第7話




 高校から、最寄駅付近の繁華街とは反対方向に歩くこと、おおよそ三〇分。

 落ち着いた閑静な住宅街を通り過ぎて郊外へ抜けると、その通り沿いにガソリンスタンドが見えてくる。

 道が道なだけに行き交う車も少ないし、大して繁盛していないんじゃないか、などと心配してしまうくらいささやかな佇まいの、わりとこじんまりしたカンジの店だ。

 その店の真ん前――通りを挟んだ向かい側の歩道で、俺は立ち止まった。

 つられたように隣で“連れ”も、足を止める。

 その場から前方を見渡しスタンドの様子を窺っていると、ちょうど給油が終わったところなのだろう、出口から一台の乗用車が出てくるのが見え。

 店から道路へと移動していく車の向こう側で一つ、ガソリンスタンドの制服を着た人影も、目に映った。

 その人影が帽子を取って一礼したと同時、もはや「あーたーしたーっ!」としか聞こえない、やたら威勢の良い『ありがとうございました』の声が、響き渡る。

 その人影が、今しがたまで客であった車が走り去ってゆくのを見送って後、クルリと踵を返したのを見計らってから。

 俺は、その背中に向かって声を投げ付けた。



「――おい、テツ!」




          *




「…誰?」

 通りに背を向けガードレールの上に腰を落ち着けた俺を見下ろしながら、それを訝しげな声で訊いてきた。

 座った俺の隣に立つ、ここまで一緒に来た“連れ”――月乃つきのが。

「ただの友達ダチ

 そちらに視線だけ向けながら、対して何の抑揚も無い声で、俺が返す。

「名前は小柳こやなぎ徹志てつし。近くの工業高校の一年で、俺らと同い年。俺とは中学時代の同級生だった…って云っても、付き合い自体は幼稚園に上がる前からだから。…じゃあ、言ってみれば“腐れ縁”ってヤツか?」

