第9話




 ――つまり最初から、生徒会ぐるみだった、…ってことか。

 俺にすら内々の打診も何も無く、面と向かって正式に言い出されたのは、まさに今日のこと、だったというのに。



『――正式に、あなたを次期生徒会長に推薦します』

『――アナタを指名したのが神代かみしろくん本人、ってことだよ』



 言われて普通に、雪也ゆきや一人の独断で決められたことだと思った。

 理由は分からないけど、雪也が俺を会長にと指名した。

 現生徒会役員は、ただそれを唯々諾々と承認しただけのことだろう、とタカを括っていた。

 だから腹が立った。何でもテキトーに決めてんじゃねえよ、って。

 だから連中の言い分なんて、ハナから聞く気にもならなかった。

 どうやって断ろうか、そればかりを考えていた。



 ――でも、違う。

 最初から間違っていた。俺が。



 今にして思えば……普通に考えても分かりそうなことだったのだ。

 まがりなりにも今期生徒会本部役員は、“有能”の言葉を冠に付けて呼ばれるほどに、一人一人が優秀で、かつ個性的なタレント揃いであると知られているのだから。

 そんな彼らが、仮にも“次期生徒会長”という重要事項を決めるに当たって、いくら身内の生徒会執行部員のものだとはいえ、たかだか一個人の意見のみを全く何の検討もしないまま採択するとは、考え難いだろう。きっと。



 既に校内随一の権力者の名を欲しいままにしている…に加え、試験のたびに常時“学年トップ三”以内に名を連ねるほど成績優秀な会計の梨田なしだ先輩は、もはや言うに及ばず。

 普段はあんな“不思議ちゃん”なキャラとアホ喋りを前面に出しながらも、その実、試験のたびに常時“学年トップ”の座に君臨しているという、極めつけに“優等生”な吉原よしはら生徒会長。

 控え目で目立たないながら、しかし何でも人並み以上にソツ無くこなせる、でも決して既成の“枠”には収まり切らない機知と器用さをも持ち合わせている、書記の有澤ありさわ先輩。



 ――そして、副会長の武田たけだ先輩だ。



 いかにも“優等生”な他の役員メンバーとは違い、武田先輩は、成績にしろ運動神経にしろ特にこれといって突出したものは無く、容姿と愛想と良く回る口調の良さ以外は何においても人並みレベルがいいとこで、一見したらカオの良いただのチャラ男にしか見えかねない。

 だが、その持ち前の突出した容姿と愛想と良く回る口調の良さを生かしてのものか、誰かれ問わず打ち解けられる人当たりの良さと、それで得た人脈の広さゆえに、我が校屈指の情報通と名の通る人、でもあったりするのだ。

 同じく情報通と知られる三樹本みきもと先輩が、『デビルイヤー』という二つ名の通り、その地獄耳でもって普通に調べても分からないような秘匿された情報を嗅ぎ付けてしまうのに対し。

 調べればいずれは分かるであろう情報を、しかし誰よりも早く、そして誰よりも詳細に、入手し提供できるのが武田先輩。なのである。

 そんな情報通二人がひとたびタッグを組めば、『我が校における《CIA》』などという異名までもが付けられるほど。

《CIA》――言わずと知れた、《米国中央情報局》。

 日本で云うなら《内閣情報調査室》。…ってトコだよな多分。

 どちらにせよ、これこそ正に〈言い得て妙〉ってーヤツである。

 誰が言い出したのかは知らないが、上手いこと言ったもんだよな。

 なぜなら、その《CIA》や《内閣情報調査室》が、大統領や内閣総理大臣…ようするに国を治めるべき政府直轄の情報機関であるのと同様。

 武田先輩がその一員であるってことで、ウチの高校においての“政府”とも言い得る生徒会も、直属の情報部を有しているに等しいワケなんだから。

 それだけ、そのリサーチ力においては自他共に認めるほど確かなようであり。

 つまり武田先輩というヒトは。――正々堂々と勝負するより勝負の前の根回しをするのに向いているタイプ、なんだろう。

 そりゃー情報操作や裏工作なんてのは、お手のものだろうさ。

 生徒会になんざ関わりの無い一般生徒たちからまで、生徒会の立ち上げる企画の裏には前もって必ず武田先輩が動いている、とまでも、影ながら囁かれているくらいなのだから。



 これも、尾ひれハヒレの付いて大袈裟に伝わった単なる噂、だと、思ってたけど……あながち、それは間違いじゃなかったってことだ―――。



 こうやって、雪也と共に武田先輩が動いていたのが、その証拠。

 だったのだ。――武田先輩が動く、ってことは。

 イコールそれは、生徒会の企てが本稼動し始めるという“予兆”だ。

 あくまでも水面下にしかなかったものが、水面上へと浮上してこようする前触れ。

 さすが有能生徒会、予めシッカリ俺――『早乙女さおとめ すばる』という人物についての下調べをし切ってからの打診、だったってワケだ。

 恐れ入るよ、その周到さには。

 尚且つ、その“下調べ”をもって俺を調査した上での打診、ってことは……俺は次期生徒会を任せるに足る人間であると、そんな“お墨付き”を今期生徒会から戴けた、ということにでも、なるんだろうか―――。



