第4話




「――で? どこまで人の後に付いて来るつもりだよ、オマエは?」

「…………」

 半分ウンザリな気分で、歩きながら軽く振り返り、背後へそう投げ掛けてみるも。

 当然の如く、返ってくる返事は一切なし。

 ――あくまで無視かよ……!

 もう本当にウンザリだ。

 ようやく生徒会室から脱出してこれたというのに……今度はコレ。

 やっとの思いで帰宅の徒に付いた俺の後を、フと気付いたら、無言のまま付いてきていたのだ。――が。

 しかも、“これ以上は無い!”ってくらいの無表情で。

 おまけに、あろうことか、これがまた“すごく”と形容しても過言でないくらいの美人顔。

 しかし、そのスラリとした長身のシルエットは、自分と同じ制服を纏っている。

 …見るからに男子生徒。



 ――男に後をつけられて喜ぶ趣味なんて、俺にはコレッポッチも無い、っつーのッッ!!



 ああ、もう、全くもってウザったい。…と、思わず深々としたタメ息。

 こんなんが付いて来ていたら、せっかく生徒会室を後にしてきたというのに、まるきり意味が無いではないか。




          *




『彼は、執行部員の神代かみしろ雪也ゆきやくん。――アタシが次期生徒会長に指名した張本人だよーん♪』



 そう、神代雪也。――そういえば、そんな名前だったっけ。

 もっぱら『似てる』と評判の、ウチの学年でもはや“名物”となっている男女の双子の片割れが、確かそんな名前だった。

 双子の兄の方が『雪也』。そして妹が『月乃つきの』。…だったような。

 なまじウチの学校でも目立つ“有名人”な存在であるから、名前くらいは俺も知ってはいた。

 でも、それだけだ。

 隣のクラスとはいえ、体育の授業などで一緒になることもないし、ウチのクラスとはホトンド交流が無いもんだから。

 幾ら“名物”と呼ばれるほどの有名人でも、ワザワザ見に行こうと思うホドにとりたてて興味も無いし、だからチラリと遠目にしか見たことはなかった。

 …にも関わらず、確かに評判通り、本当に似てる兄妹だなと、俺も思った。

 よりにもよって二卵性双生児、しかも男と女、であるというのに。

 もちろん男女の性差こそあるものの、それにしても似ている。その細面な顔かたちも、華奢にさえ見えるほどに細身の体型も、長めに整えられたショートヘアも、纏っている雰囲気も。

 ――そして揃って、かなりの美形。

 それが彼等を“名物”たらしめている最大の要因なんだろう。つまり。

 加えて云うと、良く似た双子の男女が居たとして、必ずしも二人が中性的であるから似ているんだとは限らない。

 神代兄妹は、それがピタリと当てはまってしまう双子だった。

 兄の雪也の方が特別“女顔”、だったのである。

 その所為もあってか、男女問わず全校生徒から二人への注目度は高かったワケだが、あえて比べるとするならば、どちらかというと兄・雪也の方が、より目立っているのかもしれない。

 影で囁かれるヤツの二つ名が、――なんと『氷の貴公子』。

 いかにも女子が好きそうな、まさしく『貴公子』と呼ばれるに相応しい、女性に見紛うほどに繊細な美貌の持ち主であり。

 だが、その枕に『氷の』と付けられてしまうほどに、ヤツの他人を全く寄せ付けようとしない冷たい雰囲気と全くの無関心さ、また、『誰も笑顔を見たことが無い』とまで囁かれる鉄壁の無表情と無愛想さまでもが、ナゼか一部の女子のツボをくすぐっているらしかった。

 だからなのか、一方で野郎どもの間からは良い評判を聞いたことが無い。

 スカしているとか、お高くとまっているとか、――まあ、その評判の大部分は、女子から無駄にキャーキャー騒がれてることに対する“やっかみ”からなんだろうがな。おおかたのとこ。

 けど、当のヤツもヤツで、…他人と関わることがそう好きでも無いからなんだろうけど、だからといってその無関心さと無表情さでもって女子どころか同性までもを一切シャットアウトして寄せ付けずにいたら、そりゃあ友達なんぞアタリマエで出来ないに決まってる。

 自分から皆の中に混じろうとするでもなく、おまけに、マトモに会話が成り立つクラスメイトは妹の月乃だけ、とくれば……確かに、あれこれ言われもするだろうさ。

 特に男なんてのは、群れからはぐれてるヤツに対しては容赦のカケラも無いからな。



 そんな風にして他人とは一切の関わりを持たないようなヤツが、よりにもよって生徒会に入っている、なんてーことは……今の今まで、俺はカケラも知らなかった。よりにもよって現会長から次期会長へ指名されていた、なんてことだって。

 信じがたいことながら、こんな極端に他人とコミュニケーションを取るのがヘタそうなヤツでも、生徒会本部役員連中の信頼は得ていたということだろう。

 手招きされて、机に座る会長の横に立ったソイツをボンヤリと目で追いながら、俺はそんなことを考えていた。



 ――だけど……なら、これは一体どういうことなんだ?