「――別に、そんな情報を聞きたいんじゃなくて……」

 軽くムスッとした表情になって唇を尖らせた彼女を見やりつつ……でも、やっぱり相変わらず抑揚の無い声で、構わず俺は言葉を続ける。

「んでもってヤツは、俺の空手仲間」

「え……?」

 案の定、そこで月乃は、言葉に詰まったように絶句した。

 そんな彼女のキョトンとした表情を見上げて、「だから、それが聞きたかったんだろ?」と、俺は告げた。



「俺が空手部を辞めた“理由”。――つまり、それがテツだってこと」




          *




 とは云っても、別に俺がテツに何かされたワケでもなければ、テツから何か言われたというワケでもない。

 それを考えれば、あくまでも“空手部を辞める”と決めたのは俺の一存であり、その“理由”をテツの所為だとするには、いささか語弊があるかもしれない。

 しかし、直接的でないにしろ、テツがその“理由”の一端を担っていることに間違いがないのも事実である。

 …だからといって、俺がそれを責めることは出来ないし、そうする気だってサラサラ無い。

 テツは、ただ自分らしく…俺の知っている昔なじみのテツらしく、在っただけでしかないのだから―――。



 俺とテツは、家が近所だったこともあって、物心ついた頃から既に“友達同士”の関係だった。

 その所為もあってか、お互い気心も知れ尽くしてるっていうこともあり、これまでずっと居心地のいい関係を継続している。

 別々の高校に進学した現在でも、それは変わらない。

 ――まあ、学校が離れたのは高校が初めて、ってワケでもないしな。

 幼稚園は同じトコに通ってたけど小学校は分かれたし、中学でまた同じ学校に通うことにはなったけど在学してた三年間一度も同じクラスにはならなかったし。

 …そんなだからこそ、お互い“つかず離れず”っていう丁度いい距離で、何だかんだと続いているのかもしれない。

 …とはいえ、それだけだったら、ここまで長く関係が続いてはいかなかったかもしれない。



 そんな共通の生活圏に乏しかった俺たちを結び付けてくれたのが、〈空手〉、だったんだろう。きっと。



 そもそも最初に『空手をやりたい』と言い出したのはテツだった。

 まだ互いに一緒の幼稚園に通っていた頃のこと。

 キッカケが何だったのかは、もう忘れた。

 でも、言われて自分も『やりたい』と賛同したことは覚えてる。

 それで小学生になると共に、近所に在った道場へテツと一緒に通い始めたのだ。



 学校が分かれても何が分かれても……俺たちは必ず、少なくとも週に二回は、道場で顔を合わせてた。

 そういう場所があったからこそ、“つかず離れず”っていう距離でも、何だかんだと関係を続けていけたのかもしれない。

 そうやって関係が続いていくことを、俺は嫌じゃなかったし、そこはテツも同じなんだと思う。

 クラスが分かれようが学校が別々になろうが、普通にアタリマエで、俺とテツは“友達”だった。



 ――まさか、そのことに他人から難癖つけられる日がこようとは……全く思いもしなかったけどな。



早乙女さおとめ、おまえ小柳と付き合いがあるのか?』



 ある日、いきなり唐突に渋いカオしてそんなことを訊いてきたのは……中学の空手部の顧問。

 訊かれたと同時、またそれかよ…と。

 あからさまには出さないまでも軽くゲンナリとした表情でもって、『昔ながらの友人ですから』と、何事でもないように俺は返した。



 同じような質問なら、そう改まって顧問から問われるまでもなく、これまでも周囲のクラスメイトやらから何度となく訊かれている。

 どうやら周りから見たところ、俺とテツが友人同士である、ってことが、とてつもなく意外なことだったらしい。

 中学生にもなれば、俺は目立たないごく普通の、そこそこ当たり障りの無い真面目な優等生、って風を見た目に取り繕っていたもんだから。

 片や、当時すでに“不良”やら“問題児”やらの烙印を押されていた素行不良も甚だしい風貌のテツとは、まったく接点が無い人間同士に見えたんだろう。

 ――周囲の言う通り本当にテツが“不良”なら、俺も徐々に付き合うのを止めていたことだろうが。

 でもテツは、あくまでもテツだった。

 見た目はどうあれ、中身は昔から何も変わらない。

 ヤツはただ、人よりも自分に正直だってだけのことだ。

 自分が好きなことを、自分の思った通りにやる、っていう、あからさまなゴーイングマイウェイを貫いているだけ。

 だから周囲に何を言われても常に飄々として、どこまでも“自分”ってモンを崩さない。

 …ただそれだけなのだ。

 だからテツは、徒党を組んで世間に反抗してる一般的な“不良”ってヤツとはキッパリと一線を画している“不良”、だったのである。

 自分の不平不満ばかり主張して勝手にやさぐれてはイキがって反抗して、学校や社会の最低限のルールにさえも適応できない…いや、“適応”なんてハナっからすることを放棄してる、っていうだけの、一人じゃ何も出来ないクセして、徒党を組んではいっぱしに強気になって弱者をいたぶる、――そんな中途半端な“不良”ってヤツらが、俺は大嫌いだった。

 でもテツは違う。

 大人数でツルむのが嫌だと、基本的に“一匹狼”のスタンスだった。

“不良”でも“一般人”でもどちらでも無いポジションで、常に一人で立っていられるヤツだった。

 俺には、そんなテツのスタンスが好ましく思えてた。

 だからこそ、周囲から何度『似合わない』だの『やめとけよ』だのと言われようが、テツとの友人関係を自分から切ろうという気にはならなかったのだ。



 ――しかし……そうはいっても、誰もが俺と同じように考えるとは限らない。



 結局のところ、ヤツを何も知らない“外”から見れば、テツは単なる“不良”と変わらなかったのである。

 教師も、同級生でさえも、素行不良とされる“見た目”だけで、テツを不良だと決め付けていた。

 そこには特に、件の不良連中からしょっちゅう何かしら喧嘩をフッかけられては校内で常に些細な問題を起こしていたことも、大きく影響してるのかもしれない。

 間違ってもテツは、自分から何らかの問題を起こすようなヤツじゃない。

 でも、起こる問題のことごとくに、テツは何らかの形で関わっていた。

 それもそのはず、徒党を組んでる不良たちにしてみたら、自分たちの“群れ”からはぐれ、あくまでも“一匹狼”なスタンスを貫いているテツが、どうやら目障りだったらしい。

 徒党を組まないと何も出来ないようなヤツほど、群れからはぐれるヤツに対して無駄に目くじらを立てたがる。――そんなん、群れずに一人で立てるヤツへの羨望が屈折しただけのことなんだろうけどな。どうせ。

