第8話
『なんだオマエ、また来たのかよ?』
「「え……?」」
その言葉には、咄嗟に返した俺と
「『また』って……コイツ前にも来たことあんのか?」
それをテツに問い返しながらも月乃を見やるも……当の本人こそ、ビックリ
…ま、そりゃそーだよな。
これまでのナリユキ上から鑑みるに、コイツほど“しらばっくれる”ってー芸当が出来ないヤツは、そうそう居ないだろう。
――と、いうことは、ひょっとして……?
「
思わず呟いていた俺の言葉を受けて、即座に「ああ、そうそう、確かそんな名前だったっけ」と、何の含みも無いあっけらかんとした表情と声で、テツが応える。
「『カミシロユキヤ』だろ、オマエ? こないだ、そう名乗ったよな?」
「…………」
そう月乃を指差しながら言ったテツの、すぐ目の前で。
無言のまま揃って顔を見合わせる、俺と月乃。
何を言われずともそこまでされれば、さすがに何か訝しいものを感じてくれたのだろう。
そんな俺たちを交互に見やりつつ、「…何そのリアクション」と、ボソッとボヤくように言い、テツは軽く眉根を寄せた。
「なんか感じわりぃなあ? つい二~三日くらい前のことだろ、もう忘れちまったってーのかァ?」
訝しさに加え軽く苛立ちまで上乗せされ始めたらしいヤツの表情に気付き、とりあえず「ごめんテツ」と、そこで口を挟んで止めておく。
「『忘れた』とか、そもそもそんなトコロじゃなくて……ようするに、コイツは最初っから知らなかったってだけだからさ」
「はあァ……?」
「だからコイツは別人なんだよ。オマエの知ってる『雪也』じゃねーの」
「――はァ!?」
おもむろにヒトコトそう雄叫びを上げるや否や、ポカンとした表情で絶句したテツ。
…そら、そーだろう。
見慣れてない人間はおろか、毎日見慣れている人間にさえ、今の男装してる月乃をパッと見で雪也と見分けろって方が、まず無理! ってーものだからな。
あまりに驚いてる所為かテツが何も言わなくなってしまったので、「つまり…」と、俺の方から改めて言葉を続けた。
「実はコイツな、見りゃ分かるだろうけど、雪也の双子の弟―――」
ガツッッ…!! ――言った途端に背後から月乃の蹴りが俺の太腿にジャストミート。…
なんだよ、今はそんな
ここで“男装が趣味の特殊なヒト”だと思われてもいいのかよ。…いいんだな?
「弟ー…にしか見えないけど、これでも一応、ヤツの妹でな」
てなワケだから、とりあえず、そう言い直してみたものの。
まだ不服そうなカオして「『一応』ってのは何なのよ!」と、今度はサリゲナク二の腕を
「『双子』…で、『妹』……? ――ってことは、じゃあコイツ女!?」
半ば呆然としたように発されたそのテツの呟きには、「
そして、一緒に軽く頭も下げてみせた。如何にも武道を嗜んでいる者らしく、まるで今しも“押忍!”とでも言いながら試合に赴く選手のような風情を醸し出しながら。…と思ったのは、俺の穿ち過ぎかもしれないけど。
「
――そう、思わず洩らしてしまいたい誰もが抱くであろう当然の疑問には。
「いや、コイツが特殊なだけ」のヒトコトを即答するだけに留めておくことにする。
あえて核心に触れずサッと流しただけ…にも関わらず、何故だかテツは、そのヒトコトだけで「ああナルホド」と、まるでワケ知り顔でもってアッサリ納得してくれたのだったが。――と同時に、対して俺の方には、再び太腿めがけてマジ蹴りが飛んでくるハメとなる。…だから本気で痛いんだってばよマジで!!
こう何度も痛い目を食らえば、さすがに心の広い温厚な俺であっても、笑って堪えることは出来かねる。
思わず「ちったー“手加減”っつーものを知れよテメエ!」と本気で怒鳴り付けた俺の言葉など、しかし言った月乃は何処吹く風。
「――ところで……そもそも雪也は、どうしてあなたのところへ来たの?」
…そうかよ、あっさりスルーですか。…ま、そらそうですよねー。アナタにとって俺なんて雪也に比べれば道端の石ころ程度の存在でしょうからねー。――って、いい加減にしやがれよコンチクショウ!