 確かに、ヤツが会長なんて“意外”だとは思ったものの。

 とはいえ、吉原よしはら会長みずから『アタシが次期生徒会長に指名した張本人』だって言うなら、それはそれでいいじゃねえか。全く問題も無いだろうに。

 なんでそれが全く関係のない俺のトコに舞い込んで来るんだよワザワザ?



「――つまり、アナタを指名したのが神代くん本人、ってことだよ。早乙女さおとめくん」



 疑問を浮かべた俺の心を見通したかのようなタイミングで、そこで有澤ありさわ先輩が、それを告げる。

「次期会長だけでなく、次期役員メンバーまでを今期生徒会が指名できる決まりになってることは、君だって知ってるでしょう? だから私たち本部役員は合意の上で、この雪也くんを〈会長〉に、妹の月乃さんを〈会計〉に、それぞれ指名したの。でも本部役員の定員は基本的に、会長一名・副会長一名・会計二名・書記二名の、計六名。その半数である三人は揃わないと認められないのも、決められてるじゃない? なもんだから、少なくとも最低一名以上、残りの役員が必要なんだけど。その人選を、次期生徒会長として、彼に選択権を委ねたワケ」

「じゃあ……それなら何で、俺が〈会長〉やることになるんですか……?」

「――そこはホラ、ちょうど来てくれてることだし、直接本人から聞いたらどう?」

 そのまま流した視線と手振りでヤツを示されて、釣られたように、俺の視線もヤツへと向いた。

 相変わらず無表情のまま…でもどことなく急に話を振られて困ったようにも見える素振りで、ヤツも俺へと視線を向ける。

 だがヤツは、そのまま何を言うことも無く、相変わらずの無表情で黙り込んだまま。

「指名した側のウチらとしては、当然、雪也くんに会長職を引き継いでもらえるものとばかり思っていたんだけどねー。でも、条件を出されちゃってー」

 それを見かねてか解っている上でか、からかい混じりの声音で続けたのは、やっぱり有澤先輩だった。

「どういう条件でウチらの申し出を引き受けたのか。それ、早乙女くんに教えてあげたらどう? 雪也くん?」

 ――なぁんか面白がってるよなーコノヒト……。

 それが目の前に立つソイツにも、当然のごとく、伝わっているようであり。

「そんな、『条件を出した』と云うほど大袈裟なものではないですけど……ただ僕は、〈会長〉という役職を務めるには向いていませんから、会長に別の人間を立ててよろしければ、その補佐として役員を務めさせていただきます、と……」

「控え目に言われたって、それは歴とした“条件”だよ立派に。どういう言い方であれ、コッチがそれを呑まなきゃ引き受けても貰えない、ってことには、変わらないんだもんねー?」

 だが軽く悪ノリしてるかのような有澤先輩にかかっては、そんなイイワケに似た弁解も一蹴されてしまう。

「――で…? とにかく、それ聞いてから由良ゆらが訊いたよね? 『じゃあ雪ちゃんは、誰を会長にしたいの?』って。そう言われて、アンタは誰を立てて欲しいって言ったんだっけかなー?」

「…………」

 そこで、ようやく観念し諦めたように、軽くタメ息にも似た息を吐いて改めて俺に向き直ってから。

 そして告げる。



「こちらに居る、一年C組の早乙女さおとめ すばるくんを、と……僕みずから会長に願い出ました」



「――なんでだよ!」



 言われて即座にバシッとツッコミ入れてしまった俺を、責めないで欲しい。

 …だって、そうだろう?

「そもそも、なんで全く面識も無い人間にそんなもん頼もうとしてんだよ、オマエは!」

 これに尽きる。

 誰がどう聞いてもおかしいだろうがよ、そんな話は! だって全くワケわかんねえじゃん!

 これが、まだ現役の今期役員メンバーから“押し付けられた”ってーだけのことなら、不本意とはいえ、ワケも解ろうってモンだけども。

 そんなんでもないのに、なんで俺が〈会長〉なんぞを、よりにもよって何の面識も無い人間の指名で、引き受けてやらにゃならねーのか、ってなもんで。



 断言してもいい。――そんなモン受けてやる義理も義務もヘッタクレも、俺には無い!