 同じはみだし者同士、どうせだったら上手いことやればいいのに……〈弱い犬ほどよく吠える〉とは、よく言ったものだ。

 そうやって売られた喧嘩を買ってばかりいれば、そりゃ当然、自ら“問題”に首つっこんでいくに等しいってモノ。

 それに加えて、またタチの悪いことに……そうやってフッかけられる喧嘩に対して、テツも“しらんぷり”が出来ないヤツだったりするもんだからな。

 …つか、断言してもいい。――ぶっちゃけ、三度のメシより喧嘩が好きだ。テツは。

 むしろ“喧嘩”と断定して云うより、ただ単に、誰かと“戦うこと”が、好きなんだろう。

 そこらへんのテツも、幼い頃から全くもって変わってない。

 これはもはや性分だから…と、俺も半分あきらめており、とりたてて止めるでも諫めるでもなく、好きにすればいいと何を言う気にもならなかった。

 まれに、ヤツと付き合いのある俺のところまでそれが降りかかってくることもあったが、飛んできた火の粉くらいは自分で何とかできるし、さほどの問題はない。

 昔ながらの空手仲間だから、俺はテツの腕前を充分に知っているし。テツが誰よりも“強い”ことだって、充分に承知してる。

 けど……少しだけ心配はしていた。

 今はまだ、“問題”とはいえど小火ぼや程度でしかないものだからいい。

 しかし、テツがこういうスタンスでいる限り……本人が望む望まないに関わらず、向こうからやってきた“大火事”に、否応なく巻き込まれてしまうことになるんじゃないか、と―――。



 案の定、そんな俺の心配は杞憂で終わってはくれなかった。

 何度となく売られた喧嘩を買っていくうちに……とうとう、繁華街付近一帯をシマにしていたらしいチーマーの頭にまで、手が届いてしまったみたいで。

 テツいわく『ゲーセンで一方的に絡んできたから相手になってやっただけ』のことが、たまたまその近くに居た幹部が出張ってき、その流れで頭にまで報告が回ってしまった、ということだった。