「…ホント勝手なハナシだよな、それはそれで」



 心の底からのボヤきを俺は吐き出す。深々としたタメ息と共に。

 過言でなく途方に暮れている。

 様々な情報に脳の全てを支配されているみたいだ。

 思考がぐちゃぐちゃで、何もマトモに考えられる気がしない。

『聞いたぜ、統? ――なんかオマエ、次期生徒会長サマ、なんだってなー?』

 それから何も話せないうちにすぐテツの休憩時間も終わりを迎えてしまい、どことなく釈然としないままに別れて、歩きながら何やかやとアタマはずっと考え続けていたけれど……でも一向に纏らない。とりとめの無いことばかりが、ランダムに浮かんでくるばかり。

 軽くイライラとして、手が無意識に頭の後ろをバリバリと掻き毟っていた。



 ――そもそも、どうしてこんなことになったんだろう?

 そう…そうだよ、“そもそも”で言うなら、“アイツ”が“あんなこと”を言い出すからじゃないか。

 あんなこと――俺を生徒会長に指名する、なんてこと。

 そんなこと言い出されなければ、こんなことにはならなかった。“アイツ”が、言い出したりなんて、しなければ。

“アイツ”、が―――、



「――雪也が……」



 思わずギクッとして振り返った。

 その背後から響いてきた小さな声に、自分の思考を言い当てられたような気がしたから。

 思わず足を止めていた俺につられたように、声の主――もう話は済んだハズなのに性懲りも無く俺の後を付いてきていた月乃つきのも、ゆっくりと歩みを止めた。

 そのまま、どことなくボンヤリとした口調で続ける。

「こんなワケの分からないこと、雪也がするなんて初めてよ」

 まるで振り返った俺のことなんて気付いていないかのように軽く目を伏せたまま、独り言めいて。

「――ねえ、どうしてなの?」

 そして訊く。

 ボンヤリとしたままの表情を、まるで軋む音が響いてきそうなほどにゆっくりと、振り返っていた俺の方へと巡らせてから。

 表情はそのままに…でも視線だけは、射抜くように真っ直ぐ、俺だけを捉えて。



「教えてよ、早乙女 統。ねえ、どうして? ――どうして雪也は、それほどまでにあなたを会長にしたがってるのよ?」



「………知らねぇよ」



 そんなのはむしろ俺の方が聞きたいくらいだ。

 しかし、しつこく食い下がってくるかと思われた月乃は、意外にも「そうよね…」と、呟くように言い、また再び目を伏せた。

「あなたは……そういう嘘は、吐かないわよね……」

「…………」



 思わず息を呑んでいた。

 その姿に面食らって、俺はまじまじと彼女を見つめ直していた。

 しつこく食い下がってこなかったのに拍子抜けした…ことも確かだが、それよりも何よりも。

 ついさっきまでの勝気きわまりない彼女特有の面影が、今の月乃には、全く見受けられなかったから。

 ただ驚いてしまった。

 単純なまでに、ただ“驚く”という行為しか、取れなかった。

 初めてこの月乃が、“普通の女の子”に見えた。

 ――オマエも勝手なヤツだよな。

 そう、我知らず思う。

 さっきまでは、こっちが面倒くさくなるくらい、暴力に訴えてまで我を通してくれやがったクセに……それが、こんなにもイキナリしおらしくなりやがって。

 そんな風になられたら、こっちはもう、オマエのこと放っとけなくなるじゃんか。

 ホント勝手で……そして卑怯だ。

 さっきの涙といい、コレといい……あまりにも不意討ちで、俺をただの木偶でくの坊に成り下げてしまう武器を、ここぞとばかりに振りかざしてくる。

 これだから女ってヤツは。――ズルイじゃねえかよ、ちくしょう。



 為す術も無く立ち尽くしているだけのような風情の月乃に、俺は黙って歩み寄った。

 近付いてきた俺の気配に気付かない筈はないだろうに、なのに相変わらず俯いたまま、視線を上げないでいる。

 そんな彼女の真正面で、おもむろに軽くタメ息が洩れた。

「…オマエがそうやって悩んでみたところで、何にもならねーだろ」

 まがりなりにも、らしくないくらい元気の無い彼女を少しでも励まそうとしてみたハズだったのだが……でも出てきた言葉は、我ながら冷淡そのものでしかなく。

 言ったと同時、ヤバイと軽く落ち込んだ。

 ――てゆーか……そもそも知らねえよっつの、オンナノコの慰め方なんて!