「よーく記憶の引き出しカッぽじって考えてみやがれ! 入学してこのかたマトモに会話を交わしたことの無い人間同士だぞ、俺とオマエは!? そんな信頼関係なんぞコレッポッチも無い者同士が、このさき一緒に生徒会の仕事なんて、やってけると思ってるのかよ本気で!?」

 それを言ってやった途端、おもむろにヤツは目をパチクリと瞬かせる。――無表情ながら、まるで“キョトン”としたみたいに。

「まさか……そんなんコレッポッチも考えてなかった、とか……そういうこたー言わねーよなあ、いくら何でも……?」

「考えてなかった」

「…………!!」

 恐る恐るながら訊いてみたセリフが、そのキッパリしたヒトコトに一蹴された。

 ――そんなん、間違っても、そうキッパリ言っていいセリフじゃー無いだろうがよ!!

 クラリとした眩暈まで覚えて、「『考えてなかった』って、オマエ…」と、言いかけながら俺は絶句する。――てか、絶句する以外に何ができるよ。

 だが、そんな俺の絶句到達ファクターになど一切頓着してくれてないだろうヤツは、なおも平常きわまりないテキパキした口調で言い募る。相変わらずの無表情のまま。

「どんなに『記憶の引き出しカッぽじって考えて』みたところで、僕の周りには『入学してこのかたマトモに会話を交わしたことの無い人間』しか居ないし」

 ――つまり……『入学してこのかたマトモに会話を交わしたことの無い人間』の中から誰を選んだところで一緒だ、とでも、言ってるワケか……?

 それもそれで腹立たしい限りだが。

 でも確かに、コイツのように同学年に一切の人脈も無さそうなヤツには、これが“当然のリクツ”なのかもしれない。

「だから僕の選出基準に信頼関係の有無なんて必要ない。信頼は、これから作っていけばいいだけのことだ」

 おお? コイツでもちったー良いこと言えるんじゃねーか! …と、ちょっとばかり感心しかけたのも束の間。

「それに……」

 続くシレッとした口調で無表情に吐き出された物騒なそのセリフには、思わず大声で“間違っとる!!”と叫びたくなった。



「どうしても信頼できないような〈会長〉だって判ったら、その時点でリコールすればいい」



 ――ちょっと待て……!! オマエ“信頼関係”っつーモノを、はき違えてないか……!?



 眩暈に続き、いよいよ頭痛まで覚えてきた。

 …うん、今の会話で、何となくコイツのスタンスは理解できたが。

 かといって、俺には俺のスタンスというものがある。

 少なくとも“信頼関係”というものを“幾らでも取り替えが利く”と考えているようなヤツとは……ハッキリ言って相容れない。



 ――ガタン…!! 思わず俺は、途端に座ってた椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がっていた。

「帰ります」

 ひとこと、その場に残して踵を返す。

「ちょっと早乙女くん……!? まだ話は終わってない……」

「別に、もう話すことなんてありません」

 俺を呼び止めようとした梨田なしだ先輩を遮って、それをピシャリと投げ付ける。

 そして振り返り、相変わらず無表情に俺を眺めている神代の顔を軽くギッと睨み付けてから。

 ハッキリとヤツに向かい、俺は告げた。



「もうコイツと話すことなんて無い。――そっちはどう思ってるんだか知らないけど……俺は、こんな話の通じないヤツと、組む気は無いね」




          *




 ピタリ…と。――おもむろに俺は、足を止めた。

 改めて身体ごと真後ろを振り返る。

 すると釣られたように、背後を付いてきていたも、足を止めた。

 振り返った俺の目に映る……自分と同じ制服を纏う、そのスラリとした細身の体躯。

 そして、さっきまで生徒会室で見ていたばかりの無表情。

 その無表情さでもって…でも視線だけに何か言いたげな色を湛えては、まるで睨み付けるかのように俺のことを見つめていた。

 ――いい加減、コッチだってウンザリなんだよ。

 そんな気持ちがありありと表れているだろう視線でもって、俺もヤツを睨み付け返す。



 ――言いたいことがあるなら、サッサとハッキリ言いやがれ!!



 …ホントいい加減、ここらで白黒ハッキリさせときたい。

 こうやって後をつけられているのが目に見えて分かるのに、知らん顔をして見て見ぬフリが出来るほど、俺は器用な人間じゃないのだ。

 ワケも分からず後をつけられているだけだなんて、気分が悪いことこの上ない。

 釈然としないモヤモヤがイライラに変わるのも、あとは時間の問題だ。

 しかも俺をつけて来たコイツの意図が分からない以上、俺のイライラは増すばかり。

 とはいえ、例えそれが分かったところで気分がよくなるかと云われれば、そこは謎以外のナニモノでもないけれど。

 けど、分かったら分かったで、今よりは幾分かでもスッキリはするだろう。

 無言の探り合いなんて、俺の最も苦手とするところだ。

 互いに腹を割って話してこそ、キッパリと拒絶でも何でも出来るってもの。

 ただ意味も理由も分からずにモヤモヤを抱えているだけよりは、その方がずっと建設的だ。



「だから、さ……」

 殊更にウンザリした口調も隠そうとせずに、俺は訊く。



「これ以上、俺に何の用があるっつの? ――神代…、さん?」





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