とはいえ、俺も多少の好奇心と野次馬根性で、そこは気になったものだから。
ぶつけてやりたい文句の数々を一旦脇に置いておいて、月乃の言葉の続きとテツの返答を、黙して待った。
さきほどの会釈の時と変わらず、初対面の相手に対し緊張している所為なのだろうか、やや警戒して構えたような姿勢を崩さないままで、月乃は続ける。
「失礼なこと訊いてたらごめんなさい。でも、生まれてこのかた十六年間、私ずっと“妹”って立場をやってるし、雪也の交友関係も大抵は知ってるつもりでいたんだけど……その私が、これまで一度も雪也の口からあなたの名前を聞いたことなんて無かったから……」
以前から…いつからの“顔見知り”だったのか? ――とでも言外に訊きたそうな彼女の視線を読み取ってか。「ああ違う違う」と、月乃の言葉が終わらないうちに、まるで続く言葉を遮ろうとでもするかのように、先んじてテツが言葉を被せた。
「そいつとは正真正銘、こないだが初対面だって。いきなり見ず知らずの礼儀正しい綺麗な坊ちゃんが、こぉんなトコまで訪ねてきてさ。コッチの方が驚いたっつーの」
言いながら、如何にも“礼儀なんかクソクラエ”といった素行不良+粗野な風貌のテツは、カカカッと大口開いて自分の言葉を豪快に笑い飛ばす。
…確かに、自分で言っちゃってる通り。
分かり易く例えるなら、〈美女と野獣〉ってなトコだもんな。コイツと雪也の組み合わせなんて。
コレッポッチの関連性すら、全く見当たらない。
「でも……その『見ず知らず』の人間のバイト先を、雪也は知っていたワケなんでしょう?」
それでも、まだ納得のいかなそうな表情で眉をひそめている月乃に、「つまり、さ」と、まだ話の続きがあるような素振りと口振りを返しつつ。
テツはやおら、「ほら、憶えてるか統?」と、今度は俺の方へと向き直った。
「例の、空手部に居たじゃん中学の。やたらオレのこと毛嫌いしてくれちゃってた、オマエに心底心酔してるカワイ~イ後輩くん」
「ああ、アイツな……」
要というヤツは、中学に入学してきたばかりの当初、いきなり初対面の俺に向かって『先輩の強さに惚れました! 弟子にしてください!』と言い放ち、入部志願してきたという……ようするに、“バカ”が頭に付くほど一本気なヤツ、である。
そんな持ち前の気性ゆえのことなのか、何があっても常に必ず、俺の“味方”で居てくれる存在、でもあった。
テツとのことで俺が顧問と部内で対立していた時――部活動謹慎処分まで下され、誰もが俺に疑いと白い目を向けてきていた中であっても。
それでも要だけは唯一、普段と態度を変えることなど全く無く、相変わらず無条件で俺のことを信じ、支持し続けていてくれた。
『
そうやって事あるごとに顧問へ真っ向から喰ってかかってくれてたことも、俺はまだ憶えてる。
それほどまでに一本気な、バカが付くほど真っ直ぐなヤツ。
――だからこそ、その反動でか、テツに対する風当たりが、逆にものすごく、悪くなっていったようなワケであり……。
一本気ゆえの怖いもの知らずというか何と言うか……顧問にだけじゃなく、
そりゃーテツにとっても災難だったことだろう。なんだかんだと、それが卒業するまで続いたからな。
とはいえど、なまじ自分がそうだからか、無鉄砲なまでに格上の相手へ挑んでくる輩を『嫌いじゃない』と公言するようなテツのこと。
終いには、『おもしれぇよな、あのやたら吠えるチビッコ』と、向かってくる要をあしらいがてら、いちいちからかっては楽しそうに遊んでいた。
…そのことが双方の溝を更に深めることになったとは、さすがのテツも気付いてはいまい。
なんたって要は、身長が一六〇㎝に届かない、中学生男子としたら小柄な体格の持ち主だ。
一方、対するテツは、中学生当時から身長一八〇㎝。現在にしたって、到底高校生には見えない大柄な逞しいガタイの持ち主である。
なまじデカい人間に『チビ』呼ばわりされることほど、ちまい人間にとって腹立たしいことも無いだろう。…だって反論の余地が無いもんな、そんなの。
また要の場合、自分でも標準よりも小柄なことを自覚している所為か特に、他人から『チビ』と呼ばれることを激しく嫌う。
なおかつ、小学生時代には、自分を『チビ』などと呼んだ輩をことごとく叩きのめしてきた、いわゆる“ガキ大将”だったという来歴まで、持っている。