 ノロノロと顔を上げた月乃が、どことなくウラミがましい非難するような眼差しを向けてきたため、「あーだから…えー、なんだ」と、次の言葉を探してドモりながら、俺は慌てて彼女から視線を逸らした。

「そうじゃなくて……だから、つまり言いたいのは、だなー……!」

 既に自分が出してしまった言葉に対してイイワケをする気は無いものの、でも何とかして当たり障りの無い慰め言葉を言わなくてはと、ただ焦ったあまり、逆に意味の無い繋ぎ語句ばかりが口を突いて出てくる。気の利いた言葉のたった一つさえ、全くもって浮かんでこない。

 そんなナサケナイ俺を、おもむろにクスリと吹き出した声が、遮った。

「――わかってるよ」

「え……?」

 まるで忍び笑いを押し殺しているかのように続けられた、そんな言葉。

 思わずキョトンとして俺は、反射的に、再び月乃へと視線を戻していた。

 すると、悪戯っぽい視線で俺の顔を真っ直ぐに見上げながら、再び告げられる「わかってるわよ」という言葉。――な、なにがだよ?

「こういう時にアンタが言わんとしてることなんて、タカが知れてるでしょ。――下手クソな慰め、どうもありがとう」

「…………」

 ――とりあえず、元気付けようとしてたコチラの気持ちだけは、何となく伝わってくれたらしい。…悪かったな、『下手クソ』で。

 しかし、それを素直にカオに出してやるのも何かシャクだと思ったので、とりあえず何事でもないような表情を取り繕い、「ドウイタシマシテ」のヒトコトくらいは、返しておくことにする。

 …とはいえ、それもそれで、なんか一本取られたようで据わりの悪い気分だったら、きわまりないんだが。

「ホント、アンタの言う通りよね。私がここで一人悩んでみたって、何にもならないんだから」

 そう言うと、月乃がニッコリと柔らかく微笑んだ――かと思いきや、次の瞬間には瞳に剣呑な光が宿り、表情が思いっ切り険悪な悪人ヅラに早変わる。

「裏でコソコソ何を企んでいるのか、手っ取り早く、知るためには……」

 おもむろに両手の指をバキボキバキッと鳴らしたと同時、その悪人ヅラに、やおらニンマリとした笑みが浮かんだ。



「やっぱ、当の本人を問い詰めなきゃよ、ね―――」



 ――てか、最初からそうしてくれりゃー、何の問題も無かったんですけどねー……。



 今さらと云えばあまりにも今さらなその言葉に、やや白い目を向けてみながらも。

 なにはともあれ、やっと普段の調子を取り戻してくれたらしいな、と、なんとはなしにコッソリ、俺はホッと安堵の息を吐いた。

 やっぱコイツはこうじゃないとコッチまで調子が狂う。――とはいえど、それもこれも、そんな月乃に“慣れ”てしまった所為だとは、口が裂けても決して認めたくはないけれどな。



 ――そこでフと、その“気配”に気付いた。



 気付いたと同時、反射的に月乃の腕を掴んでいた。

「えっ、何……!?」

「…行くぞ」

 驚き声を上げる彼女を黙らせるかの如く、そのヒトコトで遮って。

 そのまま月乃ごと引きずるようにして歩き出す。足早に。

「な、なによ一体なんなのよ……?」

 俺に腕を引っ張られながらも、尚も困ったような声で疑問を投げ掛けてくる月乃のことは……とりあえず今は放っておく。

 今はとっととこの場を去ることが先決だ。



 ――でも……もはや、既に遅かった。



 歩き始めた俺の前方を、ふいに路地から現れた複数の人影が塞いだ。

 それを待ちかねていたかの如く、背後にあったやはり複数の“気配”が、その姿を現す。

 背後の輩は、きっと俺たちをつけてきてたんだろう。――おそらく、先刻テツと別れてからずっと。



『悪ぃな、統。――またオマエに面倒かけるかもしれねぇわ』



 別れ際、月乃には覚られないよう、こっそりとテツが俺の耳元で囁いたセリフ。

 ――自慢にもならないが、これでもテツとの付き合いは十年モノだ。

 こんなセリフ、初めてでも何でもない。

 それと共に俺に降りかかってくる、ヤツの言うトコロである『面倒』にも、もう慣れてる。



 にも関わらず……いくら、あの時テツから与えられた情報で判明した事実によって途方に暮れてた上にマトモな思考状態ではなかったからとはいえ、今の今までそれに気が付かなかったなんて。