 ――とはいえ、結局は何事もなく終わってくれたらしいけど。

 なんだかんだとテツはその頭に『おもしれぇガキだ』と気に入られて、以来、ヤツいわく『ダチになった』とのこと。

 それはそれで結構なことだ。

 だが反面、その頭と友人付き合いを続けていく以上、そいつらのモメゴトにナリユキのままテツが関わり合ってしまうことも多くなり。

 …結果、中学生活も終盤を迎える頃には、近隣でテツの名を知らない者は居ないほどにまで、なってしまっていた。



 小火を起こしたところで、まだ校内だったら小火で済む。

 だが、それが校外のこととなってしまえば、たとえ小火でも大火事となる。

 噂が同じ中学の生徒にまで届く頃には、既に話に尾ひれハヒレが付いて付いて付きまくった後のこと。

 しかもテツの場合、校内で何だかんだと小火ばかり起こしていた素地があるもんだから、“ああやっぱり”とばかりに、その過剰な噂でも鵜呑みにされる。

 当の本人のことなど何一つ知らないクセに……皆が皆、好き勝手な偏見を植え付ける。



『悪いことは言わない、今のうちに付き合いを絶っておいた方がおまえのためだぞ』

『そこまで悪いヤツじゃないですよ、小柳君は』

『あんな喧嘩の噂ばっかり絶えない不良が、「悪いヤツ」じゃないわけがないだろう』

『……そうでしょうか』

『何といっても、おまえは明日の空手界を背負って立つ期待の星なんだからな。それを、あんな不良と付き合ってブチ壊されるのもつまらんだろうが』

『…………』

『いいな、忠告はしてやったぞ。――つまらん不祥事なんぞ起こす前に、あいつとは縁を切れ』



 ――もうウンザリだ。



 そこまで言われても、ハナッから俺は素直にそれを受け入れる気は無かった。

 俺は相変わらずテツと友人でいた。

 …そのことが、あくまでも顧問の気に障っていたんだろう。

 何事かテツの噂が聞こえてくるたびに、いちいち『おまえは関わっていないだろうな』『空手部にまで揉め事を持ち込まれたらどうするんだ』といった嫌味を、口うるさく言われるようになり。

 挙句の果てには、俺に一定期間の部活動謹慎処分が言い渡された。

 ただヤツの“友人”であるというだけで、関わってもいない喧嘩の責任を言及されて。



 ――本当にもう、ウンザリだ。



 俺は空手が好きだ。そうやって身体を動かしていることが好きだ。

 だから、これまでずっと空手を続けてこれた。

 中学で空手部へ入ったのだって、そこに〈空手部〉と云う名前の部活動があったからにすぎない。

 ――でも……“部活動”で空手を続けるということに、何の意味があるんだろう。

 部活動に入らなくちゃ空手が出来ないワケじゃない。

 自分一人でも日々トレーニングくらい出来る。

 それに、毎日放課後“部活”として鍛錬する傍ら、俺は相変わらず週二回は、昔から通っていた近所の道場へと足を運んでもいたし。

 誰かと空手が出来る場所なら、最初から俺には学校以外にもあった。



“部活”じゃなくても、空手は出来る。

“部活”であるから、空手以外のものにまで縛られる。



 きっと顧問は、謹慎処分でも与えて俺を好きな空手から遠ざけてみれば考えを改めるだろう、とでも思っていたんだろうが。

 俺にしてみれば、却って逆効果にしかならなかった。

 ――辞めてやる部活なんて。いい加減にしろよ、もう沢山だ。

 これが無かったら、俺は高校でも空手部に入部はしていたかもしれない。

 しかし、これがあったから、部活動としての空手を続けていくことに何の意義も感じなくなっていた。

 それでも、空手が好きな気持ちゆえに僅かばかりの義務感と責任感を総動員して、三年の引退時までは文句も言わずに続けてはいたが。

 中学を卒業したら部活動としての空手とは決別しようと、この頃から既に決めていた。



 …はっきり言って、面倒くせえんだよ何もかもが。




          *




「…つまんねえ“理由”だけどな」

 これで納得したかよ? と、ガードレールに座ったままの俺は、相変わらず隣に立ったままでいた月乃を見上げた。



 そう……とにかく、この思い込みの激しすぎる女――月乃を、まず納得させるのが骨だった。

 だってコイツ、人の話からして聞きゃしねーんだもんな、そもそもッ!

 何度となく振り出しに戻りながら、そこを何とか落ち着かせることには成功したものの……でも当の月乃が、『せめてアンタが空手を辞めた納得のいく理由を教えてくれないと何も信じない!』と、そこだけは頑として譲らなかった。

 それで、もはやコイツの扱いに困ってきてた俺が根負けして…というか単に面倒くさくなって、〈百聞は一見にしかず〉とばかりに、ここ――テツのバイト先まで、連れてきたというワケだった。

 テツの存在まで疑われたら、もはや話にすらなんねーからな。



「それに、今の話で解っただろ? 俺は“空手部”は辞めたけど、“空手”自体を辞めたワケじゃねえよ」

 実際、部活でするほどハードじゃないが日々の自主トレは続けているし、週二回の道場通いも継続している。

「空手に限らず、何でもスポーツやるには、決められた“ルール”ってモンを守ることが大前提だろ。じゃなきゃ格闘技なんて、ただの喧嘩になっちまう。だから俺は、そのルールまで否定する気はねえよ。ただ……そのルールを盾に余計なことまで強いる運動部ってヤツの体質に、嫌気が差しただけだ」

「…………」

「別に入る部活なら何でも良かった。つか、空手部に入らないなら、他のどの部活にも入る気なんて無かったんだけどな。天文部に入ったのは……まあ、たまたまだ。たまたま誘われたもんだから、ナリユキで」

「ふうん…そう、『たまたま』高階たかしなサンに誘われたなんて、それは良かったわよねーホントにねー?」

「…………」

 ――だから、さ……なんでどいつもこいつも、誰に言った憶えもない俺の密かな片想いを当然のよーに知ってやがるんだよコンチクショウ……!

