ」

 その言葉にみんなホッとする。

「それでどこへ飛ばされたかは?」

 夏姫が当然の質問をする。

「それが手持ちの機材だけでは分かりかねますねぇ・・・・・・。ただ、愛恵さんも優舞さんも制御球は持っていませんでした。つまり、敵の持っていた制御球で転移したとなると・・・・・・」

「敵のアジトかもしれないわけか・・・・・・」

「その通りです。多少ずれて飛ばされたとしても極端に離れた場所では無いでしょうね」

「じゃあ愛恵達は・・・・・・」

「敵の手に落ちている可能性が高いでしょうね。ですが、敵の拠点の最中に私達だけで後を追っても、わざわざやられに行く様な物です。逆に言えばそんな状況の中に二人しか居ない状況ならそれほど心配しなくて良いでしょう。

最悪の可能性は無くでもありませんが、奴等からしてみればいい人質が手に入った訳です。みすみす殺してしまったりはしないでしょう。折りを見て救出に向かいましょう!」

「それにしても、緊急を要したとはいえ皆さんに正体を明かしてしまうとは、また面倒な事になりましたね・・・・・・」

 エスカルが溜息混じりにそう呟く。

「有菜がもう少し辛抱すれば私達が出られたんだけどな」

 夏姫がそう言うと

「でも本当にスグにでもやられちゃいそうだったじゃない!」

 と、感情を顕にする。

「まぁ今更言っても仕方有りません。私達は人命を守る為に動いているのですから、ある程度正体を明かしたりする事も止むを得ないでしょう。別に悪い事をしている訳では無いのだし、その後の有菜さんの処置も悪くはありません」

「なんかハッキリしない言い方ね」

 有菜がエスカルに近づきそう言うと

「悪くはありませんが、皆さんがちゃんと従ってくれる保証も有りません。少しずつでもご家族やご友人、そういう身近な人達へと話しが広がるのは時間の問題でしょう。後はそうなっても問題が起こらない事を祈るしか有りません。

我々に火の粉が降り掛かるのは仕方ないとしても、一般人が巻き込まれるのは防ぎたいですね」

「でも、今回の事は私達の事を脅威に思った敵が、私達の行動を阻止する為に出た強行手段だよな。向こうにとっても良い方法では無かったと思うのだが。こっちの素性は割れた訳だし、こんな無謀な事を繰り返すとは思いたく無いな」

 夏姫が冷静に分析する。

「仰る通り、これはかなり無謀なやり方です。結界を張ったとは言え、白昼堂々と大衆の前で戦闘を行なうとは・・・・・・。でも、一度でもこういう事が有ったのですから、二度目が無いとは言い切れません。警戒を怠ってはいけないでしょう」

「こっちも起こらない事を祈るしか無いか、冴えん話しやな」

 飛鳥が面白く無さそうに呟く。


「居ない・・・・・・」

 後日改めて神族からも人手を借りて捜索したが、虚しくも愛恵達の行方が分らなかった為、溜息を付く有菜。

 神界の援軍と敵地のど真ん中に出る事を覚悟して痕跡を辿ってみると、魔界の外れでなんにも無い山の中に出たのだった。

 勿論周囲を探索してみたが、人影一つ無かった。

 本来の転移先から大きく外れてしまったのか、すでに何処かへ移動したのか連れ去られたのか、そこまでは分らない。

 Missing In Action『作戦行動中行方不明』、もしくは『戦死』。

 これ以上の捜索は無理と判断され打ち切られた。

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