 俺にしては迂闊だった。

 繰り返すようだが、これでもテツとの付き合いは十年モノ、こんな“気配”には敏い方だった筈なのに。



 行く手を塞がれて立ち止まった俺の背中に、勢い余ったか、月乃がマトモにぶつかった。

 その拍子に彼女の足も止まり、俺の肩越しに前方の人影を認めるや否や、おもむろに息を呑む。

「なによこれ……? だから一体、どういうこと……?」

 そう、俺の耳にだけにしか届かないくらいに声を潜めて囁いてくる。

 不穏な空気を纏って近付いてくる人影に、ここでようやく自分たちが前後を囲まれたことに気付いたらしい。

 一瞬にして、その身体が強張った。

 まだ掴んだままだった腕にピンと張った力が籠もって、俺にもそれが分かった。

「…悠長に事情を説明してる場合じゃないんだが」

 近寄ってくる前方の人影を見据えたままで、とりあえずそれを囁き返すも。

 即座に「じゃあ要点だけ言いなさいよ!」と返ってくる。

「てゆーか、そもそもコレ、つまりアンタ絡みってことなワケ!?」

「いや、そこはきっぱりとテツ絡み」

「はい……!?」

「大方のとこ、テツに喧嘩で負けたヤツらだろ」

「なァんですってェ……!!?」

 そこで何事か言いかけようとした彼女のセリフが、言いかけのまま飲み込まれた。

 なぜなら前後の人影が、もう俺たちの目と鼻の先にまで接近してきてたから。――に加えて、そのまま俺たちの左右をも取り囲んできたのだから。

 前後左右、合わせてザッと五~六人、てとこか。



 ――何度も繰り返すようだが、これでも俺は、あのテツとの付き合いを、もうかれこれ十年以上も続けているワケで。

 ゆえに、こんなことは、もはや“しょっちゅう”。

 大抵、テツに喧嘩を吹っかけて負けた輩は、腹いせとばかりに、今度は友人である俺のとこに来ることになるのだ。

 なんて云うか……アレだよな、ほら、〈坊主憎けりゃ袈裟まで憎い〉っていう? ――って、それはちょっと違うかもしれないか。

 じゃ、〈江戸の敵を長崎で討つ〉、――コッチの方がシックリくるか?

 ま、何にせよ、つまり平たく言うなれば。

 少しでもテツに一泡吹かせてやらなきゃ収まりが付かない、ということに尽きるんだろう。

 何の繋がりでもいい、テツに関わりのある人間を、逆に自分達で痛め付けてやる。そうすることでテツに負けた溜飲を下げようとしたいのだろうが。

 …そんなもん、単なるサカウラミもいいとこだけどな。マジで。

 その“単なるサカウラミ”の対象に最もされやすいのが、まったく嬉しくもないが、不肖この俺、だったりするワケである。

 ――そりゃー、かれこれ十年来の友人、なんてやってりゃー、それも当然ってモンだけどな。

 というより、むしろテツの交友関係の中じゃー俺が最も“弱そう”に見えるだけ、ってなトコだろう。…不本意ながら、な。



『実は昨日ウッカリ、とんでもなく厄介な喧嘩、買っちまったみたいでさー……』



 先刻、そうテツが言った通り―――。

 俺たち二人を囲んだ奴等は揃いも揃って、ここらでは知らぬ者はいない、専ら“不良学生の吹き溜まり”と名高い高校の制服を、だらしないくらいに着崩して着ていた。

 制服は何のこっちゃない普通の学ラン…ではあるのだが、普通の黒ではなく灰色がかった珍しい色をしているため、見てすぐにその学校のものだと判る。

 ここら界隈の人間なら、この制服を着てるヤツを避けて通るのがアタリマエ。

 …そりゃー誰だって、その高校だけじゃない、ここら一帯の不良高校生までをもシメているという“番長”なんかに、目エ付けられたくなんて無いもんな。

 それくらい、ここらじゃ進んで関わり合いになりたくない不良高校生の筆頭、ってー輩どもである。



 ――テツの野郎……こんな、マジ冗談ヌキに『とんでもなく厄介』なヤツらなんざ、連れてきやがってからにー……!!