 思わず憮然として「悪いかよ!」と声を上げてしまう俺の反応こそ……その一因であるってことに、言ってから気が付いて軽く落ち込んだ。

 ヤバイ……これじゃ俺、この単純バカ女のこと笑えねえし……。

「と、とにかく!」と、逸れた話の筋道を元に戻そうと、慌てて俺は言葉を繋ぐ。

「これで一応は解ってもらえただろ、俺が空手部に入らないでいるワケは。せっかく掛けてくれてた期待を裏切ったのは悪いとは思うけど……でも、それをオマエが納得するかしないかは、もう俺には関係ないし。何を言われる筋合だって無いからな」

「…わかってるわ、そんなの」

 きっとムスくれたまま何も言わないんだろうな…と思っていたら、意外にも静かに返事が返ってきたことに軽く驚き、そのまま彼女を振り返った。

「少なくとも、ちゃんとあなたなりに考えて取った行動だったんだって、理解したわ。何も考えずに空手を辞めてフラフラしてただけじゃなかったのね」

 月乃は、…やはり表情は多少ムスくれてはいたけれど、でも思いのほか冷静な様子で、その場に立っていた。

「悪かったと思ってる。あなたの事情も知らずに一方的に言い過ぎたわ。ごめんなさい」

「おい……」

「でも、あなたを疑ってることには変わらないから! それとこれとは話が別! 雪也ゆきやと何があったかは、ちゃんと吐いてもらうわよ!」

「だから……それも誤解だって言ってるだろうがよ……」

「問答無用よ! 隠したって、いずれボロが出るんだから!」

「はいはい……もう、何とでも好きなように言ってろよ……」

 ――いい加減、このやりとりも、もう飽きた。

 ああ面倒くせえ…と、思わずウンザリしたタメ息が洩れる。深々と一つ。

 とりあえず、ヤツの疑問の半分が解決したらしい分、さっきよりは追求の手が甘くなっていることが唯一の救いだ。

 こうやって軽く流してあしらっても、こぶしは引っ込められたままだから。

 どうやら、また“振り出しに戻る”ってパターンだけは、避けられたようだ。

 …とはいえど、俺のその軽く流した諦めMAXな態度が月乃の気に障ったらしく。

 続いて、再びフツフツと湧き上がってきた怒りをムリヤリ押し殺しているような、「いーい態度してくれてるじゃないアンタ…!」という声が降ってくる。

 ――ああ、また面倒な……。

 そう考えて咄嗟に俺が二回目の深いタメ息を洩らしてしまったと同時。

 月乃が何事か言わんと口を開いたのよりも一拍早く、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。



「おーい、すばるー!」



 思わず背後を振り返った俺の視界に映ったのは、道路の向こう側に立っているテツの姿だった。

「わりぃ、遅くなって。待たせたなー」

 ようやく休憩時間になったのだろう、まだガソリンスタンドの作業着を着たままのテツが、俺に向かって片手を上げてみせながら足早に道路を横切ってコチラへとやってくる。

 ヤツが道路を渡りきり目の前まで来るのを待ってから、ようやく俺も返事を返した。

「こっちこそ悪かったな、仕事中に」

「いいって、どうせ休憩だし。…それより何だよ? オマエがいきなり来るなんて珍しいな」

「うん、まあ……ちょっと、いろいろあって」

 言いながら俺が軽く脇へと視線を遣ると。

 そこでようやく、俺の傍らに月乃が立っていることに、テツも気が付いたようだった。

 つられたように俺の向けた方向へ目を遣って……と同時に「あれ!?」とビックリしたような声を上げた。



「なんだオマエ、来たのかよ?」





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