――という要でさえテツには全く歯が立たなかった、ということに加え、マトモに相手にしてもらえないばかりか軽くあしらわれて遊ばれた、ということが……結果的に、テツを毛嫌いする一因に追加されてるんだろうけどな。
つまるところ、そもそも〈馬が合わない〉っつーだけのことである。ただ単に。
そんな犬も食えないであろう不毛な不仲関係になんぞは、ぶっちゃけ、関わり合いにならないのが賢明だ。
二人の仲が良かろうが悪かろうが、俺にしてみたらどうでもいいことでもあるしな。
けれども……これまで何度、ヤツらに言ってやりたかったことだろう。――そのくだらない対立関係の間に挟まれる立場にいる人間のことくらい少しは慮りやがれよ! と。
ようするに、ヤツらの所為で最も迷惑を
“一本気”と言えば聞こえは良いが……テツにしろ要にしろ、ただ単に周りが見えてない“単純バカ”、もっと言えば単なる“空手バカ”、でしか無い。
そんな手に負えないレベルのバカ二人が、周囲の迷惑なんぞ顧みず事あるごとに校内でやいのやいのとやらかしてくれやがる所為で、俺が何度、空手部顧問やら学年主任やら風紀顧問やら学級担任やらから、見えないところでネチネチ小言を言われ続けてきたか……!
俗に云う〈呆れて物も言えない〉とは、まさにこのこと。
いっそ吐き出したタメ息の数でも数えて突き付けてやりたいくらいだぜ、まったくな。
「――で、その要が何だっていうんだ?」
「アイツらしいぜ、その『カミシロユキヤ』に俺のこと言った張本人」
「え……?」
咄嗟に言われた意味が理解できなかった。
ここで雪也と要がどうやって結び付いてくるのかが、分からなかった。
「どうやら俺んトコに来る前に、中学の空手部の方へ行ってきたらしくてなー。そこで例のチビッコに会って、俺のこと教えられたんだとさ」
「何だよ、それ……」
ますます意味が分からない。
ここ、テツのバイト先だけじゃなく……どうして雪也が、俺の中学に、しかも空手部になんざ、行く必要があるってんだ……?
「ようするに、オマエの素行調査だよ」
我知らず洩らしていた俺の呟きに応えてくれるかの如く間髪入れずに、そうテツが告げた。
「ここへ来たヤツら、オマエの学校の生徒会関係者なんだって? まず真っ先に『生徒会業務の一環として来ました』って挨拶されたしな。定例で来年度にむけて校内の全部活動の実情調査をしている、とか何とか言ってきてさ。ここへ来たのも、『空手部および主力選手の調査』ってことでオマエの素行を調べに来たんだと。――ま、あのチビッコはそれで素直に騙されてくれたみたいだけどな。だからオレのことまで包み隠さず喋ったんだろうし?」
…そこまで言われてみれば容易に想像がつく。
俺の進学した先の高校の生徒会関係者と名乗り、来年度の活動へ向けた正規の調査だと仄めかしさえすれば。
どこまでも一本気で一直線、加えて、正々堂々とバカ正直な要のことだ。
軽くカマでもかけてやるだけで、『先輩を誤解しないでください』と、中学時代の空手部であったこと、起こったこと、包み隠さず訊かれるがままに全て話してしまうことだろう。
そして、アイツならきっとこう言うんだろう。――『先輩には、高校でまでそんな不当な処分なんて味わわせたくなんてないんです』、と。
そのためなら、きっと躊躇いもなくテツのことだって話すだろう。――『アイツさえ居なければ』『アイツさえ何とかすれば』、と。
「――でもオレは、あのチビッコ坊主と違って、オマエがもう〈空手部〉には入ってないことを知ってるからな」
続けられたテツのその言葉に、俺は無言で頷いた。
…そう、だから騙されるハズもない。そんな方便に。
テツはテツなりに、何も考えていないようで、ちゃんと俺のことを考えてくれている。俺の事情も全部、わかって呑み込んでいる。
ただ自分からは何も外に出して言わないってだけのこと、なのだから―――。
「生徒会が、あくまでも〈空手部〉の実態調査をしてる、って云うんなら……その時点で統を調べるハズなんて無いだろう? だから、俺から逆に訊き返してやったワケだ。『統の何を知りたいんだ?』ってな」
「…どうせ『訊き返した』んじゃなく『脅した』んだろ、大方のトコ」