「…テメエかよ? あの小柳こやなぎ友達ダチってのは」



「…人違いです!」



 訊かれて即座にそれを返すや否や、俺たちを取り囲んだ人間の隙間に向かい、何食わぬカオで再び歩き出そうとした――筈、だったのだが。

「なっ……!!?」

 背後から思わぬ力に腕を引っ張られ、その場で後ろに仰け反っていた。

 ――言うまでもなく……そんなのが出来るのは、俺が腕を掴んでいた月乃しか居ない。

 掴んで引っ張ろうとした腕を、逆に彼女が引っ張り返したのだ。

 何やってんだよオマエ…! と、咄嗟に言葉も出せず驚いて振り返ってみれば。

「やっぱりアンタってトコトン最低人間ッッ!!」

 同時に降ってきた、そのセリフ。

「今日一日の何だかんだで、少しはアンタのこと見直してたのに……なんてヤツなの、見損なったわ!!」

 そして俺の腕を力任せに振り払う。



「よーく分かった!! つまりアンタはイザとなったら、そこまで簡単に友達を見捨てて一人だけ逃げる人間なワケね!!」



 ――だからオマエはー……!! 〈嘘も方便〉って言葉くらい知らねえのかよ、この単細胞女ッッ……!!



 今の月乃のセリフで、シッカリ“俺たちテツと友達デス!”っていう宣言をしたに等しくなり。

 よって、“出会い頭”っていう、まさに千載一遇の絶好の逃亡チャンスを、これでフイにしたワケである。

「きーさーまーっっ……!!」

 チャンスを潰されて頭に血が上ったあまり、思わず囲まれてることも忘れて月乃を怒鳴り付けようと口を開きかけた俺だったが。

「――ふうん…結構な友情じゃねえか」

 聞こえてきたその言葉に、はた…と動きを止めて振り返った。

 それを言ったのは、さきほど俺に問いかけてきた、真正面に立った人間。――おそらく、コイツがこの集団の頭なんだろう。

 にやにやとした薄ら笑いを浮かべながら、ソイツが言う。

「実は、昨日テメエらの“オトモダチ”が、ウチの相手に派手にやらかしてくれやがってなぁ……その友情とやらのために、そのオトシマエは、オマエらで取ってもらおう―――」



 ――バキッ……!!!



 その言葉が終わるのを待たず……そんな不穏な音と共に、ソイツが後方へと勢い良くフッ飛んでいた。

「なっ……!!?」

 続いて、ずざざざああああッッ!! と、アスファルトの地面を物体が滑るイヤな音が響く。



「――っざけんじゃねえ、ってーんだよッッッ!!」



 紛れも無く……ソイツを問答無用で蹴り飛ばしやがった張本人は、――勿論、月乃である。



(なっ…、なんってーことしやがんだよ、この単細胞クソ馬鹿女がーーーーーーーッッッ!!!!!)



 そんな声にならない大絶叫を咄嗟にかましてしまった俺の反応こそ……最も普通の反応だと思う。とても思う。

 人が必死こいて逃亡手段を講じようとしてた矢先に、――つか、なんじゃそらー!!



「なァにが『オトシマエ』だよ!! コソコソ大人数で囲んでからじゃないと何も出来ない卑怯者が、デカイ口ばっか叩きやがって!!」



 ――つか、『デカイ口』はキサマの方だ、月乃ッッ!!!!!



 そのセリフで連中が即座に「なんだとォ…!?」と気色ばみかけた、――その一呼吸早いタイミングで俺は。

 やおら月乃の手を引っ掴むや否や力ずくで引っ張ると、ターボ全開スーパーダッシュ!

「あっ、おい待てコラァ!!」

「逃がすか、この野郎!!」

 上がった怒声と共に、背後から追いかけてくるけたたましい足音が聞こえてくるも、そんなの構っちゃいられるかぃ!

「ちょっと早乙女 統!! なに逃げてんのよ!! 逃げるなんて男らしくないわよ!!」

 如何にも不満だと言いたげに、そんな声を上げては大人しく引っ張られてくれやしない月乃のことなど、なおさら構っちゃいられるかっつのッ!!

 ――ああもう、だから、なんなんだよ今日は一体ッッ……!!

 そう心の中で絶叫しては思い付く限りの暴言悪態罵詈雑言を垂れ流しつつ。

 とにかく無言のまま俺は、この場はとにかく逃げることに専念する。



 ――ホントに、だから……今日はマジ“厄日”だぜチキショウ……!





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