「オマエも大概失礼なヤツだな、この常に紳士的なオレ様に向かって何だよその言い草は」
多分にからかいを含み差し入れた俺の茶々に、およそ『紳士的』からはほど遠い、いかにもな悪人顔でもって、テツはニヤッとカオを歪めて口許だけで笑んでみせた。…目は全然笑っていない表情で。
「そーいうのを『脅し』って言うんだろ、一般的に」
俺は知ってる。――当のテツに『脅す』気なんぞサラサラ無くとも、その風貌ひとつだけで、大抵の輩を結果的に脅しているってこと。
それを熟知しているからこその茶々入れだったワケだけど、そこは自分でも充分に自覚しているテツのこと。
すぐにアッサリ「ま、否定はしねえよ」とおどけたように呟き、殊更に肩を竦めてみせた。
「俺も無意識にガンくらいくれてやってたかもしれねえしなー。…ま、そんなん覚えてねえけどー?」
…って、やっぱり『脅す』気マンマンだったんじゃんかよ充分に。
我が友人ながらホントいい性格してるよ。その無駄に確信的な口調といったら、マジ堂に入ってるし。
「――それで? そうやって脅し混じりに『訊き返した』、その収穫は?」
けど、そうは言っても相手があの神代雪也――鉄壁の無表情の持ち主、であるからには。相手もそうそうカンタンにボロは出さなかったろう? というニュアンスを含みつつ、それを訊いてみたところ。
しかし意外にも即答で「おう、チョロイもんさ!」と、握り拳に立てた親指ジェスチャーまで付いて、返ってきた。
…え、マジで?
「――って、そんなハズないでしょうが!」
あまりにも意外で思わず俺がキョトンと呆けてしまった隙に。
それまで黙って俺たちの会話を見守っていた月乃が、そこでそう、やや激昂しているような声色でもって、まるで切り込むように言葉を差し挟んでくる。
「馬鹿にしないでよ! いくらアナタ相手だからって、あの雪也がそう簡単に人見てホイホイ態度を変えるハズが無いじゃないの! いい加減なこと言わないで!」
そして、その勢いのままテツを睨み付ける。
「アナタがどれだけ強いのかなんて知らないけど、雪也こそ誰よりも強いのよ! 誰に対しても屈したりだってしないんだから!」
…つーか、このテツ相手に、初対面でここまで好き放題モノを言える女ってのも珍しい。
度胸が据わってるというか怖いもの知らずというか考え無しなだけというか……いや単に、ブラコンもここに極まれり、ってーだけだよな。コイツの場合は。
そんな月乃を面白そうに見下ろしてテツは、「そう怒るなって」と、なだめるような仕草で手を上げてみせた。
「別にオレは、その『カミシロユキヤ』から聞き出したとは、ヒトコトも言ってないぜ?」
「「――え……?」」
咄嗟に訊き返した俺と月乃の声がシンクロする。
「…ま、そもそもヤツら、最初からオレに隠し通そうって気もあんまし無かったみたいだからな。訊いたら素直に教えてくれたよ」
「てか、『ヤツら』、って……?」
「だから、ぺらぺら喋ってくれたのは、一緒に来てた“連れ”の方」
「は…!? 『連れ』…!? じゃ、ここ来たのってヤツ一人じゃなかったのか……!?」
「来たのが一人だけだなんて、それこそヒトコトも言ってねーじゃん。――喋るのは口の回るソッチに任せてたのか、『カミシロユキヤ』の方は終始ほとんど黙りっぱなしさ。だからヤツの顔以外、印象なんて残ってねーよ」
「じゃあ雪也は一体、誰と……?」
「やたら調子いい、黙ってさえいれば女がわんさか寄ってきそーな男前と」
――あれ……? その言い回し、俺もどっかで知ってるような気が、する……?
「知ってるハズだぜ? 名前は…『タケダ』、とか、言ったっけ? オマエらのガッコの生徒会副会長」
「「――
またも咄嗟に上げた声がシンクロ率一〇〇%。
―― 一体……なにがどうなって、そうなってるんだ……?
「なァんか楽しそーなことに、なってるみたいじゃん?」
自分を食い入るように覗き込んだままポカンと絶句している俺たち二人の顔を、ゆっくり視線を巡らせて交互に眺めやりながら、テツは。
可笑しさを隠しきれない表情を浮かべ、それを言った。
「聞いたぜ、統? ――なんかオマエ、次期生徒会長サマ、なんだってなー?」
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